幼い記憶 23
「エ…ド……」
見慣れた金髪が揺れる。
渇望した青い眼が、揺れる。
今、望んだ人物が目の前にいた。
「どうしてここへ…」
「コウがいるからに決まってるだろっ!!」
乱れた三つ編みが、彼の焦りを表していた。
頬やコートに細い切り傷が目立つ。
それを目にして、コウは眉を顰めた。
「怪我してるの?どうして…」
「心配すんな。かすり傷だ」
薄っすらと滲む血さえも邪魔だと言わんばかりに、エドは乱れる前髪を掻き揚げた。
いつもならば駆け寄るはず。
笑って「本当に怪我ばっかりだね」そう言って。
けれども、コウはその場から動けなかった。
たった数日。
けれども、そこには確かに以前とは違う距離が出来ていた。
全てを知った後で。
自分が何者かを知った後で。
それでも以前と同じように接する事など、今のコウには出来なかった。
左手をぎゅっと握り締める。
爪が手の平を傷つけたが、コウはそんな事はどうでもよかった。
「コウ…やめな」
エンヴィーの指がコウの握り締める手を解いた。
そして、同じ事を繰り返さぬように自分の手で包み込む。
手から顔へと。
コウの視線が紫の眼と交わる。
不安を和らげるように、エンヴィーはコウに笑みを見せた。
「ってめぇ…っ!コウに触るなっ!!」
エドが怒りを露にする。
その声に、コウはビクリと肩を震わせた。
「おチビさん、コウを恐がらせないでくれない?」
「誰の所為だと思ってやがるっ!!コウ!こっちへ来いっ!!」
コウがエンヴィーの傍にいる以上、エドにはそれ以上近づく事ができなかった。
自分が近づく事で彼女に危害が及ぶかもしれない。
それがエドの動きを制限していた。
「煩いなぁ…怒鳴らないで話せないの?」
呆れたように溜め息をつくエンヴィー。
そんな仕草すら、エドの怒りを煽る原因でしかなかった。
「勝手に人の幼馴染を誘拐しておいてふざけた事ぬかしてんじゃねぇっ!!!」
「勝手だった事は認めるけどね…。コウにとってはよかったはずだよ?真実がわかったんだからね」
『真実』
その単語に、コウは再び肩を震わせる。
エドがそんなコウの様子にようやく疑問を抱いた。
「…コウ?」
コウの眼は揺れる。
「だめ…」
首を振りながら、コウが一歩後方へと下がる。
「コウに何をした…?」
エドの声が下がり、視線は鋭くエンヴィーを射抜く。
「何も。少なくとも、今コウを怯えさせているのはおチビさん、あんただよ」
コウの手に絡める指に少し力を込めながら、睨むようにエドを見る。
その視線は明らかな怒りを表していた。
「全てを教えてあげたよ。もちろん、コウの両親を殺した奴も、その理由も」
「!」
「エンヴィー、やめて…」
握られた手を引きながら、コウが掠れた声を発する。
そんなコウの声を聞いてエンヴィーは肩を竦めた。
「エド…私が知った全部を話すわ…」
視線を上げると、コウは声に決意を込めた。
途切れ途切れに、頭の中で整理するように話すコウ。
それを聞き漏らすまいと、エドはコウを食い入るように見つめていた。
この数日間で、コウが得た真実。
それは信じがたい物だった。
エドにとっても、コウにとっても。
繋がれた手を放せなかった。
振り解かないエンヴィーに優しさと嬉しさを感じる。
伝わる体温はコウがその場にあると言う証明にも思えた。
「――――わかった?私の中には…エドが求めていた賢者の石があるの。未完成だけど…」
全てを話し終えた後、コウは笑みすら浮かべていた。
「そんな……」
「ねぇ、エドはどう思う…?」
エドから視線を外して、コウはそう問いかけた。
足元に落としていた視線をコウへと向ける。
だが、二人の視線が交わる事はなかった。
「………関係ない」
「……………」
「関係ねぇよ…コウが賢者の石を持っていたって」
「………………記憶も偽物だよ」
「それも関係ない!コウの記憶なら、俺が持ってるっ!!ただ……傍に居てくれればいいんだ…!」
エドが声を荒らげた。
それを聞いて、コウは嬉しそうに微笑む。
だが、その笑顔は儚さを秘めていた。
エンヴィーがコウの手を放す。
急に離れた体温に、コウは驚いて彼の方を振り向いた。
紫の眼は酷く真剣で、声をかけることすら憚られるほどだった。
「エン…ヴィー…?」
「選んで」
短く。
エンヴィーがそう言った。
「おチビさんの所に戻るか………俺と来るか」
その言葉に、エドすらも息を呑んだ。
『迷わず戻れ』
そう言えない。
コウの過去を聞いた。
自分の気持ちに迷いは無い。
けれど、その気持ちだけで彼女を連れ出す事など、出来なかった。
色々な思いがエドの中で交錯する。
コウは振り返ってエドを見つめる。
金色の目は何も語らず、ただコウを見返していた。
エドは関係ないと言ってくれた。
自分の過去も、記憶すらも関係ないと。
ただ、傍に居てくれればいいと。
視線を戻せば、エンヴィーと目が合った。
同じく、彼も黙ってコウの言葉を待っていた。
両親を殺した……けれど、エンヴィーは両親以上の優しさをくれた。
錬金術を教えると同時に。
命を救い、縋るように伸ばした手を迷わずに取ってくれた。
自分の幸せすら望んでくれる。
コウは二人から視線を外し、足元へと落とした。
首のチョーカーが揺れ、銀時計は鎖を揺らす。
「私――――」
最終話『明日への扉』
++++ エンヴィーver. +++ エドver. ++++
(05.01.22)