幼い記憶  22

「兄さん…本当にいいのかな…」
「他に入り口がないんだから仕方ないだろっ!!」

そう怒鳴りながら、エドは窓枠に手をかけた。
薄く開いていた窓から滑り込むようにしてエドが中へと侵入を果たす。
数十年とは行かなくてもかなりの年月主を失ったままのはずだった家。

「思ったより綺麗だな…」

そんな事を呟いて部屋の中を見回す。
そして、外にいるアルに声をかけた。

「俺が見てくるから…アルは外を見張っててくれるか?床がかなり傷んでるからきつそうだ」
「わかった。無理しないでね」

そう言うと、アルは表の方へと歩いていった。
エドも唯一の扉の方へと歩を進めていく。











「エンヴィー。時間よ」

ラストが部屋の外から声をかけた。

「…わかったよ」

エンヴィーが短く返すと、ラストの足音が遠ざかっていく。
コウは隣に座るエンヴィーの方を見た。

「時間…?」
「ああ、こっちの話。今日はちょっと移動してもらうよ」

そう言って、エンヴィーはコウの手を取った。
コウの身長よりも大きな本棚の前に立つと、エンヴィーは一つの背の低い本を奥に押す。
と、同時に足元に振動が伝わってきた。

「ここがどこかわかった?」

唐突にエンヴィーがそう問いかけた。
コウは躊躇いがちに頷く。

「私の家……でしょ?初めはわからなかったけど……ここ、凄く懐かしいから…」

そう言いながら、コウは部屋の中を見回す。
懐かしい空気を纏う部屋ではあるが、コウはこの部屋を知らない。
いや、一度も足を踏み入れた事がなかったと言うべきか…。

「正解。んで、ここはカイトの部屋だよ」
「お父さんの…」

必要最低限の物しかない部屋。
けれども、そこには確かに父親の生活の面影が残っていた。
もっとも人に言われずに気づけるような大きな物は何一つなかったが。

不意に、エンヴィーが部屋の中で視線を巡らせていたコウの手を引いた。
引かれるままに歩けば、エンヴィーの前には暗い階段。
先ほどまでそこにあった本棚が移動して露になった壁に、その階段はあった。

「付いて来て。大丈夫だから」
「う、うん…」

そう言いながら、エンヴィーはコウの手を引いて階段を降り始める。











永遠に続くかのような錯覚すら起こす地下への階段。
一段降りるごとに気温が下がっていくような気がする。
ここを一人で進めと言われれば、コウには出来なかっただろう。
手に感じるエンヴィーの熱がコウの不安を和らげていた。

「ここだよ」

沈黙を保っていたエンヴィーが口を開くと同時に前の扉を開いた。

「凄い……」

その部屋は本に埋め尽くされていると言っても過言ではなかった。

夥しい量の本。
四方の壁は全て本棚で埋め尽くされ、中央には年季の入った机。

コウはその上に広げられている紙の一枚を持ち上げた。

「『…19日、未完成ながらも賢者の石は偉大な力を発揮する事がわかった。娘、コウの錬成に等価交換は…』」

呟くように読み上げて、コウは途中で紙を手放す。
机の上に広がるどの紙を見ても、賢者の石以外の事は書かれていなかった。

「…お父さんの研究室ね」
「そう。俺たちが研究資料で処分しなかった分は全部ここにあるよ」

エンヴィーの言葉を聞きながら、コウは壁を覆いつくす本の山に視線を向ける。

「どうしてここに連れて来たの…?理由があるんでしょう?」

本棚の前に立ちながら、背後にいるエンヴィーにそう問いかけた。
目を向けることは無い。
彼と視線を交えてしまえば、涙が溢れそうだった。


ここの全てが、自分が父親の道具であったと言う事を証明している。
同時に、自分の体内に存在する賢者の石も。


色々な感情がコウの内部を脅かしていた。

「選択の場はここ以外にないと思ったからだよ」
「選択…?」
「真実を知って、その上で…コウは選ばなければならないから」
「何を……何を言ってるの?」

不安げに揺れるコウの眼が、エンヴィーを捉える。
涙が浮かんでいない事が不思議なくらいに、コウの眼には動揺が見られた。
自分の感情のコントロールが出来ない。
そんなコウを横目に、エンヴィーは入り口の真正面に位置する本棚へと歩いた。
移動していく彼を視界の真ん中に収めたまま、コウの視線も動く。
本棚に辿り着くと、エンヴィーは上の部屋と同じように一冊の本の背を指さす。

「この本を押して」

クルリとコウを振り返ると、そう言い放つ。
訳がわからないコウは素直にそれに従った。
コウが本を奥に向かって押すと、本棚に錬成陣が浮かび上がる。
そして、十分に通れるほどの穴が口を開いた。
今度は上へと続く階段。

「まだ…先に何かあるの?」
「外への出口だよ」

そう言うと、エンヴィーは入ってきた入り口の方を向いた。
コウは目の前の入り口に目を奪われている。
だから、エンヴィーが視線を鋭くしたのに気づかなかった。

エンヴィーの見つめる階段に、足音が響きだした。
少し焦ったような、しかし迷いの無い足音は確実に大きくなってくる。

「コウッ!!!」

(05.01.18)