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05 -悠久に馳せる想い-番外編
この扉の向こうが合流地点。
蔵馬がそう紡ぐと同時に、二人は示し合わせたわけでもないのに共に速度を上げる。
どこかで感じていたのかもしれない。
迫りくる危険から逃れるには、一刻も早くこの場を去るしかないと言うことに。
扉が眼前に迫ったその時。
不意に、佐倉が人知れず反応を示す。
それを感じるとほぼ同じくして、彼女は隣を走る蔵馬の肩を押した。
次の瞬間、眼前に迫っていた扉が跡形もなく吹き飛ぶ。
「!?」
体勢を崩すも咄嗟にその身を反転させて自身の安全を確保する辺りは流石と言えよう。
佐倉は彼の動きを横目で捉えながらそんな事を考えた。
自身の腕からは夥しい量の血が流れている。
「佐倉!?」
「…やはり、お前の部下には荷が重すぎたようだな…」
深く切り裂かれた腕は、脈にあわせてそこから血を吐き出す。
自身の赤に彼女の藍の着衣がどす黒く染まっていった。
しかし、彼女の眼は一瞬たりとも傷の方には向けられず、扉を抜けた所に立つ人物の方へと固定されている。
「鬼樹か…」
短い舌打ちと共に蔵馬が言う。
彼女を攻撃したと思しき鬼樹の鍵爪が大きく変化している。
「大人しくしておれば生き延びられたものを…死に急ぐとは愚かしいことだな」
「奇遇だな。私も今そう思っていたところだ。私の前に現れた以上、楽には死ねんと思え」
佐倉は腰に巻きつけてある巻き布を片手で解くと、それを器用に怪我した部分へと巻く。
止血するようにぎゅっとそれを締め上げ、彼女は鬼樹を睨み付けた。
「手を出すな、蔵馬。この男はどうあっても許すわけにはいかない」
背後で蔵馬が動くのを感じた佐倉はそういって彼を制する。
金の髪に覆われた背に視線を向け、蔵馬は静かに腕を下ろした。
そして悟る。
これは誇りを守る為の戦いなのだと。
彼女自身の誇り、死んでいった同胞たちの誇り。
気高いと謳われる九尾の狐だからこそ、彼女は目の前の仇を許すことなど出来ない。
蔵馬は彼女の行動を咎めることなく、二人の横を通り抜ける。
「誰が通ることを許した」
彼に向かって鬼樹の爪が迫る。
だが、それは一瞬姿を現した赤い結界によって彼に届くことなく弾かれた。
「誰が攻撃することを許した?貴様の相手は私だろう」
蔵馬に結界を張るのではなく、自身と鬼樹の周囲に結界を張る。
これによって、いかなる攻撃も周囲を巻き込まない。
「“貴様だけはこの手で殺す”そう言った筈だ」
聞こえた声は、今し方まで目の前にあった彼女から発せられたものではなかった。
刹那の間に彼女は鬼樹の背後を取り、その場で唇を開く。
言葉が終わるが早いか、その手に纏う妖気の塊が直接彼の肉体へと叩き込まれる。
容赦など欠片も見受けられない一撃だった。
鬼樹の背を蹴る様にして距離を取ると、佐倉はその後方へと音もなく降り立つ。
砂塵が晴れ、彼の姿が露になっていく。
「反応は上々、か」
佐倉の口元が緩む。
鬼樹の背中に打ち込まれたと思われた攻撃だが、彼は咄嗟に身体を捻ることで致命傷を避けたらしい。
だが、左肩が大きく負傷していることから相当の痛手だと思われる。
蔵馬は彼女を見つめながら自身との共通点を感じ取っていた。
戦いにおいて自身の力を認め、それを存分に生かせる動きを理解していると言うこと。
そして、戦いの中に楽しみを見出していると言うこと。
「なるほど…九尾はあまり戦闘を好まないと聞いていたが…」
そうではないらしい、と蔵馬は口角を持ち上げる。
察するに、そう噂されるのは彼女自身が認めた相手としか戦わないからなのだろう。
尤も、今回ばかりは認めたわけではなく彼女自身が許さないと決めた相手故の事だ。
鬼樹に傷が増えるのに比例して、彼女の白い肌にも僅かながら傷が残る。
初めの腕の傷以上に酷いものがない辺り、彼女の方が実力的には勝っていると言えるのだろう。
「後数分…」
決着までの時間を読み、蔵馬はそう呟く。
そんな時、事は起こった。
――ドォン――
一際大きな爆発音が足元から響く。
同時に、崩れ落ちる音とそれに伴う定期的な振動。
そして聞こえてくる足音に、蔵馬はその方向へと視線を向けた。
現れた部下が彼の姿を捉えるなり声を張り上げる。
「お頭!脱出の合図です!!」
「…先に行け!」
一瞬考えるように沈黙して、蔵馬はそう声を上げる。
この瞬間、彼は自身の計画よりも彼女の戦いを優先した。
そして彼女と共にそれを見届ける覚悟を。
佐倉に視線を戻そうとしたその視界の両脇を、金の毛並みの動物が走り去る。
「どこへ…!?」
背後から、真っ直ぐに正面に向かって―――佐倉の方に。
そうして彼らに運ばれるかのようにその眼で彼女の姿を捉える蔵馬。
映りこんだのは先程までの優勢を感じさせないものだった。
「佐倉!」
彼女に迫る鍵爪を凌いだのは彼女の使い魔の片割れ。
もう片方は体勢を崩していた佐倉の身体を攻撃の的から逸らす。
鬼樹の方に向かったのが朱司、佐倉を助けたのが金司だ。
「…っ朱司!戻れっ!」
金司が身体の上から退くなり、佐倉は声を張り上げて朱司を呼ぶ。
彼女が体勢を整えるまでの数秒を稼いでいた朱司の金毛は所々赤く染まっていた。
朱司は軽やかに鬼樹の身体を踏み切りにして彼女の傍らに降り立つ。
染まった赤の大半は彼の物だという事がわかった。
「佐倉、時間がない」
「…わかっている」
「………あと、5分だ。過ぎれば無理やりにでも連れ出す」
置いていく、と言う選択は蔵馬の中には用意されていないらしい。
動く気はないとばかりに壁に凭れる彼の言葉に、佐倉は了承と笑みを刻んで髪を掻き揚げる。
崖に360度を囲われた地形は、侵入者を防ぐのに適していた。
しかしそれと同時に、自然と限られてくるのは脱出経路。
崖の向こうを繋ぐのはただ一つの橋のみ。
蔵馬の言っていた「時間」というのは、それを爆破するまでの残り時間のことだ。
時は刻一刻と迫っていた。
06.02.20