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04 -悠久に馳せる想い-番外編

複雑なパズルが一つずつ集っていくかのように。
ただ、漠然としたものが佐倉の内部に燻っていた。
それが何を意味するのか…理解できない彼女ではない。
月の見下ろす石壁に刻まれた爪痕はすでに7つ。
約束の時は来た。







パキンッと鎖が音を立てる。
一筋の亀裂はやがてその身を長く深く伸ばし、鎖の一角を担う自身を砕かせた。

「お前の妖気を感じただけで、こうも簡単に行動を起こせるとは…私も中々単純に出来ているらしい」

自嘲の笑みを浮かべ、佐倉は足首に残った鎖を引きちぎる。
足枷が一瞬彼女の足首を刺激したが、加えられた圧力に負けて彼女に自由を与えた。
外の騒動が佐倉の耳に届く。
それを感じながら、彼女はこの部屋唯一の扉の前に立った。
自身の手をそっと扉に添え、そしてその金の眼を閉ざす。
不意に聞こえてきた使い魔の声に、佐倉は僅かに口元を緩める。
次に彼女が目を開いた時、扉は跡形もなく吹き飛んだ。







ドォンと言う鈍い音があちらこちらで響いている。
時折中枢を担う部下に指示を出し、蔵馬は暗い廊下を走り抜けていた。
そんな彼の耳に届いた爆発音。
今まで何の反応も示さなかった彼だが、その音には明らかな反応を示した。

「佐倉…?」

音源は彼女が囚われている部屋から。
それを悟った彼は、近くに居た部下にその場を任せて足を速める。
幾つもの角を曲がり、扉を押し開ける。
様々な匂いが多すぎて彼女のそれだけを探すことは出来そうにない。
そうして、後一つ角を曲がるだけと言う所で彼は突然目の前に現れた影に、思わずその身を引く。
相手も同じような反応を返す。

「…佐倉」

僅かに体勢を崩したのか、身体を俯ける彼女よりも先に蔵馬が気づく。
声を聞いた彼女は驚いたように顔を上げた。
相も変わらず澄んだ切れ長の金が蔵馬を映す。

「蔵馬…?」
「無事だったようだな」

見上げる彼女の頬に手を伸ばし、彼はそう呟く。
自分でも驚くほどに優しい声だった。

「…時間がない。走れるか?」

今の今まで拘束されていた彼女だ。
あまり激しく動くことは出来ないだろうと踏んだ彼はそう尋ねる。
そんな彼の問いかけに、佐倉は微笑みを浮かべた。

「走る程度に支障はない」
「それを聞いて安心した。行くぞ」

踵を返す蔵馬の後を追うべく足を動かす佐倉。
しかし、彼女はふと思い出したことにその足を止められる。

「蔵馬。私の使い魔は…」
「俺の部下を回してある。直属の者ばかりだから問題はないだろう」
「…よく、囚われている場所がわかったな?」

佐倉の疑問に彼はその足を止めて振り向く。
そして、彼女の金糸のような髪を一筋拾い上げた。

「お前の匂いが分かれていた。より強い方に俺が、もう片方に部下を送り込んだんだ」
「…さすがは妖狐」
「使えるものなら何でも使う。当然だろう?」

くっと口角を持ち上げるその姿は誇らしげで、佐倉はそれ以上何も言わずに彼に続く。







不意に、後ろからついてきていた足音が止まる。
振り向いた蔵馬の目に映るのは、何かに反応したように一点を見つめて立ち止まる佐倉。
彼が声を掛けるよりも先に、彼女が口を開いた。

「…金司きんし朱司しゅし…」
「どうかしたのか?」
「感謝する。…お前の部下は優秀だ」

ふわりと微笑む佐倉に、蔵馬は初め何に対して礼を述べられているのかがわからなかった。
だが、自身の部下が無事に彼女の使い魔を救い出したのだと悟る。
必要のない言葉などなく、彼はただ首を振った。

「まだ敵の本拠地だということを忘れるな。礼は…彼らと合流出来てから聞く」

そう言いながらも、彼は優しい表情を浮かべていた。
それに頷くと、佐倉は蔵馬と並ぶように足を少しばかり速める。
初めの頃こそ久しぶりの運動で身体に不自由を感じたが、今となってはすでにそれも慣れてきていた。
それに気づいた蔵馬は一瞬彼女を案じるように視線を向ける。
しかし、遅れをとることを自身が許さないと言いたげな彼女の眼に、何も言うことはなかった。
それどころか、守られることを良しとしない彼女の精神はいっそ心地よくさえ思う。

「使い魔の位置はわかるか?」
「ああ。ここから東に百と少し」
「…合流地点だな。行くぞ」

佐倉の言った言葉を元に、自身の脳内で地図を作り上げる。
そうして導き出された答えは、ごく簡単なものだった。
そしてそれは部下に与えた任の成功を意味する。

「あの男はどうしている?」
「…鬼樹きじゅの事か?」
「名など知らぬ。私を捕らえ、大事な尾を殺したあの男だ」

ぎりっと彼女は自身の手を握る。
そんな指の間から赤い筋が流れ落ちるのを横目で捉え、蔵馬は言った。

「奴の寝室に火を放った。火に巻かれるか…例え逃げ出せたとしても俺の部下が奴の首を取る」
「…その部下の実力は?」
「俺には及ばんが、右腕としては認めている」
「………残念だが、その右腕を失うことになるだろうな…」

佐倉の呟く様な小さな声。
しかし、蔵馬が聞き取るには十分なものだった。

「何故、そう思う?」
「私が実力を持たぬ者に大人しく捕まると思うか?奴は支配者級に片足を踏み入れている」

合流地点に足を向けながら、彼らは言葉を交わす。
結構な速度で走っているにも関わらず、二人は息一つ乱しては居なかった。
蔵馬は彼女の言葉に思案するように口を閉ざす。
部下を失う、即ち自身の計画の失敗を意味していた。
佐倉を捕らえていたあの男が合流地点に辿り着けば、計画は大きく狂いを見せる。
もちろんそうなった時の事も可能性として考えてはあるが…。

「覚悟はしておこう」
「…すまない。私の所為だな…」
「お前が気にすることではない。奴らも同意の上だ」

表情に影を落とす彼女にそう声をかけ、蔵馬は僅かに速度を上げる。
佐倉もそれに気づいたが、遅れをとることなく彼に続いた。
時折鼻につく爆発の名残に誘われ、彼らは合流地点へと急ぐ。

06.02.16