悠久に馳せる想い

魔界にはこんなにも妖怪が溢れていたのか。
そう思わせるほどに、妖怪が集まる会場。
トーナメントに出場する者は、我こそは、と張り切っていたり、或いは宿敵との対峙に心を躍らせている。
観戦のために集まっている者は、どんな奴が出てくるのだろうかと、開始を待ちわびている。
それぞれの思惑を存分に集め、トーナメントは開始された。
開幕の合図と同時に、紅は会場を覆うように設置した絳華石を発動させる。
赤い結界が観客のドームを覆い、続くようにして試合会場全てを一つずつ覆っていく。
紅の存在を知る者は、あいつか、と頷いた。
知らぬ者は、何が起こったのだろうかと少しばかり焦った様子を見せている。
マイクを持つ司会者が、場を落ち着かせるために、再びそれを握った。

「えー紹介が遅れました。この結界は、妖怪、佐倉さんの能力によるものです。
会場、および魔界の土地を破壊せぬよう、協力してくれました。
皆さん、この結界を破るつもりで全力を出してください。それでは、選手の皆さんには会場へと移動していただきます!」

高らかな女性司会者の声により、場内は感情のままに盛り上がる。
全ての会場を見渡すことの出来る上空に佇んでいた紅の元までその歓声が届いた。
彼女は、口元に小さな笑みを浮かべる。

「さぁ、幽助。お膳立てはここまでよ」

好きなようにやりなさい。
紅は表情を穏やかにそう呟いた。
その声が誰かに届くことはない。
全ての結界が完全になったことを確認し、彼女はその足場から飛び降りる。
浮遊植物が彼女の腰へと絡まり、落下速度を落とした。
握り締めていた手の平を開けば、そこはしっとりと湿っている。
高所が嫌いだと言うことに、変わりはない。
しかし、全てが見える場所でしか、これほどに強力な結界を張ることは出来ない。
蔵馬が猛反対したのは、結界を張ることではなく、上空でそれを行うことだった。

―――乗り越えたいの。忘れたいわけじゃないわ。でも、いつまでも怯えていたくはない。

彼の正面から、紅ははっきりと自分の意思を告げた。
彼女がそう言うのならば、止めることに意味はない。
蔵馬はそれ以上反対しなかった。
紅は、手首に巻きつけられた銀色のそれに唇を寄せた。
きらきらと美しいそれは、彼の髪だ。

「忘れるな。お前は一人じゃない。何があっても、俺が必ず助けてやる」

そう言って、彼は自分の髪を彼女の手首に結わえた。
気休めだったとしても、これにどれほど安心させられているか。
これのお蔭で、少しの緊張だけで済んでいる。
また一つ、過去を乗り越えられたような気がした。














トン、と地面に降り立った紅。
このトーナメントにとって重要人物とされているようで、特別席を設けられている。
特別なスクリーンを用意された、一種の個室のようなそこに入ると、設置されたソファーに腰を下ろした。
そして、スクリーンに映る予選の様子を見る。
ソファーに備え付けられているリモコンを操作すれば、どこの会場でも好きに見ることが出来る。
指先でそれを操作し、状況を見ていく。
その一つで、紅は指を止めた。
画面の中に、その少年以外の妖怪の姿はない。
いや…姿がないわけではなく、全てが地に伏していて、画面に映らないだけだ。
土埃一つつけていない少年は、軽く手を持ち上げた。
それをスッと右から左へと動かし、そして目線まで持ち上げる。
半透明の緋色の壁に包まれた妖怪が、地面とさようならをして中空へと持ち上げられていた。

「バイバイ」

ニッと口角を持ち上げた少年が、まるでボールを放り投げるような仕草をする。
その動きにあわせるようにして、結界諸共妖怪たちが彼方へと飛んでいった。
十数秒後、空が赤く染まり、彼らが結界に阻まれたことを教えてくれる。
その会場の予選通過者が決定した。
少年は何かを探すようにきょろきょろと周囲を見回し、やがてカメラの方を向いた。
そして、にっこりと笑顔を浮かべ、Vサインを突き出してみせる。
満足げな少年―――いや、自分の息子、暁斗の様子に、紅は嬉しそうに微笑んだ。

「強くなったのね、暁斗」

息子の成長が嬉しくて仕方がない。
数分後にはここに来るであろう彼を思い、彼女は穏やかな表情を浮かべた。















―――予感なんて信じるガラじゃねーけど、誰が勝ってもスッキリできる気がするんだ。

幽助が、そう言っていた意味が―――何となく、わかった。
彼自身がそうさせるのだ。
魔界が、彼の影響を受けて変わろうとしている。
一人の人間…今では魔族だが、その一人の手によって。
恐らく、今回のトーナメントを制するのは彼ではない。
けれど、彼が与えた影響は大きい。

「不思議な子ね」

そこここの会場で、目を見張る妖気が放たれている。
幽助と黄泉の試合に感化され、それぞれが腹の探り合いをやめたのだ。
様子見をやめてしまえば、あとは全力でぶつかるのみ。
紅は無言のまま、結界を更に強化した。
手元に残る絳華石がその影響を受け、燃えるように赤々とした輝きを放つ。



魔界は他者を排除し、変化を拒む世界なのだと思っていた。
しかし、それは思い込みでしかなかったのだろう。
内側に暮らしていた者は、それに気付かない。
外側から来た者だからこそ、それに気付く。
浦飯幽助という一人の手を借り、魔界は変化を受け入れた。

紅はソファーから立ち上がった。
大きな窓の方へと歩み寄り、その桟に手をかける。
あちらこちらで、強大な妖気がぶつかり合っているのが見えた。

「魔界は、生まれ変わるのね」

誰もなしえなかった、秩序のある世界。
厳しいものなのか、優しいものなのか。
どんな秩序が生まれるのかは、誰も分からない。
しかし―――きっと大丈夫だ。

ザァ、と吹き込んだ風が紅の金色の髪を遊ばせる。
ぬるい風が、心地よいと感じた。

08.06.01