悠久に馳せる想い

昨日と変わらず、出雲はそこに居た。
ただ、そこに暁斗の姿はない。
一時的に離れているだけなのか、それとも―――

「暁斗は行った」

紅の考えを読んだように、出雲はそう言った。

「行った?」

どこに、と言う質問を続ける前に、出雲が彼女の方を向く。
その表情は、どこか吹っ切れている様子だった。

「さぁ…どこだろうな」
「出雲…」
「散々探させたみたいだからな。今度は…俺が探すさ」

二人の間でどんなやり取りがあったのかはわからない。
暁斗はこの場に居なくて、そして出雲もそれを納得している。
自分が知っておくべきなのは、きっとこの程度だ。
紅はそれ以上何を聞こうともせず、出雲から視線をはずす。
すっと腕を持ち上げて右の方を指差した。

「向こうに湖があるわ。水の中の方が妖気の反発の被害が少なくてすむ」

結界を張ればいいのだが、これからの作業を考えると、結界を保つことが出来るかどうかはわからない。
より被害が少なくなる方法を取るのは当然のことだった。
先にその湖の方へと歩き出す出雲。
正確な場所を教えていないけれど、妖狐の嗅覚をもってすれば、簡単に辿り着ける。
紅はそれを見送り、後ろに居た蔵馬たちを振り向いた。

「暁斗を頼むわね、蔵馬」
「―――あぁ」

その一言だけで、彼はすべてを理解してくれる。
にこりと微笑んでから、彼女は出雲を追ってそちらへと歩き出した。
蔵馬の隣に居た暁斗が歩き出そうとして、グイッと首根っこを掴まれる。

「父さん?」
「ここで待っておくんだ」
「でも………………わかったよ」

すぐには納得できそうになかったけれど、暁斗は頷いた。
ここから先は、二人だけしか踏み込んではいけない領域なのだろう。
何が行われるのか―――興味をくすぐられる感覚を覚えつつも、暁斗はそこにあった木の幹に背中を預けた。

















日が暮れて、夜も更け、朝が来て。
紅は太陽が真上に来る頃になって、漸く姿を見せた。
そわそわと落ち着かない様子だった暁斗は、迷う素振りもなく彼女に飛びつく。

「心配させてごめんね」

腰にぎゅっと腕を回して抱きついてくる暁斗を撫で、紅はそう言った。
岩に腰を下ろして様子を見ていた蔵馬が、足音もなく彼女に近づいていく。
それに気付いた紅は、暁斗を見て口を開いた。

「悠希が見回りに行っていたわね。暁斗、呼んできてくれる?あなたなら簡単に見つけられるでしょう?」
「うん!待ってて!」

任せられた、と言う事実が嬉しいのか、彼の尾がぴょこんと跳ねる。
走り去る息子を見送り、紅は息を吐き出した。
同時に、身体の力が抜けて膝から崩れ落ちる―――かと思われたが、横から伸びた腕が彼女を支えた。

「ありがとう」

予測していたらしい蔵馬に、紅はやや疲れた表情で笑う。

「そこまで疲労するとは…一体、何をやったんだ」
「初めてだから、色々と…ね」
「…成功したのか?」

蔵馬の問いかけに、紅は笑みを深めた。
そして、首元から紐を引っ張り、取り出したそれを手の平に転がす。
丸い球体のそれは、大極図のように赤と黒が絡み合っている。

「闇華の一部よ。…大丈夫。もう力は封じてあるから」

ただの石ころよ、と告げた。
闇華の一部だと告げた時に、蔵馬の表情が険しくなったから、慌てて説明を付け足したのだ。
彼女の言葉を信じ、蔵馬は表情を少し和らげる。
そして、彼女の手の平のそれを指先で持ち上げた。

「出雲はどっちを選んだんだ?」
「――――――彼女は…私に命を預けてくれたわ」

その時のことを思い出し、紅はそっと目を細めた。







「結論を聞くわ」

腰辺りまで水に触れながら、紅は出雲に問いかける。

「……俺の命をお前に預ける。それが、結論だ」
「私が死ねば、あなたも死ぬと…わかっているわね?」

真剣な問いかけに、出雲は僅かに口角を持ち上げた。

「お前はあいつらを置いて死ぬつもりはないだろう?」
「…当然ね」
「ならば、問題はない。精々、俺を殺さないように足掻いてくれ」

言葉は優しいものではなかったけれど、決して刃を持ったものでもなかった。
彼女も変わろうとしているのだと、そう感じられる空気が心地よい。

そう決意してくれているのならば、自分も覚悟を決めよう。
彼女と命を預かり、その命の一端を担う、覚悟を。










「何となく…絳華を感じる。出雲が居る場所がわかるわ」

紅は指先で玉を遊ばせながら、そう呟いた。
彼女はひたすら南へと向かっているようだ。
気配や妖気などは、すでに感じ取ることの出来ない位置まで移動している。
けれど…その居場所を感じている。
自分は確かに彼女とつながっているのだと、実感した。

「お前が満足しているなら、それでいい」

そう言って、蔵馬は彼女の頬を撫でた。

お疲れ、よくやった。

言葉ではないけれど、そう言われているような気がして、紅は小さく微笑む。
そして、ふと意識を保とうと努力することをやめた。

四肢から力が抜け、完全に蔵馬に身体を預ける。
彼は戸惑う様子もなく近くの岩に腰を下ろし、膝の上に彼女を抱き上げた。
体力、もしくは妖力を大量に消費してしまったのだろう。
彼女は、漸く過去と決別できた。
殺しあいたいわけじゃない―――そう思っていた紅にとっては、最良の結末だろう。


疲れていても、どこか満足そうなその表情に、蔵馬は薄く笑みを浮かべる。
彼女の頬にかかる金色の髪を耳の辺りへと払い、あいたそこに唇を押し当てた。
程よいぬくもりを唇に感じ、彼女が生きているのだと実感する。
蔵馬にとっては、それだけで十分だ。

「今はゆっくりと休め」

安心して身体を預けてくる彼女に、蔵馬は静かに語りかけた。

08.05.30