悠久に馳せる想い
―――必ず助けるから…信じて。
拒まれるかもしれないという不安が、その目に表れていた。
今までならば、間髪容れることなく伸ばされた手を拒んだだろう。
そう言う生き方をしてきた。
けれど…血の中に息づいている大樹への想いよりも、自分自身の誇りを信じた彼女が、素直に強いと思った。
結局、憎むことで逃げてきていた自分とは違う。
愚かだったと思わせるには、十分すぎる。
同じ血を分けた姉妹は、数百年の人生の中、初めて手を取り合った。
九尾の里が存在する空間と、魔界とを繋ぐ大樹。
三日三晩燃え盛った大樹は、古ぼけた木の燃え屑となった。
依然として崩れ落ちることなくそこに立つ大樹に、過去の威厳はない。
紅は、その大樹に結界を施した。
三重に張られた結界の一番外側四隅に絳華石を埋め込み、更に強化する。
そうして、九尾の里は魔界の最高峰の結界妖怪の手により、完全に封印された。
「術を施す前に、伝えておかなければならないことがある」
腰掛けた出雲を前に、紅は真剣な表情でそういった。
金色の髪が魔界の生ぬるい風に揺れる。
「これから、あなたの身体に絳華石を埋め込む。体内から直接核を操作し、闇華石を絳華石の結界で覆う」
「…つまり、絳華石で闇華石の侵食を食い止めようというのか」
「ええ」
「…闇華石は俺の核だ。結界で覆ってしまえば、それが機能しなくなる」
核が機能しなくなるということは、即ち死を意味する。
それを、紅がわかっていないはずはない。
「埋め込む絳華石は…私の絳華の一部」
「…核を分け合うと言うのか」
随分と無謀だな、と他人事のように呟く。
彼女が言っているのは、人間界で言う臓器移植のようなものだ。
「確かに無謀だけれど…同じ血を分けているからこそ、可能性は高い」
ただの姉妹ではなく、双子の姉妹であるからこそ、その可能性は更に高まっているのだ。
紅はそう告げてから、手の平に絳華石を転がした。
「ここからが重要よ。私の核の一部を与えることになると…本体が機能を失えば、自然とそちらも動かなくなる。
つまり―――」
「…お前が死ねば、私も死ぬ」
紅の言葉を遮った出雲に、彼女は頷いた。
そして、出雲が何かを言い出す前に、続ける。
「もうひとつの方法は、核の変わりに絳華石を埋め込むこと。
ただし、絳華石はその効力を考えれば…1年に1度は取り替えなければならないし、効果も薄い。
身体に何かしらの影響が出る可能性も考えられる」
どちらを選ぶも、出雲次第。
紅はそう締めくくり、口を閉ざした。
説明すべきことは、全て話した。
後は彼女自身が考え、決断しなければならない。
「明日…結論を聞きに来る」
そう言って、紅が腰を上げた。
二人で話がしたいと、他の三人には離れたところで待機してもらっている。
紅は蔵馬たちと合流しようと、彼らの方を向いた。
「明日まで待つ必要はない」
背中にそんな声がかかり、紅は足を止める。
振り向いた彼女を見つめる出雲の目に、迷いはない。
「近いうちに落とす筈だったものだ。俺の命…お前に預ける」
「…本気?」
「二言はない」
「………わかったわ。でも、こちらにも準備がある。明日…もう一度、聞く」
恐らく、彼女の答えは変わらないだろう。
目を見ればそれくらいのことはわかる。
しかし、こればかりは…彼女だけの問題ではない。
少なくとも、心のどこかで共に歩みたいと思っている人がいるならば。
紅は彼女に背を向け、今度こそ確かに歩き出す。
こちらの動向を見守っていたのだろう。
暁斗がぱっと立ち上がり、その足で駆け寄ってくる。
「話は終わり?」
「ええ。一旦帰りましょうか」
「うん!父さん!帰るって」
後ろを振り向き、暁斗…青年の彼と一緒にいる蔵馬を呼ぶ。
彼はゆったりした動作で立ち上がり、特に何かを告げることもなく彼の元を離れた。
「決まったのか?」
「現時点では。後は彼との話ね」
そうして、二人の妖狐を残し、紅たちはその場を後にした。
「ねぇ、蔵馬。私が出雲の立場だったら…あなたは、どの道を選んでほしい?」
日課となっている修行に出かけた暁斗。
残された紅と蔵馬は、静かな時間を過ごしていた。
自分を落ち着かせるように、静かに妖気を蓄えているらしい彼女。
蔵馬はその邪魔をしないよう、口を閉ざしてその隣にいた。
「…難しい質問だな」
今までの確執が完全に拭い去れるとは思っていない。
それを解決するのは、時間の仕事だ。
そんな相手に命を預ける―――果たして、許せるだろうか。
「悩むと思う。だが…最後は紅の判断に任せるよ、きっと」
選びかねたからではなく、彼女自身が正しい選択を出来ると信じているから。
それならば、自分が彼女の未来を決める必要はない。
彼女の隣にいるという事実は、その先も変わることはないのだから。
「…蔵馬らしいわね。話を聞いてくれるけれど、決めるのは自分の仕事。
いつだって、あなたはそうして信じてくれている」
だからこんなにも自由なのだ。
紅はクスリと微笑み、蔵馬の肩にもたれた。
その時、大樹のところへと偵察に向かわせていた悠希が帰ってくる。
紅と同じ金色の毛並みに包まれた使い魔は、彼女の前で頭を垂れた。
「結界が安定したようです」
「そう。里の連中はどうしていた?」
「佐倉様の結界に阻まれ、大樹に近づくことすら出来ませんでした。結界を解こうとしていたようですが…」
まず、不可能かと。
そう状況を説明する悠希。
そのひとつひとつを疑うこともせず、紅は悠希の頭を撫でた。
「これで里との関わりは絶てた。…後は闇華石だけね」
身体の中を流れる妖気を感じつつ、紅はそっと目を伏せた。
明日―――何かが変わる。
08.05.09