悠久に馳せる想い
今日で何日目だっただろうか。
紅は自分の指を折りつつ日数を数える。
記憶が確かならば…丁度、一週間だ。
もう一度七回指を折りなおし、紅はそう納得した。
そんな彼女の視界に、飛んでくる瓦礫が目に入る。
彼女にぶつかるよりも50センチほど手前で、それは赤い結界によって一瞬の内に消えた。
バシュン、と消滅の音が聞こえ、そちらを見る。
傷だらけの暁斗がこちらを向いていた。
「母さん無事だよね!?」
「無事だから集中しなさい。何度心配すれば気がすむの?」
やれやれと肩を竦めた所で、暁斗が蔵馬の攻撃により吹き飛んだ。
油断大敵、とでも言いたげに頬に掛かった髪を払う蔵馬。
「余所見をしている暇があるのか?」
集中しろ、と母と同じ事を言う。
向こうにあった大木に背中を打ちつける直前、身を捻ってそれに足を着く。
衝撃を吸収しきれず、ジィンと土踏まずが痛んだ。
「母さんの心配してただけだろ!」
「紅の結界が瓦礫程度で破られる筈がないだろう。いい加減理解して、こっちに集中するんだ」
「…わかってるけど、心配なものは心配なの!」
二人の遣り取りに、紅は苦笑を浮かべた。
そして、彼らに聞こえる音量で口を開く。
「集中できないようなら…先に帰ろうか?」
「駄目!」「帰るな」
駄目と強請る者と、帰るなと命じる者。
内容は同じなのだが、なんとも個性溢れる答え方だ。
紅は間髪容れずに帰って来た返答に思わずクスクスと笑う。
「じゃあ、ここに居るから…頑張ってね、二人とも」
彼女は、当然のことだが片方を応援するのではなく両方を応援している。
だが、自分だけを応援して欲しいというのもまた、男の性だ。
少しだけピリッと空気が引き締まり、再び二人の攻防が始まった。
派手な音を立てて崩れていく周囲。
時折飛ばされてきた破片や瓦礫が紅を襲うが、大した害はない。
寧ろ結界の中は二人の妖気のぶつかり合いの余波すら届かず、至って平和な空間だ。
岩の上に腰を下ろした状態で足を組みなおし、紅はふぅ、と息を吐く。
一騎討ちと言うよりはどこか親子喧嘩のような戦いだ。
それにしても―――
「本当に、先が楽しみな子ね」
紅は嬉しそうにそう呟き、暁斗を見ていた。
多少ムラがあるようだが、よく頑張っていると思う。
潜在能力的には、恐らく蔵馬を抜いているだろう。
ただ…まだそれの使い方を分かっていない。
今の状況では、数百年の経験がある蔵馬に分があるようだ。
同じ経験値を得る頃には、きっと自分達を抜く。
期待していたわけではないのに、自分の子供が優秀だと言うのは、これが中々嬉しいものだ。
どこか楽しげに目を細める紅とは裏腹に、二人はいたって真剣。
ドンパチを続ける二人を眺めながら、紅は膝の上の悠希を撫でた。
「いつになったら決着がつくと思う?」
「佐倉様が蔵馬様を応援されれば、すぐにでも」
「んー…。そうねぇ。まだ蔵馬には余裕があるから、やっぱりそうなるかしら」
それがひっくり返ってくれると、紅としてはとても楽しいのだけれど。
そんな事を言えば、「紅様」と少しばかり咎めようとするような、けれども笑いを含ませた悠希の声。
「あれだけ頑張ってるんだし…トーナメントくらい、出てもいいと思うんだけど…。悠希はどう思う?」
「構わないと思いますよ。暁斗様に敵う者は、魔界にもそういないでしょう。黄泉や躯と当たれば話は別ですが」
そう答えてから、悠希はそう言えば…と思い出す。
ずっと、紅に聞きたいと思っていたのだ。
「佐倉様はトーナメントに出られないのですか?」
また一つ、瓦礫が飛んできた。
バシュンとそれが消滅し、横目にそちらを見る。
今度は暁斗も耐えたらしく、隙を見せずに蔵馬と対峙しているようだ。
「そうね。必要ないから。別に戦うのが好きなわけでもないし…」
嫌いではないけれど、どちらかと言えば必要性に駆られてと言う事の方が多い。
紅にとっては、生き残る手段として戦うだけだ。
魔界を統一したいとも思っていない彼女は、トーナメントに参加する意思はない。
「黄泉がトップに立ってもよろしいので?」
「あら、何の冗談?」
クスクスと笑い、分かっているでしょう、と問う。
そんな彼女に、悠希は肩を竦めるような素振りを見せた。
「魔界全土から妖怪が集えば、黄泉など敵ではないわ。あれはまだ弱い」
「では、出雲が出た場合は…どうされるのです?」
「………そうね。出雲が出るならば…出なければならないわね」
彼に対抗できるのは自分だけだ。
自惚れではなく、事実としてそれを知っている。
華持ちの狐の結界は、同じ華持ちのそれでしか対抗できない。
彼が頂点に立つなどありえないだろうけれど…そうなってしまわないと断言は出来なかった。
「佐倉様は魔界の行く末をどうお考えですか?」
「…別に、どうなっても構わないと思うわ。
幽助の言うように、きっと気持ちの良い終わり方が出来るんじゃないかしら」
確信などない。
言うならば、それは幽助に対する期待だろうか。
彼がなそうとしている事だからこそ、そう思える。
人間だった魔族。
彼は、紅の興味を惹くには十分な資質を持ち合わせていた。
「あ、暁斗がまた吹き飛んだわ」
まるで木の葉のように飛んでいく息子への言葉とは思えない、冷静な声だ。
だが、彼女は手元にある絳華石を握り、少しだけ妖力をこめる。
この距離だと分からないけれど、暁斗がいつも首から提げている絳華石の効力が強まっている筈だ。
もちろん、対象者の回復が目的。
いくらか回復した事に気付いた暁斗がガバッと身体を起こし、こちらを向いた。
「ありがと!でも大丈夫だから!!」
意地っ張りではなく、彼なりのプライドなのだろう。
わかったと答える代わりに、紅はひらりと手を振った。
そんな彼女達の遣り取りを見て、蔵馬がやれやれと溜め息を吐き出す。
「紅。真剣勝負に手出しは無用だ」
「真剣勝負って言うのは、両者が本気で戦って初めてそう言えるものだと思うわ」
これは稽古と言っても過言ではない。
常識で考えるそれよりは遥かにきついけれど、真剣勝負と言えるほどでもないだろう。
因みに、この会話は直線距離にして十数メートルの位置で行なわれている。
三人が妖狐と言う素晴らしい聴力を持ち合わせている種族であるからこそ成り立つものだ。
「…分かった。そろそろ無駄に長引かせるのは終わりだ」
そう言って、蔵馬が低く構えた。
稽古に甘んじるのをやめ、真剣勝負へと切り替えるつもりらしい。
「あら。終わってしまうみたいね、悠希」
「これ以上は暁斗様の負担にもなります。蔵馬様も、きっとそれを案じておられるのでしょう」
悠希の言葉が終わるのを待たずして、暁斗の身体が景気よく吹っ飛んだ。
数十メートルは宙を滑り、森の中へと消えた彼を目で見送る。
「…あれが案じている者の攻撃かしら」
「…そこは飴と鞭です、佐倉様」
08.01.23