悠久に馳せる想い

「―――と言うわけで一緒に来る事になった暁斗」

紅は部屋の隅に立つ妖狐を指差し、そう言った。
彼女の隣にはやや不機嫌な表情を浮かべる蔵馬の姿がある。
大方、彼女が見知らぬ妖狐を連れて帰って来たことが気に入らないのだろう。
それが男だと言うのだから、機嫌は更に右下がり。
仕方がないことだ。
仕方がないことなのだが…気に入らない。

「まぁ、紅が納得してるなら別に構わないよ」

百歩譲って、と言う声が聞こえるような気がする。
紅は軽く苦笑を浮かべ、少しでも機嫌を持ち上げておこうと彼の頬にキスを送った。

「所で…私が離れていた間の話を聞きたいわ。幽助が面白い事を企んでいたようだけど」
「会わなかったのか?」
「丁度すれ違ったわ。教えてくれる?」

いつの間にか部屋の中に暁斗の姿はない。
気を利かせたのか、自分には関係のない話だと離れたのかは分からないけれど。
それを気にするでもなく、二人は角を挟んだ位置に腰を下ろした。









「…魔界統一トーナメント、ねぇ…」

ガラス製のグラスを指先で遊ばせながら、紅がそう呟いた。
呆れた色を含ませつつも、彼女の表情は笑っている。

「幽助らしい考えだわ。躯は当然のことながら賛成したでしょう?」
「わかるのか?」
「あれは根っからの戦闘好きだもの。幽助とはそれなりに気が合うと思うわ」
「あぁ、確かに悪くはなさそうだったな。それより、紅」

改まって名を呼ばれ、紅はきょとんと首を傾げた。

「暁斗がトーナメントに申し込んだ」
「あら、別にいいじゃない」

制限はないんでしょう?
事も無げにそう答える紅に、蔵馬は溜め息を吐き出す。
大雑把と言うか何と言うか…母親として、それでいいのだろうかと思う。
尤も、これは人間的な考え方であて、紅の反応は魔界のそれだ。

「好きにさせたらいいと思うわ。あなたの息子が馬鹿なわけないんだから。自分で考えられるわよ」

自分の力量を見誤っているとは思えない。
きっと、彼なりの考えがあって、申し込んだのだろう。
それならば受け入れてやるのが親の務めと言うものだ。

「…そうだが…」
「………あぁ、そうか」

ぽん、と手を叩く。
何かに納得した様子の紅に、今度は蔵馬が首を傾げた。

「あなたはあの子の成長を見てないのね。ずっと躯の所で修行していたから」
「確かに、会ってないが…関係があるのか?」
「ええ、凄く成長したわ。躯が期待するくらいに」

紅はそれを目の当たりにしたからこそ、自由にさせてやってもいいと思える。
蔵馬はそれを見ていないから不安が残る。
その違いなのだ。

「…暁斗を呼び戻せ」
「蔵馬?」
「俺が納得できれば、トーナメントへの参加を認める」

ザワリと妖気が変化して、妖狐蔵馬へと成り代わる。
彼はそのまま椅子から立ち上がり、窓枠に凭れた。
外を見つめる切れ長の眼に、紅は思わず苦笑いを零す。

「お頭のお言葉なら、仕方ないわね」

そう言って指先をパチンと鳴らす。
途端に、紅が肘をついていたテーブルに悠希が降り立った。

「何か御用ですか?」
「暁斗のところまで走って、“トーナメントの参加にはお頭の許可が必要”って伝えてくれる?」
「承知いたしました」

悠希は即座にそう答え、再び姿を消す。
使い魔と言うのは妖気を辿る事ができるのだと本人が言っていたのを思い出した。
恐らく、暁斗の妖気を辿って移動したのだろう。
紅は悠希がいなくなると椅子から立ち上がる。
窓の所に立って美しくもない外の風景に目をやっていた蔵馬がこちらを向いた。

「すぐに来るでしょうから、準備をしてくるわ」
「…結界か?」
「ご名答。二人に戦われた日には、この辺り一体が荒地になりかねないから」

ぶつかり合うであろう妖気の全体量を予想し、結構な結界が必要だなと思う。
そんな事を考えていた彼女に、蔵馬は怪訝な表情を見せていた。

「そんなに成長したのか…」
「そうよ。…嬉しい?」

少し悪戯めいた顔で問いかける彼女。
蔵馬は僅かに口角を持ち上げた。

「戦ってみない事には何とも言えないな」
「正直じゃないわね、まったく…」

クスクスと笑い、紅はその部屋を出て行く。













廊下を歩きながら、ふと懐かしさを感じた。
暁斗が蔵馬に修行をつけてもらうようになった日も、こうして結界を張る為に移動したものだ。
廊下の窓から見える風景は、あのアジトから風景とは少し違うけれど、少し似ている。
頭二人が消息を絶ち、その息子も消えた。
事実上、盗賊団は解散せざるを得なくなっただろう。
蔵馬や紅をなくしてあれが存続できているとは思えない。
そうすると、あの頃の部下達はどうしているのだろうか。

「探した事もなかったけれど…。本当に、どうしているのかしらね」

妖狐蔵馬に憧れた妖怪が集まってきて、いつの間にか一つの大きな組織になっていた。
確か…記憶では、100人を越えていた筈だ。
全員が生きているとは思わない。
けれど、何人…いや、何十人かは、上手くやっているのだろう。
蔵馬は自分の下に従えているだけではなく、彼らが魔界で生きていけるように指導することもあった。
無理強いはしていなかったようだけれど、ちゃんと話を聞いていた者も居たのを覚えている。
それが生かされていたとすれば…きっと、生き残っている。

「…会えるかな…」

トーナメントが終わったら、彼らを探してみるのも悪くはないかもしれない。
そんな事を考え、あぁ、そっか、と思い出したように呟く。

「蔵馬が帰る時には…一緒に帰らないとね」

彼は人間界に捨てられないものを抱えている。
トーナメントが終われば人間界に帰るのだろう。
そして、人としての一生分をそこで過ごし、そこから先の妖狐としてをどこで過ごすかは…分からない。
もしかすると、人間界で過ごすのかもしれないし、魔界に戻るのかもしれない。
前者であれば、それを共にするのならば元部下達を探すのは不可能なのだろうか。




いつの間にか建物の外に出てきていたらしい。
空を仰ぐと、珍しく雲が晴れていた。

「一人で考えていても仕方ないわね」

事が落ち着いてからゆっくりと話し合うことにしよう。
そう決めると、紅は開けた場所を探すように魔界の森へと姿を消した。

08.01.12