悠久に馳せる想い
紅は今回の一件で殆どの妖力を抑え込む生活を余儀なくされていた。
理由は、妖力の高い彼女が周囲に与える影響、そして共に穴の事を探っている海藤らのことだ。
後者は彼女が単独で行動すれば解決する問題だが、彼女の傍には暁斗もしくは蔵馬が常に在る。
暁斗はともかく、幽助たちと連絡を取り合う蔵馬を自分に付きっ切りにさせるわけにはいかなかった。
蔵馬がコエンマに会いに行っていた翌日。
紅は蔵馬からの連絡を受け、暁斗と共に幽助のマンションへとやってきた。
「あ、こいつだ」
その一室に入り、中で眠る男を見るなり暁斗が彼を指差してそう呟いた。
彼の言葉にその時部屋の中に居た全員が彼を見る。
その中で、蔵馬と紅だけがその言葉の意味を理解していた。
「なんだ、暁斗。こいつのこと知ってんのか?」
「うん。尾行が下手な奴」
そういう説明はどうなのだろうか。
そう思う紅だが、咎める必要はないだろうと放っておく。
「尾行?」
「私達が穴の方を調べに行った日があったでしょう?あの日のことよ」
「あぁ、俺達がドクターとやりあってた日か」
首を傾げた幽助に、紅がそう説明する。
彼女の言葉で彼は以前蔵馬が「自分も尾行されていた」と言っていたのを思い出した。
なるほど、こいつがその尾行していた輩か。
そう思いながら、幽助は椅子に逆向きに座りながらベッドで横たわる男を見た。
「こいつ、死なねぇよな?」
「…見た限りでは、ね。悪いけど、死ぬ怪我だとしても絳華石は使わないわよ」
敵を生かす趣味は無い、と紅は呟き、閉じたドアに凭れかかる。
身体に包帯を巻かれた男の顔色はお世辞にも良いとは言えず、しかし呼吸はさほど乱れてはいない。
この分ならば、死ぬ事はないだろう、と紅は思った。
彼女がそっと息を吐き出したのにあわせるように、眠る男の瞼が揺れる。
ゆっくりと覚醒に向かうかと思われたが、彼はカッと目を開くとまるで弾かれたかのように飛び起きた。
その行動が、傷を負ったばかりの身体に良いはずが無い。
ズキンと痛む身体に、彼は思わず顔を顰めた。
男の名前は御手洗と言った。
初めこそ警戒心を露に食って掛かっていた彼だったが、話していくうちにその棘を抜き、涙を流す。
誰か、自分の心を分かってくれる人に話したかったのかもしれない。
彼を休ませると言う理由で一行は部屋を出た。
「コエンマは首謀者の正体を知っていますね。今の証言でハッキリしました」
蔵馬の言葉により、霊界TVを繋ぐ事となる。
彼の考えの通り、コエンマは首謀者を知っていた。
首謀者の名前は、仙水忍―――元、霊界探偵。
『それから、蔵馬。昨日のことだが…』
「…何か、わかったんですか?」
一通り話が終わったところで、コエンマが蔵馬の方を向いてそう切り出した。
それだけで内容を把握した彼は、その表情をより真面目な物へと変える。
そんな彼の変化に、隣に居た紅は不思議そうに彼を見上げた。
その傍らで暁斗も似たような表情を浮かべていたのだが、反対を向いていた彼女がそれに気付く事はない。
『ほぼ、間違いない。今はすでに霊界の手によって修復されているが、1ヶ月ほど前に魔界への穴が開いた』
コエンマの語る言葉に、紅のみならず幽助も驚いたように目を見開く。
しかし、口を挟まなかったのは、それが自分ではなく蔵馬たちに関係する物なのだと頭のどこかで理解していたからだろう。
「どの程度の…大きさですか?」
『お前の予想通り―――S級妖怪も通れる大きさだ』
「そんな穴が…どうして…」
今回の一件でも、人間は気付いていないとは言えこれだけ大きな騒ぎになっているのだ。
そんな大きな穴が開き、何事も起こらないはずがない。
『紅も、知っておるはずだ。一人だけ、お前以外に…誰にも気付かれず、それをやってのける奴を』
「……………嘘…。そんな筈は…」
ゆっくりと、それを理解してしまう事を拒むかのように首を振る。
しかし、そうした所で事実が変わる事はない。
コエンマは画面の向こうで声を落とした。
『魔界に送り出した者が、確認した。―――封印が解かれている』
「そんなはずは無いわ!私が…私の結界で封印したのに…どうして」
『何者かによって、外から封印が解かれていたらしい』
「外から…誰が、そんな馬鹿なことを…」
忌々しげに舌を打ち、紅は表情を歪めた。
そして、隣の蔵馬の方を向く。
「知っていたのね?」
「…確信はなかった。ただ…虫の知らせのようなもので感じてはいたよ」
「…俺は、知ってた。アイツが、居るって事。…闇華石を使うアイツが」
「暁斗…あなた、どうして…」
「魔界の穴を見に行った日に、感じたんだ。話さなくてごめんなさい」
しゅんと暁斗の耳が垂れる。
後悔しているようには見えないが、やはり大好きな母親に黙っていた事が許せないのだろう。
そんな彼に、紅は心を落ち着かせるように深呼吸を繰り返し、そして微笑んだ。
「大丈夫よ」
安心させるようにそう言うと、再びコエンマへと向き直る。
「誰が私の封印を解いたのかは分からないけれど…闇華石があると言う事は、出雲が人間界に居ると見て間違いは無い」
『そのようだな』
「詳しく話が聞きたい」
『…ワシもそっちに向かう』
通信が切れると、紅は壁に背中を預けてずるずると座り込んだ。
どこか張り詰めたような彼女に、幽助は口を開く事が出来ない。
いつも強気で、迷いなど見せる事の無い彼女のこんな様子は初めて見る。
「出雲…って誰だよ?」
「コエンマが来れば話す事になりますけど…闇華石を使う、妖怪です」
「あんか…石?絳華石と似たようなもんか?」
「…磁石の両極だと思ってもらえばいい。相反する力を持つ石です」
紅の向かいに膝を着き、蔵馬はそう言った。
俯く彼女の手を取って唇を寄せる。
「大丈夫。俺が守るから」
「蔵馬…。でも、またあの時のように…」
「わかってる。封印から覚めてそう時間は経っていないはずだ。今なら、まだ力も戻っていないだろう」
どこか怯えすらも伺える紅の様子に、幽助は表情を硬くする。
それほどに強敵なのか、はたまた別の何か理由があるのか。
どちらと判断する事もできないが、紅にとって良くない相手だと言う事はわかった。
「なぁ、暁斗」
「何?」
「その出雲って奴は…強いのか?」
幽助の問いかけに、暁斗は考えるように眉を寄せる。
そして、スッと服の裾を持ち上げた。
まだどちらかと言えば幼いといえる体つき。
でもどこか子供離れして引き締まった脇腹に、一筋の痛ましい傷跡があった。
「その傷…」
「母さんが居なければ、死んでた」
「そいつにつけられた傷跡なのか?」
「まぁ、もう50年も前の事だけどね。アイツは、強いよ」
刺された後に捻られているのか、その傷跡は醜く引きつっている。
彼女の治癒力を持ってすれば、その跡すらも残さない事は出来た。
しかし、それを拒んだのは他でもない暁斗本人。
「これは、俺にとっての戒めだから」
「暁斗?」
何か言ったか、と問う幽助に、彼はゆっくりと首を振った。
あの時のように、足を引っ張ったりはしない。
そのために、今までずっと鍛錬を重ねてきたのだから。
暁斗はぎゅっと拳を握り締めた。
06.12.15