悠久に馳せる想い

入手した二つの鍵を使い、扉を二つ潜ったところまでは順調だった。
だが、その先にはもう一つの扉。
その間、部屋が在るわけでも何か特別な空間が在るわけでもない。
ただ、扉ばかりが三つも続くと言うのは本来家としてはあり得ない造りだ。

「…一通り探してはみたけどよ…」
「見つからないね」
「蹴破るわけにもいかないし…仕方ない。彼を起こそう」

上から、桑原・ぼたん・蔵馬の言葉だ。
飛影は、未だ自分の失態が許せないのか、ただ黙々と部屋の中を探す彼らに従っていた。
従順と言うか、兎に角大人しい彼と言うのは何とも珍しい光景である。

「叩き起こそうか?」
「やめておきなさいよ、ぼたん。これを使えば楽だから」

叩き起こす、と言う台詞のところで右手を高々と掲げるぼたん。
そんな彼女に苦笑を浮かべ、紅は自分の右に生えていた植物に手を伸ばした。
プツンとそれを摘み取ってしまうと、蔵馬に差し出す。

「何だ?それ」
「彼を眠らせた食虫植物ですよ」
「眠りと覚醒は表裏一体。物によっては、どちらも作り出せるのよ。この植物はその種類」

蔵馬に続いてそう説明すると、彼は満足げに微笑んだ。
この知識は彼から得たものなのだが、それを覚えてくれていると言う事が嬉しいらしい。
へぇー…と感心したように声を上げるぼたんや桑原を横目に、彼は眠り続ける柳沢に歩み寄った。















柳沢により、最後の鍵を得た一行は扉を潜る。
その先にあったのは、7つの階段だ。

「一人一人違う階段を使ってもらおう。――その前に…」

柳沢はそこで一旦言葉を止めると、全員を一瞥した視線を紅へと固定した。
視線を受けた彼女は特に反応を見せる事無くその場に立つ。

「あんたが『紅』か?」
「…ええ」
「なら、あんただけは先に行ってもらう」

彼の言葉に、紅は軽く肩を竦めて息を吐き出すと一歩踏み出した。
だが、身体の前に出された腕によって進路を絶たれる。

「何故、彼女だけを?」
「さぁな。理由を言う必要はねぇ。こっちには浦飯幽助が居るんだぜ?」
「…蔵馬。私には領域の能力は効かないから大丈夫よ」

自分を遮るように前に差し出された手に、自身のそれを重ねてそう告げた。
まだ納得はしていない様子の彼だが、幽助の存在を出されればそれ以上拒むことなど出来そうに無い。
ゆっくりと彼の腕が下ろされると、紅は踏み出す前に柳沢を振り向いた。

「先に行って何をさせたいの?」
「上の仲間の指示に従え」

短く簡略な説明に、紅は溜め息と共に「了解」と答える。
そして、一番手前の階段に足を踏み出した。

「私は平気だけど…あなた達は気をつけてね」

振り向いてそう言うと、紅はそのまま背を向けて階段を上って行く。
やがて、踊り場を越えたあたりで彼女は見えなくなった。







階段が終わり、小さな踊り場の向こうに扉。
この屋敷は扉ばかりだな、と思いながらも紅はそれを開いた。

「…思ったより元気そうね」
「紅!!」

開けた部屋に居たのは、囚われの身である幽助。
そして、見覚えの無い男子学生。
恐らく彼が海藤や柳沢の最後の仲間なのだろ。

「あなたが『紅』さんですか?」
「ええ。指示に従えと言われてきたけれど、これから何をさせるつもり?」

腕を組み、先程閉めたばかりの扉に背中を預けながら問いかける。
手を出すつもりは無いと言う姿勢の表れだ。

「そこの扉に入ってください。中であなたを待っている人が居ます」
「…まぁ、大方の予想はついているけれど…」

行くしかないわね、と呟き、背中を離す。
そして幽助には近づかず、一直線に扉を目指した。

「お、おい!」
「何?」
「“何?”じゃねーだろ!おめーに掛かればこんな奴楽勝だろ!?」

助けてくれよ!と声を上げる彼。
理由は分からないが、動けない状態にあるということだけは分かった。
彼の足元と、周囲に立てられた電気スタンドを見て納得する。

「影が能力ね」
「わかってんなら話は早い!さっさとこのライトを壊してくれ!」

漸く解放されると思ったのか、彼の表情が明るくなる。
それに対し、紅はあっさりと首を振った。

「幽助。あなた、もう少し緊張感を持つべきよ。彼らが来るまで反省してなさい」
「は、反省…?」

幽助にはついぞ縁のない言葉だろう。
紅はこれ以上話すつもりはないとばかりに彼に背を向ける。
呆気に取られる幽助の傍らでは、二人の遣り取りが面白かったのか男子生徒…城戸が肩を震わせていた。

「残念でしたね」

紅が隣の部屋に姿を消した頃、彼は漸くその笑いが止まる。
そしてポケットから電話を取り出し、どこかへと掛け出した。

「――あぁ、俺だ。彼女は予定通り部屋に通した。そいつらをこっちに向かわせてくれ」















紅が入るよう指示された部屋は真っ暗だった。
だが、彼女の背後で扉が閉じるなり、パッと照明がつく。

「やはりあなたですか…師範」

明るさに目が慣れる時間など殆ど必要ない。
部屋の真ん中で彼女を迎えたのは、他でもない幻海師範だった。

「わかっていたのかい」
「何となく。それに…三人目…影の能力者を見たところで思い出しましたよ」

そう言うと紅は前髪を掻き揚げる。
彼女の脳裏に浮かぶのは、ここ一ヶ月のことだ。

「屋敷に相談に来た中に居ましたよね、彼ら」

今まで忘れていましたけれど、と紅はそう言った。
妖怪の始末などは紅が手伝う事もあるが、相談などは基本的に幻海の仕事だ。
紅は彼女の元まで連れることを主としていて、他と言えば精々茶を出す程度。
相談内容にも興味が無い為、あまり記憶としては残らないのだ。

「恐らく蔵馬も気付いています」
「…まぁ、そうだろうね。蔵馬はあの中で一番頭が切れる」
「今回の一件の理由は後から彼らと一緒に説明してもらうとして…。何で、私だけ先に通したんです?」
「柳沢の能力は“複写”だ。お前が全員に絳華石を渡してしまえば、使えないだろう?」

誰かが単独で行動するとなれば、確かに絳華石を渡していたかもしれない。
なるほど、と紅は頷く。

「それが私を呼んだ理由だとすれば…今回の一件は、彼らの能力を教えるためのものだったんですね」
「あぁ」
「回りくどい事を…。――――隣が賑やかになってきましたね」
「あいつらが上がってきたんだろう。そろそろだね」

幻海の声に続くように、隣の部屋から派手な音が聞こえてきた。
何が起こっているのかわからないが、一応視線だけはそちらに向ける。
と言ってもその光景が見えるはずも無く、視界に映るのは少し草臥れた両開きの扉と壁だけだ。

「そう言えば、暁斗から何か連絡来ました?」
「昼頃に『明日帰る』って言う手紙が届いてたよ」
「明日、と言う事は…もう今日ですね」

チラリと時計の文字盤の上に一緒に乗ってる日付を見て、紅がそう言った。
今日の学校に差し支えそうだなぁと考えてしまうあたり、自分も中々学生業に馴染んでいると思う。

「さて…そろそろ、行こうかね」

そう言って重い腰を持ち上げた幻海。
彼女を通すように身を引き、徐々に開いていく扉を見つめた。
先に出て行く彼女に続けば、驚いたような怒ったような…そんな視線が幻海と、ついでに自分にも向けられる。
視線の中に入り混じる戸惑いのそれを垣間見て、紅は苦く笑った。

「やっぱり、気付いてたのは蔵馬だけね」

呟いた声は彼女自身にしか聞こえないほどに小さいものだった。

06.10.18