悠久に馳せる想い




『準決勝第1試合、選手入場しまァーす』
『えー、準決勝からは本試合前に行われていた余興試合は行われない模様です』

今試合から実況に専念する事になったらしい小兎の声がマイク越しにドームを響く。
裏御伽チーム対浦飯チームの試合。
紅は浦飯チームの余興試合メンバーとして入場を許可された。
背中に暁斗からの痛いほどの視線を感じる。
因みに彼は観客席の一番前の列で膨れっ面を浮かべていた。
それを敢えて無視する辺り、紅も彼の扱いには手馴れているのだと言う事が窺える。

「…紅」
「何?」
「何かよぉ…背中がチクチク痛ぇ」
「…私に言われても…」

視線は次第に殺気に近くなってきているらしい。
紅自身はあまり気にならないようだが、殺気を向けられる事に慣れていない桑原は違うようだ。
そんな彼の反応に蔵馬は苦笑を浮かべて紅の方を向いた。

「紅、暁斗の傍に居てやってくれないか。桑原くんもこちらの戦力だからね」

暗に試合で役に立たないと困ると言ってのける蔵馬。
複雑な表情をした桑原を横目に、紅は肩を竦めながら観客席の方へと近づいていく。
そして暁斗の前の壁に背中をもたれさせ、試合の開始を待った。

「どうしたの、母さん?」
「彼が使い物にならないと困るんですって」
「ふーん…俺が出れば一人勝ち出来るのにね」

つまんない、と頬杖をつく暁斗。
彼の周囲一帯を妖怪が避けているのは漏れ出す妖気の所為だろう。
近距離で薄汚い言葉を聞かずに済む分には嬉しい限りだ。
しかし、冷や汗を流しつつ試合が始まるのを待っている弱小妖怪を見るとナケナシの良心も痛むと言うものだ。

「少しは殺気を抑えなさい。見るに耐えないくらいに気の毒だわ」
「…はーい」

精々虫除けならぬ妖怪除けとして牽制がてら殺気を放っていたのであろう。
暁斗は紅の言葉に従い妖気の解放を止めた。
周囲の妖怪がほっと安堵の息を漏らした頃、丁度試合の方も対戦方法が決定したようだ。
まず初めにリングに上がったのは、酷く好戦的な笑みを浮かべた飛影だった。











暁斗曰く「呆気なさ過ぎて逆に不愉快」な第1試合が終わる。
試合は1対1の5戦方式で、対戦相手はサイコロの目によって選ばれる。

第2試合の対戦相手を決める為、裏御伽チームの死々若丸が再びサイコロを振った。
コロリと転がった目が示したのは『自由』と『黒桃太郎』。
前者は浦飯チーム、後者は相手のサイコロである。
対戦方法を決めた時から『自由』と今この場に居ない『覆面』が出た場合には飛影が出ると言い張っていた。
無論、それが偽りのはずも無く、飛影はリングから下りる事なく相手チームを待つ。

「ねぇ、母さん」
「ん?」

観客席に居ると言う事もあり、暁斗の方が若干高い位置に居る。
そのために上から聞こえてきた声に答えるように、紅は少し視線を持ち上げながら振り向いた。
目に映ったのは何やら楽しげな表情を浮かべる暁斗。
今彼の尾と耳が具現化されていたならば、きっと盛大に喜びを表しているのだろう。

「あの飛影って強い?」
「…まぁ、それなりには。あとは…黒龍波を使いこなせるようになればね」

そう答えながら紅はリングの上の彼へと視線を投げかけた。
リングではすでに第2試合が始まっており、黒桃太郎の肉体が変化を見せる。
それに大した反応を見せず、紅は己の腕を組んだ。

「今更だけどさ…何で母さん出てないの?」

試合の様子に興奮する観客の声の中、二人はいたって普通に言葉を交わしていた。
攻撃を受ける度にそれを記憶して更に強くなる…らしい黒桃太郎。
飛影が劣勢に見えている所為か、観客の盛り上がりは一入だ。

「余興試合に出るなって騒いだのは暁斗だったと思うけど?」
「そうじゃなくって。本試合だよ。母さんならあの程度の奴ら瞬殺でしょ?」

心なしか暁斗は苛立っているようだ。
もっとも、彼自身でも相手を瞬殺するには十分な実力を持っている。
一定の距離を取っているとは言え、小声ではない会話は周りの妖怪にも届いたようだ。
青ざめた様子で試合から暁斗と紅の方へ向けてくる視線を気にせず彼らは話す。

「…今の状態では無理ね」
「………あ、そっか。人間になってるんだよね」

今思い出した、と言いたげな視線を向ける暁斗。
言うまでもなく暁斗は生粋の妖怪で、更に言うと妖狐。
人間と言うもの自体は好きではないらしく、その単語を紡ぐ時に彼は僅かに表情を歪ませた。
それに気づいたものの、紅自身も慣れない頃はそうだったのだから、と咎める事はない。

「人間になってから随分幼くなったよね」
「……………あのね、暁斗。子供のあなたに幼いとは言われたくないわ…」

溜め息と共に呟いた声は、飛影の勝ちを宣言する樹里の声に重なった。












第3試合でサイコロの目が示したのは『裏浦島』、そして『蔵馬』だった。

「…うっわ…胡散臭い奴…」

言うまでもなく暁斗の第一声なわけだが…。

「(魔界ではもうちょっと可愛げがあったような…気がするんだけど…。)」

何だかんだ言って人間界と言う場所に大いに影響されているらしい。
自分の記憶にある暁斗を思い出し、少しだけ肩を落とした紅だった。
審判の声と共に見えない攻防が幕を開ける。
火花でも散っているのではないかと言うそれを眼前に、紅は腕を組みなおして顔を顰めた。

「両者共に手抜き…?」

率直な感想に同意したのは、同じく冷静に試合を見ている暁斗だけ。
その時、急に彼の頭からぴょこんと耳が現れた。
突然のそれに紅が目を瞠る。

「どうしたの?」
「さっきから相手が何かボソボソ呟いてるんだけど…聞こえないんだよね」
「あ、だから蔵馬の口が動いてるのね」

納得した、とばかりに頷く紅の後ろで暁斗が聞き耳を立てる。
ピクピクと動く耳が可愛らしいのだが、生憎そんな物を見ている者は一人も居なかった。
暫く沈黙していた暁斗がはぁーと長い溜め息を吐き出す。

「父さんってあんなにお人好しだったっけ…」

思わず呟いた言葉はもちろん紅には届いている。

「どう言う事?」
「…見てればわかるよ」

暁斗の声とほぼ同時に、リング上に蔵馬の血が舞った。
得意げに笑う裏浦島を前に彼は膝を付く。
それを見て、紅は後ろの暁斗を見上げた。

「暁斗?」
「…騙される方が悪いと思う」

何で教えなかったの?と言う気持ちを篭めてにこりと笑う紅を前にそれだけ言えた暁斗は中々の大物だろう。








『親子水入らずの所失礼します!』

突然、耳に直接届く声と、マイク越しの声。
いつの間にか暁斗の隣にやってきていた小兎が二人を交互に見てマイクを向けた。

『リングの中の様子がわかりませんので、出張インタビューです!』
「また余計な事を…」

紅の小さな呟きを綺麗に無視して彼女は暁斗にマイクを突きつけた。
ものすごく嫌そうに表情を顰めて仰け反る彼は中々可愛かったのだが。

「とりあえずマイク切ってくれない?」

煩いから、と言うと小兎は素直にそれの電源を落す。
そしてスイッチが入っていないにも拘らず彼女はそれを紅へと向けてきた。

「こちらはお子さん…と言う事で間違いないんですよね?」
「…まぁ、一応は」

紅の答えを聞くなり彼女は暁斗へとマイクを向ける。
電源は切れているとわかっていても嫌ならしい。
暁斗は眉を寄せて彼女から離れたそうだった。
…離れないのはそこに紅がいるからである。

「と言う事は、君は蔵馬のお子さんなんですよね?」
「………一応ね」

不本意そうに答える暁斗。
彼らしい答えに紅はクスクスと笑った。
その時。

「―――――っ!?」

紅はざわりと全身を何かが這うような感覚に襲われる。
同時にドーム内を恐ろしいほどの妖気が包む。
彼女の変化に逸早く気づいたのは、やはり暁斗だった。

「母さん!?」
「蔵、馬…」

暁斗の声が届いていないのか、紅はその声に振り返る事なくリングへと向き直る。
リング一体を包み込んでいる白い煙によって中の様子は窺えなかった。
しかし、紅はその中に懐かしすぎる妖気を感じ取る。

「…!?母さん、髪が…!」

暁斗の視界に見事な金糸が流れた。

05.12.21