悠久に馳せる想い




部屋で寛いでいた蔵馬が、不意に顔を持ち上げてキョロ…とあたりを見回す。
それに気づいたのか、紅は首を傾げて彼の名前を呼んだ。

「蔵馬?」
「そう言えば、暁斗は?」
「暇だから探検してくるって」

紅と再会してからと言うもの、暁斗は彼女の傍を一時間と離れようとはしなかった。
それだけに、彼女の傍に暁斗の姿がない事に違和感を受けるのも無理はない。
彼女の返事に蔵馬はなるほどと頷く。

「それより…行かなくてよかったの?誘われていたんでしょ?」

ペラ…と本のページを捲りながら紅は言った。
先程暁斗の事を答えた時には視線を蔵馬に向けていたが、今は本の活字へと落とされている。
別に読書が好きなわけでも、本の続きが気になるわけでもない。
にも拘らず読み続けているのは暇な時間を持て余しているからなのだろう。

「行ってほしかった?」
「蔵馬の好きなように」

降り続ける雨が窓ガラスを濡らす。
それを横目に見て、蔵馬は静かに立ち上がった。
彼が立ったのも自分に近づいてくるのも気づいていたが、紅はさして反応は見せない。

「“行かないで”って聞こえるのは俺の気のせい?」

そんな声が耳に届くと同時に、背中からふわりとぬくもりが伝わる。
少し赤みを帯びた黒髪が紅の視界を揺れた。

「…ご想像にお任せするわ」

短い溜め息と共に紅は本を閉じた。
どうやら物言わぬ物体ではなく彼の相手をしなければならないらしい。
彼女の考えを読み取ったのか、蔵馬は僅かに笑みを深めてその髪に唇を落す。

「…どうしたの?急に…」

背中から抱きすくめられる形で紅は彼を見上げる。
だが、体勢的に無理があったのか、彼女はすぐに前へと身体を戻した。

「暁斗が付きっ切りだったからね」
「………………蔵馬…あなたの子供よ?」
「うん。わかってるよ。だけど…」

そう言って蔵馬は椅子に座っていた紅の身体を抱き上げる。
無駄な物の一切ついていない彼女の身体は軽い。
目線を合わせるように持ち上げ、彼は続けた。

「妬かない自信は無いな。例え自分の子でも」

真っ直ぐに自身を見つめてくる眼差し。
しかしながら、言っている事は紅からすれば笑いを誘う以外の何物でもない。
クスクスと笑いを零し、紅は空いている両手を蔵馬の頬へと添える。

「暁斗は大切よ」
「…俺は?」
「………もちろん、愛してるわ」

紅は彼の額に軽くキスを落とす。
彼女の言葉に満足したのか、それとも行動が嬉しかったのか。
どちらとも取れる笑顔を浮かべ、蔵馬は彼女を抱く腕に力を篭めた。

「まぁ、大分マシになったわよね…蔵馬も」
「そうだっけ?」
「…顔を突き合せれば魔界の植物を差し向けてたのはどこの誰だったかしら」
「あー…そう言えばそんな事もあったね」

懐かしいなぁと目を細める蔵馬。
そんな反応に、紅は苦笑を浮かべるだけだった。

「妖狐の時よりは性格が穏やかね。…黒いけど」
「褒めてる?」
「もちろん」












「なー、暁斗」
「んー?」
「おめー紅の所に帰らなくてもいいのか?」

ピッとトランプを抜きながら暁斗は答える。
引き抜かれたトランプが嬉しくなかったのか、桑原が一瞬だけ「げっ」と表情を歪める。
揃ったカードを自分の前へと捨て、暁斗は次の相手へと残り一枚のカードを差し出す。

「…父さんと母さんって何百年経っても万年新婚夫婦なんだよね。はい、上がり」

ぼたんがカードを引いたことで、暁斗の手元のそれは全て無くなった。
ニッと口角を持ち上げる姿はいたずら小僧そのもの。
またかよ!と頭を抱える桑原の横でぼたんが声を上げる。

「それにしても…紅に子供が居るなんてねぇ」
「あんたも知らなかったの?霊界の奴らは皆知ってると思ってたけど…」
「コエンマ様は知ってるのかい?」
「知ってるも何も…俺、そのコエンマって奴と会ってるよ」

その言葉にぼたんが驚く。



「…お前が佐倉の忘れ形見か」

そう言って自分の頭を撫でていった彼。

「佐倉とは必ず逢える。それまで自分の力で生き延びるんだぞ」

突然消え去った両親の気配に戸惑っていた自分には、その言葉は嬉しかった。

「コエンマ様!これ以上はエンマ大王様に見つかります!」
「怒鳴らんでもわかっとる。ではな」

会話と呼ぶにはあまりに一方的なものだった。






「ねぇ、コエンマって人知ってる?」
「当たり前じゃないの。あの人なら武術会を見に来てるよ」
「どこに居るわけ?」

隣に座るぼたんを見上げて彼は問う。
彼女はんーと考えた後、どこにいるかはわからないと答えた。

「そ。ま、逢えるならいいや」

うん、と頷くと暁斗は自分の前に捨てていたカードを纏める。
そして未だに勝敗の付いていない彼らを見ていた。

「暁斗くんだっけ?」

不意に掛かった声に、暁斗は耳をピクリと動かして振り向く。
そこにいたのは螢子だった。

「そーだけど…。誰?」

暁斗の言葉に一向はそう言えば…と固まる。
他の全員は顔なじみなのだが、暁斗だけは違った。
と言うよりも、彼自身は知られているのに彼は彼女らを知らないのだ。
思い出したように全員が名前を告げる。

「…俺は暁斗。知ってるみたいだけどね」
「………おめー、あれだな。紅の前だけ全然性格違うよな」

暁斗のつんとした態度に桑原が思わずそう呟く。
だが、それが聞こえていながら白を切ると言うよりは無関心にそっぽを向く彼。
そんな彼の態度に拳を握る桑原だが、彼は静流の拳によって黙らされていた。

「こんな小さい子に何するんだい、あんたは」
「小さいっつってもコイツ5倍は生きてるらしいぜ、姉貴」
「…見た目ふけ顔なあんたより可愛くていいじゃないか」

よしよしと暁斗の頭を撫でる辺り、静流も彼の事を気に入っているようだ。
と、大人しく撫でられていた暁斗の耳がピクリと動く。
それから数秒とおかずに部屋の扉がノックされた。

「お邪魔します」
「母さん!」

ドアの隙間から顔を覗かせる紅に、暁斗の耳はいよいよピンと立ち上がった。
嬉しそうに揺れる尾が和やかな雰囲気を醸し出す。

「やっぱりここに居たのね、暁斗」

彼女の後から入ってきた蔵馬は先に部屋の中心へと歩いていく。
腰に抱きついた暁斗の頭を撫で、紅もその後を追った。

「可愛い子だね」
「ありがとうございます」
「うちの和真と取り替えない?」

タバコを片手に真剣な表情を浮かべる静流。
背後で何やら文句を言っている桑原など完全無視だ。

「はは…ご遠慮しておきます。こう見えても結構手が掛かるんですよ」

後半部分に暁斗が口を尖らせるが、生憎紅はそんな事を気にするような性格ではない。
そんな彼女らの元へと女性陣が集う。

「しっかし若いのにこんな子が居るなんてねぇ…」
「いや、温子さん…私が妖怪の時の子ですから」

さすがにこの歳で子供は生めませんって、と紅は苦笑いを浮かべる。
赤みを帯びている事から、彼女が酔っていると言う事はわかっていた。

「目元が紅さんに似てますよね」
「あぁ、確かに。髪や容姿は全然違うみたいだけどねぇ」
「紅似じゃないって事は、旦那の方に似たんじゃないの?」

螢子、ぼたん、静流が順に暁斗を見つめて言う。
そして彼女らの視線は桑原や飛影と言葉を交わす蔵馬へと向いた。
視線に気づいた彼は振り向き、そして首を傾げる。
何でもないと紅が首を振れば彼はまた会話に戻っていった。

「…似てないね」
「だから、私達が妖怪の時の子供だから似てなくても無理はないんだけど…」

裏御伽チームとの戦いを翌日に控えた一日は、こうしてのんびりと過ぎていった。

05.12.15