悠久に馳せる想い
ちょこんと椅子に座った少年に、事情を知らない者は各々に反応を示す。
僅かに表情を変えただけの男も居たが。
「…なるほど。大体はわかったけどよ…つまりは紅と蔵馬のガキって事で…いいんだよな?」
掻い摘んで話した内容を、幽助が代弁する。
紅が話したのはもう少し細やかな物だったが…要はそう言うことだった。
「ガキって言うな!」
幽助の言い方が気に入らなかったのか、暁斗は不機嫌を露にそう言った。
子供らしく口を尖らせる彼に、幽助が口元を吊り上げる。
「ガキはガキじゃねぇかよ」
「少なくともお前の五倍は生きてるんだからな!」
「五倍!?んな馬鹿な!」
「お前なんか俺から見ればまだまだ子供じゃん!」
「…暁斗」
溜め息交じりの声が響けば、暁斗はピタリと口を閉ざす。
その様子に呆気に取られる幽助。
「話が進まないから後になさい。時間が勿体無いでしょう」
「…ごめんなさい」
しゅんと垂れた耳と尾が何とも保護欲をそそるのは気のせいではない。
「それから、幽助」
「何だ?」
「あまりからかわない方がいいわよ。この子、強いから」
紅がそう言って頭を撫でれば、暁斗は嬉しそうに尾を揺らす。
明らかに自分に噛み付いてきた時とは違う彼に、幽助は思わず口を挟んでしまった。
「…なぁ、紅…。こいつって…マザコン?」
「…親離れが出来ていないとでも言って欲しいわね」
「暁斗は紅にべったりだからな…」
蔵馬が苦笑気味に笑った。
自身の話が上がっているにも関わらず、暁斗は特にこれといった反応を示すでもなく紅の腕に張り付く。
「しかしよぉ…似てない親子だな」
今まで沈黙していた桑原が紅と蔵馬、そして暁斗を順に見やりながら言った。
そんな彼の言葉に紅は頷く。
「暁斗は私達が妖怪の時の子だから。似て無くても無理はないと思うわよ」
そう言って紅は暁斗の頭を撫でる。
ご機嫌に目を細める辺りは狐と言うよりも犬に近く見えた。
ゆらゆらと揺れる尾が何とも笑いを誘う。
「さて、と。とりあえず暁斗の紹介も終わったし…。俺は次の対戦チームを見に行ってくるよ」
場の空気を一掃するように蔵馬はそう声を上げた。
その声をきっかけに、それぞれが好きに部屋を出て行く。
「二人はどうする?」
「…一応行くわ」
「んじゃ俺も行く」
ピョンッと椅子から飛び降りると、暁斗は邪魔だとばかりに尾と耳を消した。
すぐに自分の腕に絡んでくる暁斗の腕に、紅は小さく笑いを零す。
そして彼女は思い出したようにあっと声を発した。
「蔵馬、少し用事があるから先に行っててくれる?」
「俺も行こうか?」
そんな蔵馬の提案に紅は首を振る。
「大丈夫よ。すぐに行くわ。暁斗、あなたはどうする?」
「母さんと一緒に行く」
即答する彼にクスクスと笑い、紅は了解と言って部屋のドアへと歩き出した。
その背中にかかった気をつけてと言う蔵馬の声に、彼女は微笑みのみを返す。
「ねぇ、どこ行くの?」
「次の余興試合を取りやめてもらおうと思ったのよ」
「……出来るの?」
「実力行使。この大会への発言力を持つあの男なら…可能のはずよ」
前を見据えて吐き出された紅の言葉。
「あの男?」と首を傾げる暁斗の質問に答える事はなかった。
「紅ー!!!」
ドンッと言う衝撃を背中に食らい、紅は思わず前に倒れそうになった。
見知った気配だったから警戒しなかったのだが。
「…陣…体格差を考えなさい、体格差を」
「お!暁斗も久しぶりだな!」
「…………人の話を聞きなさい…」
ひょいと暁斗を抱き上げて遊ぶ陣に、紅はやれやれと長い息を漏らした。
久々の再会に嬉しそうに笑っている暁斗を見れば、浮かぶのは笑みだけなのだが。
「陣が話を聞かないのは今に始まった事じゃない」
「あら、凍矢も居たの。怪我の具合は?」
「問題ない。絳華石のおかげだな。ありがとう」
身体を引き摺るでもなく、しっかりと歩いてきた凍矢に「どういたしまして」と紅は微笑む。
彼と蔵馬の対戦を見ていたわけではないが、怪我の程度から大体の想像はついた。
陣も凍矢も、本来ならば今はまだ医務室にお世話になっていなければならないはずだ。
こうして元気にしているのは、自分が渡した絳華石のおかげなのだと思えば自然と笑みも浮かぶ。
「これはどうする?返しておくか?」
「持っててくれて構わないわ。必要ならいくらでも作れるし…」
材料が自分の血と妖力なのだから、紅が生きている限りいくらでも生み出す事が出来る。
基本的に他人の為に治癒力を持つ絳華石を作らない紅だが、旧知である彼らは別だ。
それに、一度彼らに助けられていると言うのも事実。
「暁斗は無事に自我を取り戻したらしいな」
陣とじゃれ合う暁斗を見ながら、凍矢はポツリと漏らした。
恐らくはイチガキ戦を見ていたのだろう。
「中途半端な妖怪だったからね。あの子自身の抵抗もあったから思ったよりも楽だったわ」
「そうか。所で、佐倉。これからも余興試合に参加するのか?」
話を変えると同時に彼は紅へと視線を向ける。
彼の視線を受け、紅は曖昧な表情を作った。
「今から直談判に行くつもりだったのよ」
「そうか。未確認情報だが、裏御伽チームの余興試合の妖怪が前の試合で死んだらしい」
「…それはご愁傷様ね。こちらとしては話が進めやすくなったわ」
貴重な情報をありがとう、と紅は口角を持ち上げた。
凍矢は彼女の強さはわかっているだけに、負けることや死ぬ事を案じているわけではない。
ただ――
「お前が参加すると暁斗が煩いからな…」
「ははは…」
呟かれた言葉に紅は苦笑しか返せなかった。
「話は済んだかー?」
暁斗を肩に乗せた陣が二人の傍へと歩いてくる。
紅が手を差し出せば、陣は暁斗を彼女へと渡した。
先程まで消していた耳や尾が出現しているのは彼が楽しんだと言う何よりの証拠でもある。
「佐倉ー…じゃなかった。紅、絳華石ありがとな!助かっただ」
「怪我が響いてないみたいで何よりだわ。それは陣が持ってて」
懐から絳華石を取り出した陣に、紅はそれを返される前にそう言った。
彼は一瞬きょとんと目を見開くが、すぐに頷いてそれを握り締める。
「あ、凍矢」
思い出したように紅がそう言えば、凍矢の視線が彼女へと移動した。
「今は佐倉じゃなくて紅なの。恐らく…これからはずっと」
「…紅、だな」
確認するようにその名を紡ぎ、彼は頷く。
凍矢は彼女と出逢った時の事を思い出した。
『……。…佐倉よ』
一旦開いた口を閉ざし、再び開かれたそれから紡がれたのはその名前だった。
恐らくは、あの時始めに紡ごうとした名前こそ「紅」だったのだろう。
それが親しい仲にしか教えない名前なのだろうと察する。
今こうして彼女がそれを教えたことが、ただ純粋に嬉しく思った。
「…そろそろ行くわ。次の試合に間に合わないと意味がないから」
「陣!またな!凍矢も今度は遊んでもらうから!」
暁斗がそう言って紅の手を引き、歩き出す。
それにあわせて足を動かしながら紅は肩越しに彼らを振り向き、軽く手を上げた。
「…陣は子供好きだな」
「そっか?子供って言うよりも暁斗が好きだな!アイツぜってー強いべ?」
「一度本気でやってみたらどうだ」
「…だな!………何か負ける気もすっけど」
「…………………」
05.12.08