悠久に馳せる想い
お互いに攻撃を加えながらも、彼らは楽しそうだった。
最終的に勝ったのは幽助だったが、どちらも満足そうだったので結果は関係ないようにも思える。
その後相手チームのスポンサーの声によって彼らの試合は引き分けとなった。
だが、イチガキ戦からの負傷を引き摺っていた桑原が相手の吏将を打ち破り浦飯チームの勝利。
今回の勝利は、桑原が片思い中の雪菜のおかげだろう。
傷の手当の為医務室を訪れていた一行。
カーテンに区切られた一角は酷く居心地の悪い空気に包まれていた。
「……………」
「……………」
「……………暁斗」
紅の唇がその名を紡げば、反応するようにピクリと耳が動く。
まだ狸寝入りを続ける彼に、いい加減にしないと本気で怒ると言う彼女の言葉に暁斗は文字通り飛び起きた。
それからと言うもの、暁斗はベッドに座ったまま紅に背中を向けて窓の外の方を向いている。
怯えたように伏せられている耳が何とも笑いを誘うと言う事を彼は理解しているのだろうか。
紅の斜め後方に立つ蔵馬は笑いを堪えている。
他のメンバーは彼女らの遣り取りに口を挟めずにいるようだが。
「…はぁ。あなたたち、見ていないで手当をしてもらった方が時間を有効に活用できるわよ」
「あ、おう。そうだな。そう言えば…桑原はどうしたんだ?あいつが一番怪我酷かったよな?」
「彼なら雪菜さんの所に行ってるわ」
何となく彼らに付いてきていた飛影の肩が揺れる。
そんな反応に内心でクスクスと笑い、紅は幽助や覆面らを手当してもらえるようにと声を掛ける。
彼らが看護婦と共に去ると、今まで立っていた蔵馬が紅の隣へと椅子を引っ張ってきて腰を下ろした。
その音すらも敏感に聞き取り、暁斗の耳は揺れる。
「暁斗」
届いたのは声だけではなかった。
抱きしめられた肩から伝わる懐かしい熱に、暁斗は思わず腕の中で彼女を振り向いてしまう。
「やっと顔が見れた」
そう言って微笑む紅。
笑顔の優しさに彼は顔を俯け、そして彼女の背中に腕を回した。
「ごめんね、今まで一人にして」
震える背中を叩きながら、離れていた時間を補うように強く優しく抱きしめ続けた。
今度は赤い目を隠す為に視線を合わしてくれない暁斗。
しかしながら、身体ごと向こうを向いてしまうよりはよっぽど嬉しいのか、紅は微笑みすら浮かべていた。
「…母さん」
「ん?」
腕の包帯を変えるために医務室から包帯を失敬してきた紅に、暁斗が声を掛ける。
彼女は彼の腕を取って包帯を解きながら答えた。
「ごめんなさい…」
「何が…って、あぁ」
きょとんと目を見開いた紅だったが、謝っている理由に思い当たったのか頷く。
どうやら先程身体ごと顔を背けていたのは、紅に合わせる顔がなかったからのようだ。
「別に気にする必要はないわよ。急所を外してくれただけでもありがたい事だわ」
「で、でも!俺がやったんだし…」
最後の方は殆ど聞こえないくらいの音量で彼はボソボソと紡いだ。
そんな暁斗の頭を撫でる紅と、大人しく撫でられている暁斗。
二人の様子を蔵馬は苦笑交じりに傍観していた。
「……あの、さ」
暫しの沈黙の後、暁斗は漸く顔を上げて紅を見つめる。
ん?と首を傾げた彼女に、彼は続きを紡いだ。
視線は紅から蔵馬の方へと移動させている。
「この人、誰?」
時が止まったかのように二人はピタリと制止した。
「―――――紅」
「…っは、はい」
「笑いすぎだと思うよ」
隣で腹を抱えるようにして身体を折り、肩を震わせる彼女に向かって蔵馬が言う。
一方珍しくもただ笑いを堪えている様子の母と見慣れぬ人間に、暁斗の脳内は疑問符で覆い尽くされた。
「はー………暁斗?」
「な、何。母さん」
「彼に見覚えはー…無くて当然ね、うん。でも、匂いとか妖気とかでわからないの?」
目尻に溜まった涙を指で拭い、紅は隣の蔵馬を一瞥したあと暁斗に問う。
確かに視覚的情報のみに頼っていた彼は、もう一度蔵馬に向き直った。
じっと見つめられる事に居心地の悪さを感じたのか、蔵馬は肩を竦めて苦笑いを浮かべる。
「…………………………………………………………………………父さん?」
「出来れば沈黙無しに気づいて欲しいな、暁斗」
たっぷりと沈黙をとった後、確認するように首を傾げつつ紡がれた答えに蔵馬が溜め息を漏らす。
そんな彼の反応が、答えが間違っていない事を示していた。
それを見て慌てるのは言うまでもなく暁斗だ。
「嘘!?え、だって…!父さん人間に憑依でもしたの!?」
自分の父親に向かって「誰?」と聞いてしまったのだから慌てるのも無理はない。
その狼狽ぶりが面白く、紅はクスクスと笑いを零した。
「紅は気づいたのに俺には気づかないものなのかな…」
「基本的に私は自分の身体を極限まで人間に近づけただけだからね」
あくまで似ているだけの蔵馬とは話が違う、と言いたいのだろう。
しかしながら言わなければ気づいてもらえない辺りは不満が残る所。
ふいと顔を逸らす蔵馬に、暁斗は再び慌てたように口を開いた。
「ご、ごめんなさいっ!俺、全然気づかなかったから…てっきり母さんの新しい恋人かと思って…」
自分でも何を語っているのかわかっていないのではないだろうか。
暁斗が吐き出した言葉の途中で紅が「あ」と声を上げたが、恐らく彼の耳には届いていない。
言い訳の内容が更に蔵馬を煽る。
「暁斗」
「は、はい…」
「後にも先にも、紅を誰かに譲るつもりは無いよ?俺は」
伸ばされた手は暁斗の頭を撫でるかと思われたが、全く逆だった。
がしっと手の中に納まるサイズの頭を掴みあげて言う蔵馬。
笑っているがこめかみあたりに青筋でも見えそうだ。
「そこまで。自分の息子の頭を握りつぶすつもり?」
ひょいと暁斗の身体を抱き上げると紅は苦笑いを浮かべて蔵馬を諌める。
彼女の反応に肩を竦める蔵馬。
「まさか。手加減はしたよ。な、暁斗?」
「……………………………………うん」
もの凄く不満げながらも頷く暁斗の目は涙目だ。
かなり痛かったらしい。
無理やり頷かせている事は明らかだが、紅はふぅと溜め息を漏らしてそのまま立ち上がる。
彼らの遣り取りなどもうすでに慣れてしまっていた。
「すみません。この子、目を覚ましましたので部屋の方へ連れて帰りますね」
「あ、わかりました。お大事にしてください」
丁度前を通っていた看護婦にそう声を掛ければ笑顔と共にそんな答えが返ってきた。
紅の腕に抱かれながら彼女にペコリと頭を下げる暁斗。
その様子が可愛らしかったのか、看護婦は頬を染めて彼の頭を撫でるとそのまま別の患者の所へと歩いていく。
妖怪同士の戦いが殆どであるが故、暁斗のような存在は彼女らにとって大いに癒しだったのだろう。
靴音を鳴らして廊下を進んでいた三人。
そんな中、暁斗が口を開いた。
「母さん。俺歩けるんだけど…」
「あぁ、そうだったわね」
今更ながら思い出したように頷き、紅は暁斗を床の上に下ろす。
腰を折った状態から身体を戻したのだが、ふと右手に重みがかかる。
自然とそちらに視線を向ければ、嬉しそうに笑って己の腕を掴む暁斗が視界に映った。
「へへ…。母さんとこうやって歩くのって久しぶりだよね!」
「…そうね」
「手ぇ繋いで歩いてもいい?」
そう言って嬉しそうに見上げてくる彼を見て、否定することなど出来るはずもない。
二つ返事でOKを出せばまた嬉しそうに笑う暁斗。
耳と尾が彼の機嫌を表すかのように楽しげに揺れていた。
「………紅、あまり甘やかすのは…」
「父さん羨ましいんでしょ?」
控えめに声を上げた蔵馬に、暁斗はニッと口角を持ち上げて言い放つ。
「………暁斗…さっきのじゃ足りなかった?」
「今日くらい大目に見てくれてもいいじゃん。久々の再会なんだし~」
「……………………………」
さすがにそれを出されれば蔵馬もそれ以上何も言えないらしく、眉を寄せながらも黙る。
恐らく明日には彼も黙ってはいないのだろうな、と紅は思った。
「(また騒がしくなるわね…)」
腕にぶら下がるようにして歩く暁斗と隣の蔵馬を交互に見つつ、紅は懐かしい風景にそっと微笑みを浮かべた。
05.12.02