悠久に馳せる想い
先程高ぶったばかりの今、紅はそれを抑える術を持ち合わせていなかった。
ただ、目の前の状況に目を細める。
暁斗の事と言い、目の前の彼らと言い―――。
この大会はつくづく自分にとって不快な展開を見せてくれるな、と思う。
呆れに似た溜め息を零し、紅は覆面と飛影がいるテントの下へと向かった。
「どうなってるの?」
一人は怪我だらけで地面へと伏し、二人は結界の中。
後の二人の内の一人がリングで戦い、もう一人はそれに応援の言葉やらを向けている。
「近づかない方がいいですよ。結界で大怪我をしますわ」
「あぁ、ご心配なく」
歩幅などを一切変えずに近づいてくる紅に、覆面と飛影を閉じ込めている結界の主が声を上げた。
そんな彼女にサラリと返事の声をあげ、そのまま結界へと歩み寄る。
紅が近づくのを阻むように姿を現すそれを前に、彼女はそのまま歩を進めた。
――バチィッ――
結界同士の衝突によって火花に近いそれが弾かれ、覆面と飛影そして結界の主、瑠架は目を見開く。
耳障りな音が治まった頃には、紅は傷一つ無く結界の内部へと侵入を果たしていた。
「悪くない結界だけど…私を阻む障害にはならないわね」
瑠架に向かって笑みを浮かべる紅。
対抗意識と言うわけではないが、己の力を過信している者を嫌う彼女ゆえの挑発だった。
結界そのものを破壊しないで内部へと侵入した紅に、瑠架は己との力量の差を悟る。
同時に、その眼の奥に見えた冷酷さに思わず背筋を粟立たせた。
――彼女を敵に回せば己に生き延びる道は無い。
本能的にそう感じた。
「とりあえず一回戦突破おめでとう。で、これはどう言う事?」
「俺達の戦力を落とした上で効率よく勝とうとでも考えてるんだろ。無駄な足掻きだ」
「………あなた達を結界内に閉じ込めた上での、勝ち抜き戦ってところね」
電光掲示板に表示されている結果を前に、紅は飛影の言葉からそれを読み取った。
もっとも、チームにとって一番不利となる可能性を考えればよいだけの話ではあるが。
どの道この大会でゲストを生きて帰すつもりは無いのだ。
「まぁ、どちらにせよ戦えないことに変わりはないようだから…大人しくしていることね」
飛影と覆面に向かってそう言うと、紅はクルリと踵を返す。
結界に彼女の身体が触れようとした時、沈黙していた瑠架が口を開いた。
「結界力を最大にしてあります。怪我をしたくなければお下がりください」
魔界屈指の防呪壁能力と自負する以上、そう何度も結界を抜けられるわけにはいかない。
瑠架自身のプライドでもあった。
紅は彼女の前に立つと、静かに溜め息を零す。
そして、真っ向から鋭利な眼差しを向けた。
「自他共に魔界屈指と認められるまで己を誇大するのはやめる事ね」
「なっ…!!」
カァッと耳まで朱を走らせる瑠架を横目に、紅は再び結界をすり抜ける。
今度は火花一つ散らす事なく向こう側へと移動した。
もちろん、紅の髪一筋傷つく事はない。
己が移動するその刹那、瑠架の結界と紅自身の結界を均衡状態にする。
口で説明するのは酷く簡単だが、瞬時にそれを行うのは並大抵の努力で出来る事ではない。
そのまま振り向く事なく歩いていく紅の背中を、瑠架は唇を噛み締めて見送る他はなかった。
紅からすれば見るに耐えない容姿の男が蔵馬を放り投げる。
それを受け取る幽助の眼には怒りが宿っていた。
「シマネキ草を自分に植え付けるなんて…無茶をするわね…」
背後から聞こえた声に、幽助がビクリと肩を揺らす。
しかし、声の主を理解した彼は早々に振り向いた。
「紅!あいつを連れて行ったんじゃなかったのか?」
「手当は済んだから。もう大丈夫よ」
蔵馬をリングにもたれさせるように下ろし、幽助は彼女に彼の事を頼んだ。
二つ返事で了承する紅の声を聞くや否や幽助はリングの上へと飛び乗る。
怒りの矛先は蔵馬を散々甚振った男だった。
「中々いい具合に成長させたわね」
蔵馬の腕から蔦を伸ばすシマネキ草を前に、紅は思わずそう紡いだ。
近い距離での彼女の声に反応するように蔵馬がゆっくりと目を開く。
それに気づいた紅だが、先にすべきはシマネキ草の処理だろうとすぐに視線を絡める事なく落す。
「…暁斗は?」
「聞いたの?」
「あぁ。怯えたイチガキが頼んでもない事をベラベラとね」
「そう…。急所は外したし、あとの治癒も済ませてある。今頃は身体を動かせる程度に回復しているはずよ」
シマネキ草を枯らす事に妖気を集中させながらも紅は答えた。
いざと言う時の為に、と魔界植物の枯らせる方法を教わっていて良かったなと心中で安堵を漏らす。
やや元気をなくしたように頭を垂れてきたシマネキ草を見下ろし、蔵馬は苦笑を浮かべた。
「俺達が巻き込んだ…んだよな」
「あの子が十数年も大人しくしていただけでも奇跡だと思うわ」
「はは…確かに」
笑った拍子に傷口が痛んだのか、僅かに表情を歪ませながら蔵馬はそう言った。
紅はふと視線を持ち上げ、幽助が男を殴り飛ばすのを見る。
それだけでは足りないとは思いつつも、彼女が口を挟む事はなかった。
次の相手を見ようと巡らせた視界に、赤い髪が入り込む。
「………陣?」
見覚えのある容姿に、紅が思わずその名を紡ぐ。
その声が届いたのか、はたまた偶然か。
リングに上がった陣は彼女の方を向いて顔を輝かせた。
「佐倉!久しぶりだべ!!」
幽助を通り越してリングの端っこまで飛んできた陣は笑顔でそんな声を上げる。
変わっていない彼に、紅は思わず口元に笑みを零した。
「よくわかったわね。今は妖怪の姿じゃないのに…」
「あったりまえだ!佐倉なら絶対わかる!!」
楽しげに笑って紅の手をブンブンと上下に揺らす陣。
動物でも手懐けたみたいだな、と思いながら紅は彼のチームへと視線を向ける。
「陣がここに居るって事は…凍矢も?」
「おう!来てっけどこいつにやられただ」
そう言って陣は紅の隣に座りこんでいる蔵馬に視線を向ける。
彼のそんな視線が不愉快に思えないのは、彼本来の性格故の事だろう。
「そっか。生きてる?」
その問いかけに頷きながら「生きてる生きてる」と返す彼。
満足げに頷くと、紅はポケットに押し込んでいた絳華石を彼に渡した。
「少しだけど治癒力を高めてくれるわ。凍矢に渡しておいて。これは陣の分ね」
「さんきゅ!んで?佐倉はもう高いトコ平気に…」
『もしもし陣さーん。試合ですので雑談はそこまでにしてもらえますかー?』
いくらでも話し込みそうな陣の言葉を遮り、小兎が控えめな声を上げる。
向こうで彼女の近くにいた幽助が苦笑を浮かべているのが見えた。
「ちぇ!折角会えたのになぁ…」
「…まだ暫くはこの島に縛り付けられるから時間はあるよ」
「…んだな!んじゃ、ちょっくら戦ってくるだ!!」
彼はヒラリと手を振ると、二つの絳華石を手に握って幽助の向かいへと戻っていく。
そんな彼の背中に紅が声をかけた。
「私、今は紅だから」
「了解!紅、応援してけろ!」
「心の中でね」
紅の答えに不満げな様子だった陣だが、それが冗談だと言う事は表情から見て取れた。
凍矢に絳華石を渡した後、陣は漸く幽助の前へと立つ。
「…いつの間にそんなに仲良くなってたんですか」
「んー?佐倉時代に少しね。陣って可愛いから話してて面白いのよ」
クスクスと笑い、先程中断してしまっていた作業を再開する。
ふいっと顔を逸らす蔵馬を見て、紅は更に笑みを深めた。
「言ってなかった?」
「聞いてません」
「ごめんね」
「………………………」
不貞腐れたような表情で沈黙する蔵馬。
「良き友人。それだけよ」
そう言って微笑む紅を見れば、意地を張っても無駄のように思えた。
短い溜め息のあと、彼は苦笑いを浮かべる。
ふと作業を続けながら相手チームの方へと視線を向ける紅。
いつからこちらを向いていたのかは知らないが、凍矢と視線がかち合った。
――ありがとう。
唇の動きからそう読み取り、紅は返事の代わりに笑顔で首を振った。
05.11.28