悠久に馳せる想い
何でこんな事になってるんだか…。
紅は呆れたように溜め息を吐き出した。
その仕草すらも癇に障ったらしく、キッと眉を吊り上げる…言うならば敵さん。
元は美人のはずのその人だが、どうにも性格が顔に出るのだと言う事を理解出来ていないようだった。
ドーム内に響き渡るマイクを通しての声が、武術会開幕を宣言した。
六遊怪との試合は、桑原と相手チームの一人の話で1対1の5戦方式と決まる。
『試合方法が決まった所で、本試合前の余興試合へと参りましょう!
なお、余興試合とはチーム1名ずつ、勝敗に関係なく戦っていただく試合です。
お互い自分のベストで観客を盛り上げてください!では、両者前へ!!』
若干オーバーにも思えるような動作で、審判の小兎が両チームそれぞれを指す。
指名を受けた紅は長い髪を手早く結った後、酷くゆっくりと動き出した。
「…ただ単に殺し合いじゃないのよ、まったく…」
そう呟きながら紅がひょいっとリングの上に飛び乗る。
そんな彼女の背中に、蔵馬からの声が掛かった。
「紅、怪我しないように」
「ええ」
「負けんなよ!強えんだからな、お前は!」
「…ま、遊んでくるわ」
蔵馬に続いた桑原の言葉に紅はニッと口角を持ち上げる。
彼女の実力を知る桑原だからこそ、その笑みには確信めいた物を受けることが出来た。
その頃、すでに相手はリングの中央までやってきていたようだ。
どちらかと言うと動き難いのでは、と思うような服に、やや赤みがかった茶髪。
恐らくは人間の男ならば誰しも振り向くであろう程に綺麗な顔立ちの女性だった。
一定の距離を開けて向かい合った二人に、観客席は静まりを見せる。
野次を飛ばすことさえ憚られるような、そんな空間だった。
「…何か前に戦った奴と被るな…。今度は本当に女か?」
桑原がポツリと呟いた。
雪菜を助ける為に忍び込んだ屋敷で戦った三鬼衆の一人の話をしているのだが、他のメンバーが知る由もない。
「では、始め!!」
試合開始の合図。
しかし、両者は動かなかった。
『えー…私がこの場に居ることすら烏滸がましい様な錯覚を起こすほどに両者絶世の美女!!
ですが互いに一歩も動こうとしません。お二人とも、始まっていますよ?』
不意に、小兎の言葉を聞いたからか定かではないが、相手が目を開いた。
その眼差しに、それを向けられていない小兎の方が竦み上がる。
怒りなどでは表せないような…憎悪。
「アンタが佐倉?」
「………ええ、そうね」
殺気を真正面から受けながらも、紅は平然と答えた。
むしろ全く応えていない様子の彼女に、相手の劣情は煽られる。
「私は。別に武術会とか、試合に貢献した余興試合の選手への景品とかは別にどうでもいいの」
つんとした表情でそう言った…に、紅は訳がわからないとばかりに眉を寄せる。
この二人のやり取りだが、興奮しているはずの観客が口を挟めなかった。
…挟んだが最後、この殺気が自分の方に向きそうな事と、二人の容姿に萎縮してしまっているからである。
「ただアンタが参加するって聞いてね…わざわざこんな辺鄙な所まで船酔いに耐えてやってきたってわけ」
「あぁ、そう。ご苦労な事ね。満足した?」
長ったらしい説明と不機嫌の理由を聞きたいわけではない。
そんな思いを表情に乗せ、紅は答えた。
「まさか。ずっと言いたいことがあったんだから…」
そう言って彼女は一歩だけ前へと進む。
小兎の実況が耳に届くが、二人には関係のないことだった。
そして目にも留まらぬ速度で振り上げられた小刀は、寸分狂わず紅の頬を裂く。
――― ハズだった。
「…残念ながら、怪我は出来ないのよね」
の真後ろでそんな声が上がる。
思わずバッと身体を捻って彼女は距離を取った。
いとも簡単に背後を取られた事で、自分の不甲斐なさを感じているらしい。
忌々しげに歪められた端整な顔が印象的だった。
『ここへ来て両者が漸く動き出しましたー!!速さの面では佐倉の方がやや優勢かと思われます!!』
「うるさいわね!」
こういう気の強い女性は癇癪を起こしやすい。
ビュッと風を切るようにそれを振るい、彼女は小兎を攻撃しようとした。
「…審判への攻撃は必要ないはずだけど?」
さすがに目の前で審判のスプラッタなど見たくはない。
紅は小兎の襟首を引き、の攻撃を避けさせた。
『は…?え?あ、あの…』
「あなたもあまり刺激しないように。ああいうのはキレると手が付けられないのよ」
『あ、なるほど。確かにそうですね。では私は邪魔にならないところへ…』
後半部分はヒソヒソと小兎だけに聞こえるように言った。
事態がよく把握できていない小兎だが、後半部分に「なるほど」と頷く。
そそくさと彼女が距離を取ったのを横目で確認して、紅は面倒くさそうにに向き直る。
「で、何?関係ない彼女にまで当たるほどの事?」
「彼の事よ!!」
そう言ってはビシッととある人物を指す。
「「…………………」」
その人物と紅の沈黙が重なった。
お互いに視線を絡めてから、それを彼女の方へと向ける。
「…蔵馬が…何?」
指さした方向にいるのは紛れもない蔵馬。
つまりは彼の事で自分に言いたい事があるのだろうが…生憎紅には何のことだか見当もつかない。
「~…。いい加減真面目に戦えよな!」
「煩いわね!この女と対戦してもいいって言うから参加してあげたんでしょ。忘れたの?」
「それはそうだけどさ…むしろさっさと戦って佐倉の強さが見たいって言うか…」
呟くような鈴駒の声はには届かない。
チームであるにも拘らず何とも自己中心的な彼女だ。
「鈴駒の言葉には私も賛成だわ。さっさとここを下りたいの。こっちから手を出してもいいのかしら?」
彼の呟きを拾い取った紅はにそう言った。
「彼は私のものなの!」
「………だそうだけど?」
紅は彼女の言葉に溜め息を吐き出しながら背後にいる蔵馬を振り返った。
彼はと言うと…予想外の言葉に驚きの表情を浮かべながらもそれを否定するように首を振る。
「…お前、あの女と知り合いか?」
「残念ながらこっちには全然覚えはないな」
「大方、向こうが勝手に惚れ込んだだけだろう。よくあることだ」
紅の戦いが見れると思っていただけに、飛影は不機嫌な表情でリングへともたれるようにして腰を降ろした。
そんな彼に苦笑を浮かべながらも、リングの上の紅へと視線を向ける蔵馬。
「…まずいな…。紅ってこう言う話が一番嫌いだったはずだけど…」
「へ?そう…なのか?」
「特に…俺に関しては。……怒らせれば闘技場が吹き飛ぶ」
自惚れに近い言葉ではあるが、桑原の顔色を青くするには十分だ。
「…ま、別にどうでもいいのよね」
少しだけ乱れた髪を掻き揚げ、紅は言った。
そして口元に笑みを刻んで明らかな挑発の言葉を吐き出す。
「いいわよ?彼を好きになっても。振り向かせられるなら振り向かせてご覧なさいよ」
「な…っ」
「尤も、その程度の容姿で釣れると思ったら大間違いだけど」
頭に血が上りやすい女を挑発するほど簡単な事はない。と紅は思った。
いとも簡単に沸点を通り越した彼女の怒りは自分の方へと向く。
雑魚妖怪ならばその妖気に中てられただけでも死にいたるだろう。
現に、最前列の何匹かはぐったりと倒れこんでいる。
「アンタみたいな不細工な女に言われたくないわっ!!あの世で後悔なさい!!」
妖気の塊が彼女の両手から放出された。
磨きこんだ宝玉のような色を持ったそれは真っ直ぐに紅へと向かって来る。
だが、彼女は避けようとはしなかった。
「舐められたものね、私も」
呆れる様な声の後、低い爆発音と共にリングは爆風に包まれた。
「紅!!」
「大丈夫。紅にはこの程度の攻撃は無意味だ。かすり傷1つ残らないよ」
「…ほ、本当か?耳が痛いくらいにすげえ爆発だったぜ?」
「彼女は強いよ。観客なら一瞬で全員殺せる程に」
爆風で乱された髪を払いのけながら蔵馬はそう言った。
桑原は疑惑の念を浮かべながらも、彼と同じく未だ晴れない砂塵を見つめる。
05.10.16