悠久に馳せる想い

「蔵馬っ!!」

部屋へと向かっていた一行の背後から声がかかる。
と、その一瞬後に蔵馬の背中に衝撃が走った。

「…紅?」

背中から胸の方へと回された腕を追って、その人物を振り返る。
とは言っても固定されているのだから首が少し後ろを向いただけだ。
蔵馬の背中に額を当てるようにしてぎゅっと彼を抱きしめる紅。
彼女の肩は震えていた。

「お、おい?紅…泣いてんのか?」

幽助を肩に担いだまま桑原が躊躇いがちに口を挟んだ。
そんな彼に視線を向けることなく、蔵馬は紅を見下ろす。

「…違いますよ。これは…」
「ホントにイライラするわっ!!」

続きは紅の声に掻き消された。
彼女の突然の声に驚く桑原や飛影、覆面の人物の事など見えていないようだ。
予想通りの反応だったのか、蔵馬はくすくすと笑って彼女の腕の中で身体を反転させる。
そして、その亜麻色の髪を優しく撫でた。

「そんなに苦痛だった?結構いい船で運んでもらったんだと思ってたけど…」
「乗っている間ずっと腹の探り合いよ!?鬱陶しい奴もいるし…思い出しただけで殺しに行きたくなるわ」
「はいはい。物騒なこと言わない」

笑顔を苦笑へと切替える蔵馬。
そんな彼を見上げ、紅は沈黙した。

「?」

彼女の不可解な行動に首を傾げる蔵馬だが、彼女はすぐに自分の胸元へと頭を預けた。

「やっぱり蔵馬が落ち着く…」

擦り寄る姿はさながら猫のよう。
非常に微笑ましい光景ではあるが、忘れていけないのは場所である。

「…付き合いきれん」
「………いちゃつくなら他所でやれよな…」
「……………」

一人は興味なさげに、もう一人は僅かに頬を染めたまま、そして最後の一人は静かに溜め息を落として。
それぞれの反応を見せ、言われた部屋へと向かっていった。










彼らの背中が完全に消え去ると、蔵馬は先ほどまでの表情を一転させた。

「で、彼らには話したくないこと?」
「……さすが蔵馬。よく分かってるのね」

クスリと笑うと、紅はゆっくりと絡めていた腕を解いた。
先ほどよりも真剣な表情を浮かべる彼を見上げ、口を開く。

「左京…って人の船に乗ってたの」
「……戸愚呂のチームのオーナー…だっけ?」
「そうそう」

数回にわたって頷くと、紅は廊下の壁にもたれる。
いかにも面倒だという風に髪を掻き揚げる紅。

「あの人、何か妙なこと考えてるわね」
「妙?」
「うん。よく分からないんだけど…何て言うのかしらね。会話の端々にそれが滲み出てた感じがするわ」
「そうか…。まぁ、こんな大会のオーナーをするくらいだからな…」

ありえない事じゃない、と蔵馬は呟いた。
ごく自然な動きで紅の隣に立った彼の髪を指先でいじりながら紅は言う。

「…気をつけてね。治すけど……それでも、蔵馬が怪我をするのは見たくないから」

俯き加減でそう言った彼女に、蔵馬は口元に笑みを浮かべた。
暇そうに垂らされていた紅の片手を持ち上げ、口を開く。

「それ、そっくりそのまま返すよ。特に…自己治癒には限界があるから」

拾い上げた手の指の付け根辺りに唇を落としながら蔵馬は言った。
僅かに頬を染めた後、紅は嬉しそうに笑う。

「そうね。お互い怪我がないのが一番だわ」
「ああ。…そろそろ行こうか。彼らも待ってるだろうし」

そう言って彼は紅の手を離さないまま歩き出す。
隣を歩く蔵馬を横目に、紅は思った。

「(…死なせないから。何をしたとしても。)」

もう二度とこの手を離したくない。
生きて欲しいからこそ別れを望み、何年もの間逢えなかった孤独感。
それを忘れることなど出来なかった。











一室へと案内された6人。

「……………!?」
「どうかした?」

カップを口元に運んでいた蔵馬の表情が変わった。
それに気付いた紅が本から顔を上げて彼の方を見やる。

「おかしいぞ…………カップがひとつ足りない」
「ん?いや、ちゃんと6つあったぜ。―― で俺が飲まずにおいてるから計算は……」
「だから不自然なんだ」

続けて説明するように声を上げる蔵馬の隣で、紅は不意に視線を移動させた。
彼女の視線がそこに行くと同時に、部屋の中に何かを啜る様な音が響く。
一気に警戒の色を濃くする4人。
しかし、紅だけは特に臨戦態勢をとる事もなく音の主を見ていた。

「いつの間に部屋の中に!!」

と驚く彼らに向かって、その人物は得意げに笑った。
始めから部屋に隠れていたに違いないと言い張る桑原の言葉に、彼は反論とも取れる声を上げた。

「かくれてたなんて、ひとぎき悪いなァ。オイラちゃんとドアから入ったぜ!」
「ノックを忘れるような失礼者であることに変わりはないわね」
「おわっ!?!?」

突如隣から聞こえた声に、彼は座っていた家具の上から転がり落ちた。
その家具の隣で壁にもたれていた紅は溜め息を漏らす。

「…これくらいで驚くとは思わなかったんだけど…」

彼女の声に答えるように、彼はぴょんと身体を起こして再び家具の上に乗った。
そして紅の顔を見上げるようにして口を開く。

「へぇー!あんた速いな!!」

キラキラと輝いているのではないかというような眼を向ける彼に、紅は思わず言葉を失った。
良くも悪くも好奇心旺盛な子供のようだ。

「ね、名前は?」
「……佐倉」
「佐倉か!オイラ鈴駒!!六遊怪ってチームの特攻隊長なんだ!!」
「あぁ、そう」

そんな風に適当に返すも、彼は楽しげに言葉を続ける。
彼…鈴駒に尻尾があったならはちきれんばかりに振られていることだろう。

「佐倉も大会に出るの?ゲスト?だとしたらかなり強いんだろ?」

質問するように語尾は上げるものの、口を挟む隙がない。
一方的な話を右から左へ聞き流しながら、紅は適当に相槌を打っていた。
かなり面倒くさそうな表情を浮かべているのだが、鈴駒はそれに気付いていない。

何だか変なものに懐かれてしまった、と紅は内心溜め息を落とした。




一方、未だ警戒を解けていない蔵馬たち4人。
妙に溶け込んでいる二人を見ながら言葉を失っていた。

「…おい、蔵馬。妙に懐かれてないか…?」
「………元々年下に懐かれやすいんですよ、紅は」
「あれ、敵だよなぁ…」

桑原は警戒を解くに解けず、そんな声を漏らした。

「……馴染み過ぎだ…」
「………(まったく相変わらずだね、あの子は…)」

それぞれの思いなど知る由もなく、鈴駒は喋り続けた。






「それにしてもガッカリだなァ。前回の優勝チームの大将がゲストに推薦したって言うから期待してたのに」
「ご期待に添えなくて悪いわね」
「あ、佐倉は別!オイラ佐倉と戦いたいなァ!!」
「(……こんな煩いのと戦うのはごめんだわ…。)」
「余興試合のメンバーなんだろ?じゃあ、オイラのチームはあいつかぁ…」

鈴駒は自分のチームのメンバーの一人を思い出しながら言った。
そして、佐倉に向かってニッと笑う。

「結構強いよ。いい勝負になるんじゃない?」
「ふぅん…」
「ま、表立って応援できないけど、オイラ佐倉の事も応援してるから!!」
「それはどうも」

メンバーの一人が迎えに来るまで鈴駒のお喋りは30秒と止むことはなかった。
笑顔で手を振って彼らが去ると、紅はぐったりとソファーに沈む。

「……変に疲れた…」
「………お疲れ様」

苦笑交じりの蔵馬の言葉に、紅は覇気なく微笑んだ。



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05.09.26