悠久に馳せる想い

「師範、お昼の準備ここに置いておきますね」

幽助の修行が始まってから一週間が経った。
前回同様に住み込みで修行に明け暮れる二人の食事の世話をするのは紅。
彼女にとっては作る量が増えただけなのだが。

「いつも悪いね。今日も行くのかい?」
「はい。帰るのは夕方になると思います」

そう返すと、紅は重箱を片手にその場を後にする。
途中自室の扉から顔を覗かせ、中で待っていた悠希に声をかけた。

「悠希、行くわよ」

彼女の声に反応した悠希はすぐさまその肩に飛び乗る。
悠希を落さないように気を配りながら、紅は師範の屋敷を後にした。












周囲に被害を及ぼさない程度に奥まった森に、彼らは居た。

「あれ?修行は?」

木々の隙間から見えた背中に紅が声を掛ける。
彼女の接近に気づいていた蔵馬は振り向いた。

「今は魔界の植物相手に戦ってるよ」
「ふーん…」

蔵馬が腰掛ける切り株から少しだけ距離を置いた所で、桑原は戦っていた。
彼の正面には食人植物が大きな口を開いて迫る。
魔界でも割と獰猛な植物として有名な植物だったように思う。
それを見て、紅は容赦ないな…と口元を引きつらせた。
桑原は紙一重でそれを避けているようだが、体力も限界のように見える。

「お昼持ってきたんだけど…それに、そろそろ危なくない?」
「…そうだな。これくらいが限度か…」

脇に置いてあった腕時計を持ち上げながら蔵馬が頷く。
あの植物を相手に修行を始めてから、すでに一時間が経っていた。

「桑原くん!そこまでにして一旦休憩にしましょう!!」

蔵馬のその声をきっかけに、あれほど激しかった攻撃の手が止んだ。
その場に崩れ落ちるように座り込んだ桑原を見て、紅は苦笑を浮かべる。













「かー!!紅の作るメシはほんっとに美味ぇな!!」

かすり傷を頬やら腕やらにつけたまま桑原が満足げに声を上げる。
彼の言葉に紅は「ありがとう」と微笑んだ。
幽助の修行が始まった翌日から、桑原と蔵馬も共に修行を始めた。
それからと言うもの、紅は欠かさず彼らの食事を運んでいる。
いつも幻海と自分の分だけだったので、男三人分が追加とあればかなりの量だ。

「修行の方は何とかなりそう?」
「それはまだ何とも…。まぁ、後一ヶ月と四週間。出来る限りを尽くすしかないな」
「なぁ、ずっと気になってたんだけどよー…。紅も暗黒武術会に呼ばれてんのか?」

質問が終わると再びリスのように料理を頬張る。
紅は頷いた後、口を開いた。

「残念ながら招待されてるわ。まぁ、あなたたちとは少し扱いが違うようだけど…」
「出来るなら紅には残って欲しかったんだけど…上手くいかないものだな」

そう言って、蔵馬は肩を竦める。

「扱いが違うっつーのは?」
「んー…今回の暗黒武術会は『余興試合』って言うのがあるらしいのよ。各試合の前に」
「それぞれのチームの選手+その余興試合の選手でチームは構成されるらしいですね」
「試合の勝敗には一切関係しないけど……要は、観客を楽しませるだけの試合、ってことね」

紅は紙コップの中の茶を喉に通し、そう答える。
蔵馬の不満げな様子からして、彼は紅がそれに参加することは当然の事ながら反対のようだ。

「勝敗に関係ねーのに、んな試合に意味あんのかよ?」

至極当たり前の疑問を投げかける桑原。
彼の問いは人間としては当然のものだろう。

「無差別に殺戮を楽しむような輩ばかりが集う武術会だ。人間の常識は通用しないよ」
「死すらも弱かったと言う一言で片付けるような…そんな世界だからね」
「意味があるとすれば…観客を楽しませるって事だな」

実際の所、蔵馬も紅も、耳にした事がある程度のものだった。
賛同するつもりはなくとも、考え自体はわかる。

「…何か考えられねぇ世界だな…」

心なしか顔を青ざめさせた桑原に、紅は苦笑を見せる。

「巻き込まれた以上、もう後戻りは出来ないわ。勝つしか、生き残る術はない」

咀嚼していた食べ物が喉に詰まりそうになりながらも、桑原はそれを飲み込んだ。
彼が思っていた以上に、覚悟が必要ならしい。
改めてそれを実感させられた瞬間だった。











「ね、蔵馬。相手してくれない?」

食事が終わると、紅は一息ついた後にそう蔵馬に言う。
彼女の言葉に彼は二つ返事で了承した。

「少し休みます?それとも…またアレと修行しておきますか?」

蔵馬が大人しくしている食人植物を指して桑原に問う。
彼は少し悩んだ後、修行を再開すると言う返事を返した。
植物に命令を与えた蔵馬は、桑原の邪魔にならない位置で待っていた紅の前に立つ。

「手加減は?」
「んー…必要ないと思うわ。大分勘も戻ってきたし。妖力を使わなければ同じくらいでしょ」

トントンと片足のつま先で地面を蹴りながら、紅は答える。
返事に頷くと、蔵馬の方が先に動いた。
攻防が始まる。








「…すっげぇ…」

目の前の植物に気を配りながらも、桑原は横目で彼らのそれを捉えていた。
目にも留まらぬ速さ、と言うわけではない。
しかし、見えている部分は飛び飛びで…その全てを捉えるのは、今の彼には不可能だった。
思わず止めてしまった動き。
もちろん食人植物が待ってくれるはずもなかった。

「!?危ないっ!!」

蔵馬越しにそれを見ていた紅が声を上げる。
が、その声に反応した時には遅かった。
牙を剥いて迫ってきたのではなく、身体を使った体当たりの攻撃だったのは不幸中の幸いと言えよう。
敢え無くノックアウトされた桑原は意識を飛ばす。
二人はすぐに組み手を止めると紅は彼の元に、蔵馬は植物を抑える為に走った。

「…思ってたんだけど…。やっぱりその子は少し獰猛過ぎるんじゃないかしら…?」

目を回してしまった桑原の様子を見ながら紅が言葉を漏らす。
食人植物を宥めながら、蔵馬も思わず苦笑を浮かべた。

暗黒武術会開催まであと一ヶ月と数週間 ―――

05.09.02