悠久に馳せる想い

揺れる足元。
崩れ落ちる天井。
横たわる ―――





「紅!!頼む!!浦飯の怪我を治してやってくれっ!!」

部屋に入るなり、桑原が紅に向かって叫ぶ。
彼の足元で地面に倒れこんでいる幽助を見て、紅は眉を寄せた。

「(まだ朱雀と戦うには早かった…?)」

そんな考えが脳裏を過ぎる。
不安定に揺れる足元に気を配りながら紅は幽助たちの元まで走る。
蔵馬が先に彼の元に着いた。

「……まずい。霊力をほとんど使いはたし心臓が止まりかけている」
「…っ…紅!」

切羽詰った桑原の声が紅を呼ぶ。
しかし、幽助の傍らに膝を付いていた蔵馬が首を振る。

「無理だ。今彼に必要なのは治療ではなく霊力。紅は霊気を送れない」
「なら俺が霊気を送る!!」

先の闘いで桑原はかなり体力、霊力共に消耗している。
それを理由に蔵馬は彼が霊気を送る事を止めた。
しかし、そんな事で止まるような彼ではない。

「どうやらふたりとも人間界まで運ばなければならないようだな」
「ちっ……世話のやける奴らだ」
「ところで、紅……紅?」

飛影と言葉を交わしていた蔵馬が紅を振り返る。
彼女は崩れつつある壁にもたれたまま、口元に手を当てていた。
その顔色は悪い。

「…どうかしたのか?」

紅の顔を覗き込むようにしてそれを確認した蔵馬は問う。
苦笑交じりに、彼女はこう答えた。

「朱雀の…妖気が……かなり相性が悪かったみたいね…」
「………拒絶反応か」

蔵馬の低い声に、紅はこくりと頷く。
思った以上に流れ込んだ妖気は、迷惑にも紅の中の妖気と反発している。
養殖人間との戦闘の間は紅の妖気が高まっていた。
だから拒絶反応が一時的に収まっていたのだ。
しかし、今はそれがない。

「……………ごめん…」

小さく呟かれた声は、辛うじて蔵馬の耳に届く。
彼が口を開く前に紅の身体が傾いた。
それを難なく受け止め、慌てて呼吸を確認する。

「…気を失っただけか…」

僅かに弾んでいるが、とりあえず命に別状はないと言う事がわかった。
それに安心したのか蔵馬はほっと息を付いて彼女の身体を抱き上げる。

「佐倉はどうした?」
「不本意にも朱雀の妖気が彼女の中に入り込んでね…拒絶反応だ」
「弱い奴らだ、まったく」
「地獄の業火が身体の中で暴れていると思えば、彼女の苦痛は想像出来ますよ」
「…………………」

額にかかる髪を払い、蔵馬は顔色の悪い彼女を見下ろした。











「ん…」

覚醒しつつある思考。
瞼の向こうに仄かな明かりを感じる。
僅かに眉を寄せた後、閉じていた瞼をゆっくりと開く。
見慣れた天井をぼんやりと見つめ、自分の部屋のそれであることに思い当たった。
記憶の糸を辿るように思考を彷徨わせていると、自分の右腕に温かさがある。

「気がついた?」

優しく耳に届いた声に、彼女は視線を動かす。
茶褐色の目に映るのは見慣れた彼だった。

「蔵馬?」
「身体の調子はどう?」

蔵馬は呼ばれた名前に答えるようにぎゅっと手に力を篭める。
そんな彼の手を握り返し、紅は微笑んだ。

「大丈夫。妖気を送ってくれてたの?」
「あぁ」

ベッドの脇に座る彼の方を向いた拍子に額にかかった髪を、蔵馬が指で払う。
そうして彼は安堵にも似た笑みを浮かべた。

「思ったよりも朱雀の妖気が影響したらしいな。丸一日眠っていたよ」
「……ごめんなさい…」

身体の中に満ち足りた蔵馬のそれを考えれば、蔵馬がずっと傍にいてくれたと言う事は明らかだった。
申し訳なさそうに目を伏せる紅。
そんな彼女に苦笑を浮かべ、蔵馬は握っていない方の手を彼女の頬に添える。

「また紅を失うのは恐い。それを思えば、これくらいお安い御用だよ」
「蔵馬…」
「だから謝らないで。欲しい言葉は……わかるだろ?」

彼は苦笑を優しい笑顔へと変える。
その変化に紅は微笑んだ。
そして、彼の望むであろう言葉を紡ぐ。

「…ありがとう」









目を覚ましてから二日後。
紅は蔵馬と共に桑原の家を訪れた。

「幽助はまだ起きてないのね」
「ああ。身体の回復に思ったよりも時間がかかっているんだろう」
「幻海師範はそろそろ起きるだろうって言ってたけど…」

桑原のベッドで目を閉じている彼を見下ろし、紅は言った。
その時部屋のドアが開かれる。

「茶ァ持ってきたぜ。ほらよ」
「ありがとう」

お盆に乗ったそれを二人に渡すと、桑原は幽助の顔を覗き込む。
相変わらず眠ったままの幽助に彼は肩を竦めた。

「ったく…いつになったら起きるつもりなんだかなぁ。顔に落書きでもしてやるか」

そこでふと、彼は考え込むように椅子に腰掛けた。
珍しいその光景に紅と蔵馬は顔を見合わせる。
程なくして、桑原は顔を上げた。

「なぁ!おもしれー事やんねーか!?」
「「…面白い事?」」







「―――― って事だ!頼んだぜ!」

桑原の話を聞き終えると、二人は思わず苦笑を浮かべる。

「さーて、浦飯がどんな反応するかが楽しみだぜ!!」

イキイキとした様子の彼を止める事は出来ないようだ。

「冗談にしてもシャレになりませんよ?」

蔵馬がそう言う。
紅は彼の表情を見て、はぁ…と溜め息を落とした。

「いや、止めた方がいいと思うんだけど………止めるつもりはないのね」

となれば、紅も付き合うしかない。
未だ眠っている彼を一瞥して「ご愁傷様」と心の中で紡ぐ。
幽助が目を覚ますまで後半時間 ―――

05.08.09