悠久に馳せる想い
「全くキリがないな…っ!」
そう言って蔵馬は目の前の養殖人間を殴り飛ばす。
彼の視界の端では飛影が養殖人間数人を一気に吹き飛ばしていた。
少し離れた所で桑原も同じように養殖人間を相手に苦戦している。
感情と痛覚を持ち合わせていないそれらの相手は酷く手間のかかるものだった。
「随分苦戦してるわね。手伝いましょうか?」
女性独特の高い…けれど心地よい声が響く。
その声と共に養殖人間が五体ほど吹き飛んだ。
飛影と桑原が唖然とする中、彼女は蔵馬の背後に降り立つ。
ふわりと軽い足取りで地面に立つと、そのまま前にいる養殖人間の一体を切り刻む。
彼女は指先に妖気の爪を作り出していた。
長剣よりも速く、短剣よりも深くそして多くの傷を与える妖気の爪。
それが彼女の慣れ親しんだ戦闘スタイルだった。
数体を切り刻んだ後、紅は一歩下がる。
トンと触れる背中は何より彼女を安心させる物だった。
「無事でよかったよ、紅」
「蔵馬もね。幽助とは上で会ったわ」
お互いに背中を合わせたまま言葉を交わす。
二人にはそれで十分だった。
「オメー無事だったのかよ、紅!」
「ええ。おかげ様で」
「悪運の強い奴だ」
「運も実力のうちよ」
それぞれに目の前の敵をなぎ倒しながら、一時の再会を味わう。
不意に、紅が横を向いている隙に養殖人間の一体が彼女に迫った。
すぐさま身体を反転させた紅。
そんな彼女の後方から肩の上を抜けて鞭が通り抜ける。
「油断大敵」
悪戯めいた口調が紅の耳を掠める。
紅はその声に振り向くと同時に彼の肩に左手を乗せ、彼の頭を巻き込まぬようにして右手を素早く薙いだ。
蔵馬の後方に迫っていた一体が敢え無く事切れる。
「お互い様ね」
首を少し傾け、紅はクスリと笑う。
肩に乗せていた手を軸に蔵馬の背中につくと、紅は再び前方の敵に構える。
「やっぱり背中を預けるのは蔵馬じゃないと駄目ね」
「同感だな」
次々と養殖人間をなぎ倒す彼らの足取りは軽い。
洗練された動きの中で、一度たりとも互いを妨げることはない。
「すげ…」
桑原は思わず手を止めてその光景に目を奪われた。
互いの呼吸すらも悟っていると言う風に動く紅と蔵馬。
二人が共に過ごした時の長さを物語っていた。
――ヒュンッ――
「!?!?」
放心に近い状態だった桑原の頬を掠める様にして赤い何かが通り過ぎた。
ドサッと言う何かが倒れこむ音が後を追う。
彼は後ろで倒れるそれを見た後、再び紅の方を向いた。
「次は助けないわ」
それだけを言うと彼女は再び集団に紛れ込む。
明らかに場馴れしている彼女の戦いっぷりに彼は息を呑む。
そして、自分もそれに倣う様にして目の前の敵に集中する。
紅が参戦した事で、地面に伏す養殖人間の数は瞬く間に増えていった。
「最期の一匹!っと」
紅の回し蹴りが綺麗に養殖人間を捉え、その身体を吹き飛ばす。
数メートル空中浮遊を楽しんだ後、それは地面に伸びて動かなくなった。
パサリと前にかかってきた髪を後ろに払いのけ、紅は周囲を見回す。
これで漸く立っているのは蔵馬、紅、飛影、桑原の四人だけとなっていた。
その時、今までで最大の雷が塔を直撃する。
恐らくそのエネルギーを朱雀が吸収しているのだろう。
「最上階へ急げ!!」
身長よりも大きな扉を押し退け、四人は長い階段を駆け上がる。
因みに紅は幽助が入ってきた窓から飛び降りたため、扉を通るのはこれが初めてである。
先頭から桑原、飛影、蔵馬、そして紅と順に続く。
「紅、何もされなかった?」
足を止める事なく蔵馬が紅に問う。
彼女は少しだけ悩む素振りを見せた後、答えた。
「……………相性を確かめられた」
その答えに蔵馬の足がピタリと止まる。
紅にとっては予測済みの行動だった。
だから今は話さない方がいいと思ったんだけど…と紅は心の中で思う。
二人分の足音がなくなったことに気づいた前方二人が振り返って二人を見る。
「おい、何やってんだよ!?」
「少し先に行ってくれ。紅の調子がおかしいらしい」
もちろん虚言である。
しかしそれに納得したのか、桑原は「大丈夫か?」と紅に聞く。
彼女は苦笑交じりに頷いた。
「じゃあ、先に行ってるからな!」
「あぁ。すぐに追いつく」
それに頷き、桑原と飛影は再び階段を駆け出した。
暫しの沈黙が残った二人を包む。
「……で?詳しく聞かせてくれないか?」
「…………………」
紅にとって蔵馬が絶対であると言う事は言うまでもない。
そして彼は紅を怯えさせる唯一の人物でもある。
些か青ざめる紅。
しかし、黙秘を許すような彼ではない。
「…まぁ、紅が無事なら…」
そう言って蔵馬は両手で紅の頬を挟み込む。
男性らしい大きな手に包み込まれる感覚に、紅は僅かに表情を緩める。
結局の所紅を安心させられる者はこの世に一人しかいないのだ。
蔵馬は紅の頬を包み込んだまま、彼女の顔を持ち上げる。
翠色の目と茶褐色の目が絡み合う。
そのまま誘われるように、蔵馬は紅の唇に自分のそれを重ね合わせた。
啄ばむような軽いキスを何度も送る。
その存在を確かめるように。
「とりあえず、消毒」
仕上げとばかりにぺろりと唇を舐め上げると、蔵馬はそれを離す。
唇が離れるなりそう言った蔵馬の笑顔に、紅は嬉しそうに微笑んだ。
05.08.04