悠久に馳せる想い

「何って…蔵馬の治療だけど?」

これだけの答えで彼女の行動の意味を悟る事が出来たのは、恐らく蔵馬だけだろう。







「治療って…お前が血ぃ流してどうすんだよ!?」

紅の指からは赤い血が伝い、手の平から腕へと移動していく。
それを指さして桑原が怒鳴った。
彼の指を辿り、自分の手元に視線を落とした紅。
漸くその意味を理解したのか「あぁ…これね」と呟いた。

「大丈夫よ」

安心させるように僅かに微笑む紅だが、三人がそれで納得出来るはずもない。
紅は視線を蔵馬に戻して口を開く。

「絳華石は?」
「いつも通り持ってるよ」
「そう」

短くそう答えると、紅は蔵馬の詰襟に手をかける。
少しだけ襟元を寛げると、彼女はそこから彼の絳華石を取り出した。
それの存在を確かめるように手の上で数回転がす紅。

「…うん。効力もそんなに落ちてないわね」

そう呟くと、彼女は先程傷付けた方の手でそれを握り締めた。
仄かな光が紅の手を中心に灯る。
割と深い傷もあったらしく息を荒らげていた蔵馬。
そんな彼の呼吸が正常に戻るのを確認して、紅は彼の胸元の絳華石を放す。

「完全には治さなかったわよ?自己治癒力が低下するから…」
「あぁ。今はこれで十分だ。ありがとう」

ある程度身体を動かせる事を確認すると、蔵馬は紅に微笑む。
彼の笑みに紅が安堵の表情を浮かべた。













蔵馬の治療の様子を沈黙と共に眺めていた三人。
彼が紅の手を借りずに立ち上がったのを見て、三人も漸く我に帰った。

「さて…。お待たせしました。先に進みましょうか」

蔵馬の声をきっかけに、一向は漸くその部屋から動き出そうとした。
彼と共に歩き出していた紅の腕を染める赤を、彼…幽助が見るまでは。

「お、おい!紅っ!」
「何?」
「お前その手はどうすんだよ?」
「あぁ、こんな傷は舐めれば治るわよ」

そう言って自分の指先をぺろりと舐める紅。
その動作に、幽助は目線を逸らす。
逸らした先にいた桑原も同じような行動を取っていた。
彼らの反応を見て蔵馬が溜め息を落す。

「紅。何でもかんでも舐めて治そうとしないように」
「何で?これならすぐに治るのよ?」
「幽助たちに目の毒です」

何と言っても彼らは一応中学生なのだ。
こういった女性の行動に免疫があるはずもない。
むしろあっても困るのだが…。
飛影が何の反応も示していない辺りはさすが妖怪と言えるだろう。

「…?」

遠まわしに伝えられても紅はわからなかったらしい。
基本的に人の事には無頓着な紅である。
それは佐倉であった頃から変わっていないようだ。

「意味がわからなくてもいいから」
「…わかったわ」

紅の中で蔵馬の言う事はほぼ絶対である。
彼女がそれを拒否するはずもなかった。
未だ視線を彷徨わせる幽助たちを見て、蔵馬が口を開く。

「一応言っておきますけど…。紅は本当に舐めて怪我を治せますよ」
「……は?」
「ほら」

そう言って蔵馬は紅の手を取って彼らの前に出す。
先程流れ出た血は彼女の手の平で固まって、少し触ればカラ…と崩れ落ちた。
その全てが絳華石…つまりは何億と言う値が付く石である。
もっとも、大きさによって値は上下するが。
傷を隠していたそれが全て取り払われ、そこに見えていたのは―――

「傷がない…?」

幽助と桑原が紅の指先に注目する。
彼女が自らの爪でつけた傷など、その名残すらなかったのである。

「簡単な怪我に限りますけどね」
「命に関わる傷口を舐めてたらきりがないでしょう?」

彼らが思っている以上に、彼女の謎は多かった。














カツンカツンと靴音が廊下に響く。
初めは蔵馬の傷を案じて速度を落としていた幽助たち。
しかし、それに気づいた蔵馬がその必要はないと言ったことから今では普通に歩を進めている。
暫く歩いた頃、幽助が思いついたように口を開いた。

「紅が治療できるって事は怪我しても大丈夫だってことだよな!」
「おぉ!確かにそうだな」
「それがわかれば心置きなく戦えるぜ!」

幽助に便乗するように桑原も声を弾ませる。
そんな彼らの言葉を聞き、紅は溜め息を落とした後口を開いた。

「無理よ」
「「え?」」

紅の言葉に驚いたように彼女を振り返る二人。
そんな彼らが言葉を続けるよりも早く声を上げた人物が居た。

「聞いたことがある。佐倉は気に入ったヤツしか治療しないとな」

驚くことに、声の主は蔵馬ではなく飛影だった。
彼が口を挟んだことが意外だったのか、紅を除く三人が言葉を失う。

「…半分正解。治療しないんじゃなくて、出来ないのよ」
「気に入るかは彼女が治す気になるかどうか。治せるかどうかは彼女の血との相性によって別つんですよ」

紅の説明に補足するように蔵馬が言う。

「紅と相性が合わない場合は治療不可。どれだけ紅が治したいと願っても無理です」
「ちなみに今まで人間の中で治せた人は…蔵馬のお母さんだけね。妖怪なんて試そうと思った事もないわ」
「相性ってどうやって確かめるんだよ?」
「…一番手っ取り早いのは……」

幽助の言葉に、紅は蔵馬の方を向く。
蔵馬はその方法をわかっているのだろう。
そして、その方法は彼にとって実に不愉快な物らしい。
彼の不機嫌に歪められた表情がそれを如実に伝えていた。

05.07.25