悠久に馳せる想い

「…面白いな…」

水晶玉を覗き込んでいた男がそう呟く。

「朱雀様。どうしましたの?」

朱雀、と呼ばれた男の傍らを飛んでいた鳥、ムルグが彼に問う。
彼はクッと口角を持ち上げた。

「あいつ等の中に佐倉を見つけるとはな…。奴らに伝えろ!佐倉は生かして連れて来いとな」
「わかりましたわ」

ムルグはそう答えると窓の外へと飛び立っていく。
一人部屋の中に残った朱雀は水晶玉の中に映る紅に指を這わせた。

「佐倉…噂に違わぬ女だな…」






「!」
「紅?どうかした?」

静かに歩いていた紅が、何かに反応するように警戒を強めた。
それを見て蔵馬が声をかける。

「…今、妙な…まぁ、気のせいだと思うわ。

それより…人間界の魔回虫は依然として減らないみたいね」

石の廊下を進みながら紅が呟いた。
その言葉に他の四人の視線が彼女に集まる。

「わかるのか?」

幽助が問う。
紅はただ頷くだけでそれに答えた。

「使い魔を向こうに置いてきたから」

情報は届いてる、紅はそう言った。
先程何かに集中しているように静かだったのは、悠希と通じていたからなのだ。

「心配なら確認してみれば?霊界探偵なら連絡手段くらいあるでしょう?」

紅がそう言うとほぼ同時に、幽助の元にぼたんからの連絡が入る。
内容は先程紅が話した事とそう大差なかった。
ぼたんとの交信が終わると幽助は廊下を進みながら蔵馬の方へと視線を向ける。

「あ……ところで蔵馬。四聖獣ってどんな奴らだ?妖怪のことならオメー達の方がくわしいだろ」
「霊界が彼らを魔界に封じこんでいることからもわかるように危険な連中だよ」

その容姿に関して蔵馬が一言付け足す。

「おほめの言葉ありがとうよ」

蔵馬の声が終わるや否や、大きな扉の向こうから声が届いた。
















「俺がやろう」

そう言って一歩前に出た蔵馬。
彼の背中に紅が声を掛けた。

「助太刀は?」
「無用」
「…了解」

ただ一言だけの答えに満足げに頷くと、紅は部屋の壁にもたれるようにして腕を組む。
そんな彼女を見て、桑原が控えめに口を開いた。

「えーっと…紅さん…でしたっけ?」
「呼び捨てでいいわよ。慣れない敬語も要らないわ」
「…じゃあ、お言葉に甘えて。蔵馬一人で戦わせてもいいのかよ?」

玄武の風貌に僅かながら怯えもあるのだろう。
桑原は彼女にそう問いかけた。
紅は彼を一瞥した後蔵馬に視線を向けて答える。

「大丈夫よ。彼は強いわ」

怪我しても私が治すし。と心の中で付け足す。
彼女の答えに少しだけ安心したのか、桑原はそれ以上何も言わずに彼らの方に向き直った。

「あぁ、言い忘れたが…。そこの女!」

戦闘に入ろうとしていたその時、不意に玄武がそう声を上げた。
この場に女と分類されるであろう人物は紅しか居ない。
彼女は玄武に呼ばれた事に不愉快そうに眉を寄せ、視線を向けた。

「お前は近づくなよ。傷つけるなと言われているからな」
「蔵馬が相手をするのに近づく必要などないわ。それに、あなたなんかでは髪一筋傷付ける事は出来ない。

無駄口叩いている暇があったらその命、少しでも永らえるように足掻いてみなさい」

そう告げると、紅は妖艶に唇に笑みを刻む。
見る者を魅了するような笑みではあるが、紡がれた内容はそれからは想像も出来ないようなものだった。

「………おい、浦飯!紅って何か恐くねぇか?」

紅の様子を見ていた桑原が声を極限まで潜めて、隣に立つ幽助に問う。

「………否定は出来ねぇな」
「綺麗な花には棘があるって事か…」

何か納得したように頷く二人。
飛影は予想外ではなかったらしく、特にこれと言った反応は見せなかった。














玄武と蔵馬との戦いが始まった。
今現在優勢と見られるのは玄武の方だろう。
彼は蔵馬を攻撃しては部屋に溶け込むようにして反撃を逃れる。

「………この部屋全体が玄武って事は…今立ってる床もそうなのよね…」

誰にも届かないような小さな声で紅が呟く。
その表情は譬えようもなく嫌そうだった。

「…まだ終わらないか…」

再び蔵馬の血が舞うのを視界に捉え、紅は僅かに眉を寄せる。
組んだ腕をギュッと握り締め、いきり立つ自らを諌めた。





蔵馬のローズ・ウィップが玄武の中枢岩を縦に引き裂いた。
耳に不愉快な断末魔と共に彼の肉体は散る。
それを最期まで見届ける事もなく、紅は壁からその背を離した。
次の瞬間、彼女の姿はその場から掻き消える―――
否、掻き消えたように“見えた”。

「お疲れ様」

そんな声と共にそっと蔵馬の肩に添えられた手があった。
崩れ落ちるように膝を付く彼に倣い、声の主もその場に跪く。

「あっ蔵馬!!……って、紅」
「何?」

驚いた表情を浮かべる幽助に見向きもせずに紅は蔵馬を支える。

「オメーさっきまであの壁にもたれてなかったか?」
「一体何秒前の話をしているのよ」

呆れたように溜め息をつく紅を見て、蔵馬以外が黙り込む。
自分達の記憶が正しければ、蔵馬が玄武を倒してまだ三十秒と経っていない。
三人は改めて彼女の“速さ”を思い知らされたのだった。
三種三様の反応を示す彼らを視界の端にすら収めずに紅は蔵馬に問いかける。

「大丈夫?じゃないわね…腕鈍ったんじゃない?」
「はは…手厳しいな」
「当然よ。怪我はして欲しくないんだから……早く勘を取り戻して欲しいわ」
「…努力するよ」

苦笑気味に笑む彼を見て紅は再び溜め息を落す。
一旦彼の肩を支える手を放すと、人差し指の爪を親指の腹に当て、勢いよく横にずらす。
鋭い痛みが指先に走ると同時に細い切り傷が出来上がった。

「………何をするつもりだ」

その一部始終を見ていたらしい飛影が口を開く。
紅は僅かに首を傾けて答えた。

「何って…蔵馬の治療だけど?」

05.07.22