悠久に馳せる想い

遠巻きに取り囲む腐餓鬼を無視して迷宮城の入り口までやってきた五人。
髑髏が開いた口は、餌を誘い込むような深いトンネルだった。

「虎穴に入らずんば虎児をえーず!!」

などと何の躊躇いもなくトンネルへと足を踏み入れる幽助。
紅は最後尾に続きながらクスクスと笑いを殺していた。












そんな五人を待っていたかのように、トンネルを抜けた所に一匹の妖怪が姿を見せる。

「ようこそ迷宮城へ。この城に入らんとする者達は裏切りの門の審判を受けなければなりません」

一つ目に羽が生えた妖怪はそう言った。
言うが早いか、その妖怪はトンネルを抜けた所にある壁のレバーを下げる。

「なにィ!?天井が降りてきた!!」

侵入者を潰さんと迫る天井。
幽助たちは迫り来るそれを両腕で押さえた。
そんな状況を作り出した張本人はこの天井に関する事後説明を始めてくれる。

「その門は大変敏感で頭がいいのです。性格は悪いですが。

支えている者の力を読み取りギリギリで耐え得る重さで重圧をかけます。

ひとりでも力を抜けばペシャンといきますよ。ペシャンとね」

とりあえず説明は聞こえているであろう。
しかし、天井を支えるのに全力を尽くしている彼らに出来る事は少なかった。

「ひとりが裏切って逃げようとすれば残りの者は全て潰されますし、

お互いを信頼し合いながら力尽きて、全員つぶれて死ぬのもいいでしょう」



ホホホと高らかに笑い声を上げていた妖怪のすぐ後ろで声が上がる。

「ま、それは全員が支えていれば、の話よね」


全く気配に気づけなかったのか、妖怪は驚きの表情を目に映して振り向く。
そこには壁にもたれながらレバーに手を添える紅の姿があった。

「紅!!何でそんな所に…!!」
「あ、あなたは何故…!?」
「潰される前にトンネルを抜ければいいだけの話でしょ」

そんな事も気づかなかったの?と言いたげな視線を妖怪に向ける紅。
今まで例を見ない行動だったのか、妖怪は驚きに声を失う。

「中途半端な頭のよさよね。

“支えている者の力”じゃなくて“侵入者全員の力”だったらこんな事にはならないのに」
「どうでもいいからさっさとレバーを上げてくれっ!!」
「はいはい」

歯を食いしばりながら声を上げる幽助に、紅は頷いてレバーを持ち上げる。
四人を襲っていた重圧がなくなった。

「素晴らしい!あなたのその知力ならば朱雀様も喜んで迎え入れてくれる事でしょう!!」
「…は?」
「飛影様あたりが仲間を裏切り四聖獣の朱雀様に会われると思っておりましたが…予想外でした」
「あ、そう。よかったわね。予想外の事が体験できて」

妖怪の言葉をサラリと受け流すと、紅は蔵馬たちの元へと歩く。

「大丈夫?」
「ああ」
「他の皆は?」
「何とかな」
「血管がぶっちぎれるかと思ったぜ」

順に答えを聞くと、紅は安堵の息を漏らす。
そんな彼女の質問に答えなかった唯一の人物、飛影は妖怪の前まで歩いていく。

「今からでも遅くはありません。飛影様、朱雀様にあわれますか?」

手を返したように飛影を勧誘する妖怪。
だが、次の瞬間にはその一つ目に縦に亀裂が走る。

「ヤツらに言っておけ!!

お前らこそ俺の子分になるなら命だけは助けてやる、命ごいするなら今のうちだとな!!」

妖怪は奇声を上げながら城の中へと飛び去った。













妖怪を見送る事もなく、今度は紅の前に歩いてくる飛影。
紅は彼に見上げられて首を傾げた。

「何?」
「お前…いつの間にトンネルを抜けた?」

飛影の目が鋭さを帯びて射抜くように紅を睨み上げる。
そんな視線を向けられた紅は肩を竦めた。

「レバーを下げると同時に」
「同時にって…そんな暇あったか?」

桑原が幽助に問う。
幽助は「いや…」と首を横に振った。
暇があったなら自分とて彼女と同じように抜け出していたのだ。

「紅は俺よりも速いですよ。他に何の要素も加えず、ただ速さだけを競うなら」
「…俺より速いのか?」

蔵馬の説明に飛影が反応を示した。
彼は少しだけ悩んだ後、紅へと視線を向ける。

「……恐らく」
「面白い…」

飛影の口角が持ち上げられたのを見て、紅は静かに溜め息を漏らす。

「戦えって言うなら命捨てる覚悟で来なさいよ」
「何だと…?」
「蔵馬を傷付けた奴には容赦しないことにしてるの。楽には死ねないと思うのね」

紅が言っているのは、先日の降魔の剣の一件の事だ。
蔵馬の傷自体はあの後、紅が完治させた。
だが、それで彼女の気が納まっているはずもない。

「…フン。お前に俺が殺せるのか?」
「……粋がった所で所詮は小童。負ける道理がない」

嘲笑を浮かべる紅に、飛影の怒りのボルテージが上がっていく。
紅は妖狐蔵馬と共に生きていた。
彼との付き合いが数百年だと言うのだから、当然紅の年齢もそれ以上と言う事になる。
彼女から見れば飛影などまだ子供同然と言っても過言ではないのだ。

「貴様…っ」

飛影が自らの剣に手をかけた。
それを目の当たりにした紅の目付きに冷酷さが影を見せる。
漏れ出した妖気に幽助と桑原の頬を汗が伝う。
それは飛影とて同じことであった。

「そこまで」

紅の頭にぽんと蔵馬の手が乗った。
そんな彼の行動に、紅はピタリと妖気を抑える。
何故止める。とでも言いたげな視線を彼に向けた。

「紅の言っていることは間違っていない。本当に楽に死ねないから。自殺願望があるなら別ですけどね」

蔵馬が飛影に向かってそう言うと、彼は渋々と言った風に柄から手を放す。
それを見届け、蔵馬は紅の方を向く。

「紅」
「……ごめん」
「口調まで佐倉に戻ってたよ」
「そう…だったかしら」

思い出すように視線を巡らせるが、生憎記憶は都合の悪い事をさっさと消去したようだ。
いや、元々記憶しようとも思わなかったのかもしれない。

「さて…。時間がないな。急ごう」

歩みを止めてしまっていた事を思い出し、五人は城の中へと足を進め出した。

05.07.19