悠久に馳せる想い

「あ」
「お?蔵馬の女じゃねーか」

道場へ入るなり二人は鉢合わせた。
そんな二人を見て幻海が声を上げる。

「お帰り、紅。何だ、顔見知りかい」
「まぁ…。あ、幻海師範ただ今帰りました」
「帰りましたって……じゃあ、同居人が居るって言うのは紅のことか!?」

紅と幻海の会話を聞いていた幽助が問う。
彼女らは事も無げに頷いた。

「私はここに住んでるから…同居人って言えば私でしょうね」
「(やべー…蔵馬に殺されるって…。)」

顔を青くする幽助に、紅は首を傾げた。
大体の予測がついているのか、幻海は静かに溜め息を漏らす。













ふと、夕食の準備をしながら紅はある事を思い出す。

「そう言えば…あの人と出会った時ってかなり機嫌が悪かったような…」

初めて会ったと言えば、幽助が飛影から降魔の剣を取り返した時。
確かにあの時の紅の機嫌は、最低とまでは行かないにしてもかなり悪かった。
ろくに挨拶もしなかったなぁと苦笑を浮かべる。

「後から自己紹介しなおすか…」

慣れた手つきで料理の品を増やしながら、紅はそんな事を考えていた。

「考えながら料理して大丈夫なのかい?」
「幻海師範…気配を絶って近づかないでくださいよ」
「その割には驚いてないじゃないか」
「慣れましたから」

手を止めて彼女を振り返る。
先ほどまで幽助の修行を見ていたはずの幻海が何故ここに居るのか。
その答えはすぐにわかった。

「幽助なら寝てるよ」
「寝て…?」
「ああ。あたしの霊波動を受けて伸びた。何とも情けないねぇ」
「……いや、初日ですから当然でしょう」

むしろ平然と受けとめられたら驚きである。
ふと、紅は目の前の出来立ての料理を見つめて思った。
今しがた寝たばかりだとすれば当分は起きないだろう、と。
そうすれば生じてくる問題もある。

「師範。浦飯幽助は暫くの間寝かせて置くんですか?」
「そうだね。疲れが取れれば自分で起きるだろうから、それまで放っておくさ」
「…じゃあ、夕食は取り置きしておきます」
「そうしてやってくれ。起きれば腹も空いてるだろうからね」





「師範の性格にしては珍しい…」

幽助に用意された部屋にやってくると、彼は布団の中でぐっすり眠っていた。

「てっきり針の山とかで寝かせるのかと思ってたけど…師範も人の子だったのね」

何気に酷い発言ではあるが、間違っては居ない。
部屋の入り口から眠る幽助を見ていた紅だったが、特に何をするでもなくそのまま襖を閉じた。















翌日の夕方。
紅が学校から帰ってきてキッチンに入ると、そこには今しがた起きたばかりと言う風な幽助が居た。

「おー、お帰り」
「あ、うん。ただいま。……今起きたの?」
「そうだぜ。まったくあのばーさん容赦ねーのな。おかげでほぼ一日ぐっすりだっつーの」

幽助は料理を口に運びながらぶつぶつとぼやく。
紅は髪を後ろで結い上げ、鞄を椅子の上に置くと調理台の方へと歩き出す。
未だ文句を言っている彼の横を通り抜けて冷蔵庫の中を確認すると、紅は彼の方を振り向いた。

「ねぇ、今から夕食作るんだけど…食べる?」

何故紅がそんな事を聞くのかと言うと…。
彼がたった今食べているのが昨日の夕食だからである。
保存の効く料理ばかりだから痛んでいると言う事はないだろうが。
それにしても問題は彼の腹の膨れ具合である。

「食う!」
「…食べられるんだ?」

一人分以上の料理をほぼ平らげ、尚且つ今からまた食べると言うではないか。
紅は呆気に取られた表情で答える。

「なーんか無性に腹減ってんだよなぁ。紅の飯すっげー美味いし」
「ありがとう。今まで以上に霊力を使ったと言う証拠ね。使い慣れればマシにはなるわよ」
「そうなのか?」
「ええ」

そう答えて調理台の前に立つ紅の背中を見ながら、幽助はあの時の彼女とのギャップに驚いていた。
こちらを振り返ることのない彼女の背中に、幽助が声をかける。
返事が返ってくると言う確信の元に。

「なぁ」
「何?」
「いつから蔵馬と一緒に居るんだ?」

予想外の質問だったのか、紅は包丁を片手に顔だけを彼の方に向ける。
幽助と視線を絡めた後、彼女は再び作業に戻った。

「さぁ?覚えてないわ」
「覚えてないって…」
「数百年の付き合いであることは確かよ」
「数百…っ!?」

驚きの声を上げる幽助に紅は口元に笑みを作った。
材料を鍋に入れて火にかけると、今度は身体ごと彼の方を向く。

「別に驚くことでもないでしょう?妖怪の寿命はあなた達人間とは比べ物にならないわ」
「妖怪って…紅、お前妖怪だったのかよ!?」
「……気づかなかったの…?」

きょとんとした表情を見せる紅を前に幽助は大きく頷く。
悩むように顎に手を当てると、紅は口を開いた。

「わからないものなんでしょうかね、幻海師範」
「さぁね。幽助が飄々としてるか、あんたの隠し方が上手いかのどっちかだよ」
「!?」

ビクッと肩を震わせて幻海の方を振り向く幽助。
その拍子に椅子が床に転がった。

「ば、ばーさんいつの間に!?」
「“お前妖怪だったのかよ!?”の所からよ。かなり鈍いわね、君」

クスクスと笑う紅。
気づくかよ!と怒る幽助を横目に幻海は椅子に座った。

「さて…。昨日はゆっくり休めたみたいだね」
「ああ。ぐっすり眠れたぜ」
「なら、明日から覚悟するんだよ。今日から一ヶ月…昨日みたいにぐっすり休める日は皆無だからね」

脅しをかけるように言う幻海に幽助が息を呑むのが、背中を向けている紅にも伝わった。
決して誇張しているわけではないと知っている紅だからこそ、幻海の言葉を止めない。

こうして幽助の怒涛の一ヶ月は幕を開けたのだった。

05.07.12