悠久に馳せる想い

「じゃあ、デートしませんか?」

蔵馬がにっこりと笑いながら紅に問いかける。
それは問いと言う形で発せられた言葉であったが、頷く以外の返事は聞かぬと言う雰囲気を醸し出していた。

「…まぁ、私は逃げられればどっちでもいいんだけど…」


そう答えた後、紅は顔を僅かに蔵馬に近づけて声を潜める。

「(ここ、教室。)」
「(もちろん知ってるよ。紅の教室。)」
「(だったら挑発するような事を言わないでくれない?)」

彼女がそう言うのも無理はない。
学年一の秀才、南野秀一がクラスを訪れていると言うだけでも十分なのだ。
更に、相手は学年一の秀麗と謳われる雪耶紅。
そんな二人が、クラスメイトと仲睦まじく談笑し、あろう事か「デート」などと言う単語を言い放った。
すでにクラス中が耳をダンボ状態にさせ、彼らの会話を少しでも聞き取ろうと必死である。
紅の前の席を拝借して話をしていた蔵馬はクスクスと笑う。

「(勝算があるならかかってくればいいさ。受けて立つよ。)」
「(…あるわけないじゃない。)」

心底心外だ、と言う風な表情を見せる紅に、蔵馬は自然と表情を和らげる。
何故彼がここまで一人の女子生徒と親密であるにも関わらず、彼女が無事かと言うと…。
それを語るには数日前まで時間を遡る事になる。













「雪耶さん、ちょっといいかしら?」

まぁ、お約束とも言える状況が出来上がっていた。
次の授業の準備をしていた紅は溜め息混じりに頷く。
面倒だ、と思いつつも紅は彼女らの後に続いて教室を出た。
否、出ようとした。

「紅?」
「み、南野くん!?」

思わぬ人物の登場に女子生徒の声が上ずる。
蔵馬は黙って女子生徒と紅を交互に見やった。
彼が状況を判断するのに数秒も必要ない。

「……秀一、別にいいから」

一気に氷点下まで下がりそうな蔵馬の機嫌に気づき、紅は彼の制服の裾を引く。
極悪非道、妖狐蔵馬の存在は確かに蔵馬の中でも息づいているようだ。
十数年前には日常茶飯事のように見ていた光景ではあるが、今回は場所が場所だ。
オマケに相手はただの人間。
降りかかる火の粉は容赦なく払い落とす、がモットーの紅でさえ、彼を止めないわけにはいかなかった。

「行こう」

蔵馬は紅に向かって微笑み、自分の服を掴む彼女の手を取って歩き出す。
酷く優雅なエスコートに思わず見送りそうになった女子生徒らが我に帰る。

「ちょ…私達は認められないわよ!」
「何を認めるんですか?」

背中にかかった声に蔵馬が振り向いて答える。
冷たい、とまではいかないにしても鋭さを帯びる視線を向けられ、彼女らは言葉に詰まる。

「認めてもらう必要なんてありませんよ。俺が紅を好きなだけですから」
「…っ顔がいいだけじゃない!成績は万年49位だって知ってるのよ!」
「美人なのは確かですけど…紅は性格もいいですよ」

にこりと笑う蔵馬に紅は溜め息を落す。
本来ならばすぐにでも退散したい所なのだが、生憎彼に手を掴まれていてそれも叶わない。
無駄な足掻きと言う奴を試みてみようかと思案する紅を、蔵馬が振り向いた。

「ところで、紅」
「ん?」
「万年49位ってどう言う事?」

蔵馬の問いかけに紅は無言で肩を竦めた。
それだけで彼は彼女の考えを理解したのだが、当然女子生徒らがそれを理解できるはずもない。

「明日の試験で私と勝負よ!まぁ、学年10番内の私に万年49位のあなたが勝てるはずもないけどね」

それだけを言うと彼女らは足音慌しくその場を去っていった。
ふと、彼女らの背中を見送ってから紅が周囲の視線に気づく。

「あ」

教室の入り口付近でこれだけ騒げば視線を集めるのも無理はないだろう。
軽い頭痛を覚えた紅だった。

「…何かよくわからないうちに勝手に話を纏められたな…」
「本当ね」

大した不安もなく、二人は翌日の試験を迎えた。













貼り出された結果発表を見に行くわけでもなく、紅はぼんやりと図書室で過ごしていた。
隣には蔵馬の姿もある。

「で、真面目に受けた?」
「…まぁね。蔵馬に勝てたとは思わないけど」

テーブルに載せた両腕に額を預けて紅が答える。
その答えを聞いて、蔵馬も満足そうに頷きながら手にあった本を読み出した。
皆が結果発表に詰め掛けているおかげで図書室に人影はない。
室内の静寂に身を任せ、紅は瞼を閉じる。
空いた手で彼女の亜麻色の髪を梳きながら、蔵馬は本のページを捲る。
紙の擦れる音だけが聞こえる至福の時。
だが、そんな時間は長くは続かない。

「これはどう言う事なの!?」

ドアを蹴破らんばかりの勢いで登場したのは昨日の女子生徒。
いつも傍に連れている他の女子生徒が見当たらない事から、かなり慌てていたのだろう。
ずかずかと無遠慮に図書室を横切ると、彼女は二人の前に紙を差し出した。

「…破ってきたの…?」

顔を上げた紅が呆れた表情を見せ、その隣では蔵馬も苦笑を浮かべていた。
先ほどまで掲示板に貼り付けられていたであろうその紙には、今回のテストの結果が記されている。

一、南野秀一
二、雪耶紅
三、海藤優
498点
496点
494点



「あ、やっぱり秀一には負けてるわね」
「でも二点差か…。俺もうかうかしてられないな」
「どう言う事なの!?だって今までの試験では…っ!」

声を荒らげる彼女に向かって、紅はにこりと微笑んだ。

「2位を取るよりも49位を取り続ける方が大変って事よ」













「紅の実力がそれほど低いはずがないな」
「そう?」
「当然。何と言っても俺が補佐としてその知力を認めていたんだから」

あれから紅は一度たりとも2位から順位を落としたことはない。
それがマグレでないとわかれば、周囲の女子も認めざるをえなかった。

「で、どうする?行く?行かない?」
「……行く」
「了解。じゃあ、時間は後で考えるとして…」

紅が学力面で認められた、と言うのもあるが、蔵馬の優しい表情に文句が言えなくなったと言う方が正しい。
彼女だけに向けられる眼差しは自然と彼のファンを増やした。
今となっては理想のカップルとまで言われ、憧れられる二人なのである。

05.07.09