悠久に馳せる想い

――パチンッ!――

気味好い音が弾けると共に、自分の記憶にかかっていた霧が完全に晴れた。

「どう?身体に異常は?」
「……うん。大丈夫…みたい」
「よかった」

紅は蔵馬の言葉を聞いて満足げに笑う。
先ほどの音は紅が指を弾いて鳴らした音。
あの時『思い出した』と言った蔵馬。
しかし、よくよく聞けば『ある程度思い出した』に過ぎないと言う事が判明した。
記憶にかかった霞を掃うべく、紅はその封印を解く事にしたのだ。
むろん、彼の傍に在ると決めた以上記憶を封印しておく必要などない。
紅がそれを躊躇うはずもなかった。

「やっと霞が晴れたよ」

苦笑交じりに蔵馬がそう言った。
そんな彼に曖昧な笑みを返しながら、紅は借りていた絳華石を彼に返す。
紅は自分が渡していた絳華石にその記憶を封印する術を施してあったのだ。
封印を解くには紅の妖力を込めながらきっかけを作ればいいだけの事。
酷く簡単な作業にも思えるが、紅にしか出来ないものでもあった。

「ごめん」
「いや、紅の考えも強ち外れてはないからね。覚えていれば…例え瀕死でも駆けずり回ったよ」

蔵馬がそう答えながら微笑めば、紅の頬に朱が走る。
そして、嬉しそうに笑む彼女を見ながら、蔵馬は思った。

「(人間と関わった所為かな…表情が豊かになった。)」

思えば昔…佐倉であった頃の紅は酷く荒れていた。
ああ言うのを手負いの獣とでも言うのだろうか。
とにかく、誰に対しても油断を見せず、決して自分の領域に踏み込ませない。
彼女の鉄の城壁を崩すのに、自分はどれほど苦労したことか。
もっとも、手に入れたからこそこうして振り返ることも出来るのだが。

「蔵馬?」
「いや、何でも「佐倉様!!」」

彼の声を遮るように悠希が紅を呼びながら駆けて来る。
いつもの如く飛び込んでくる悠希を易々と受け止め、紅は問いかけた。

「今度は何?」
「飛影を発見しました!浦飯幽助も一緒です」
「幽助が飛影と…!?」

悠希の報告に声を上げたのは紅ではなく蔵馬。
彼の表情から察するに、浦飯幽助が危険であることには間違いないようだ。

「悠希、案内よろしく」
「お任せください!」

紅が蔵馬の方を向けば、彼はその意図を察したらしく頷く。
駆け出す悠希を追って二人は走り出した。














二人がその場に着いた時には、すでに浦飯幽助はピンチに立たされていた。

「飛影って邪眼の持ち主?」

見えない力に縛られる幽助を前に、紅はそんな事を呟いていた。
そんな時、飛影が秘宝の一つ降魔の剣を持ち上げる。
それを目にした蔵馬が紅の隣から駆け出す。

「蔵馬!?」

紅が声を上げた。
止める間もなく、彼は飛影と幽助の間に割り込む。
その身体を降魔の剣が貫いた。












「信じられないわ…まったく…」

自分が身に付けていた絳華石のペンダントを取り出しながら紅が言い放つ。
彼女の言葉に蔵馬は苦笑を浮かべた。
彼からすればズキズキと痛む腹よりも、目の前で怒りの見え隠れする恋人の方が厄介だ。
文句を言いながらも紅は蔵馬の傷を癒す。

「ありがとう、助かったよ」
「…放っておいても死ぬような怪我じゃないわよ」

そう言って視線を逸らしてしまう彼女に蔵馬は小さく溜め息を落とした。
ご機嫌斜め、と言う事は火を見るよりも明らかだ。

「あんたが佐倉かい?」
「そうだけど…誰?」

長い髪を結い上げた女性が紅に声をかける。
紅は蔵馬の隣に腰を降ろしたままその女性を見上げた。

「あたしはぼたん。幽助の助手だよ」
「紹介はいらないみたいだけど、佐倉。こっちでは紅って呼んでもらった方がありがたいわ」
「随分ご機嫌斜めだねぇ」

ぼたんが蔵馬に視線を向けながら苦笑いを浮かべた。
やがて近づいてくる足音に、紅が落としていた視線を持ち上げる。
紅の目に映ったのは疲れ果てている幽助だった。
彼は三人の心配をした後、近くで横たわる少女に近寄る。
彼女の身を案じる幽助を見れば、関係を聞くまでもなかった。

「さて…。無事秘宝も取り戻したみたいだし…帰るわ」

そう言って立ち上がり、パンッと制服のスカートの埃を掃う。
去ろうとした紅を幽助が呼び止めた。

「お前、名前は?」
「……紅」

肩越しに振り向いてそう答えると、紅はさっさと倉庫を出て行ってしまう。
疑問符を浮かべる幽助に、蔵馬は再び苦笑を顔にはり付けた。

「蔵馬…あいつは?」
「雪耶紅。妖怪名を佐倉と言って、俺の恋人だよ。…今はちょっと機嫌が悪いんだ」
「へぇー!お前も隅に置けねーなぁ!あんな美人の恋人を持ってるなんて!」

紅の去った方向を見ながら幽助が感嘆の声を漏らす。
そんな彼にクスクスと笑いながら蔵馬は答えた。

「ありがとう」
「…っと、それより大丈夫か?」
「急所ははずしている、平気さ。何より、紅が治癒してくれたからな」

そういい終えると、蔵馬もその場から立ち上がる。
治癒してもらったとは言え、先ほどまで傷があったことは確か。
僅かに伝わる痛みを無視して彼はそこから歩き出す。

「蔵馬?何処行くんだ?」
「帰るんだよ。と言うより、紅が外で待ってるから」
「お?紅は先に帰ったんじゃないのか?」
「彼女は怪我した俺を置いて帰るほど冷たい人じゃないよ」
「へぇ…」
「それに、これ以上お姫様の機嫌を損ねるわけにはいかないからな」

柔らかい笑みを浮かべながらそう言うと、蔵馬は「じゃあ」と言って立ち去った。
残されたぼたんと幽助はその背中を見送る。

「…蔵馬、雰囲気違わねぇか?」
「……ま、それだけ紅が大切だってことだろうね」

05.07.04