夢追いのガーネット
Episode 52
取って、取られて。
引くことを知らない両チームは、点数を取り合った。
中でもひときわ目を惹きつけてやまない存在。
現時点で、彼…藤村成樹は、間違いなく同年齢の頂点だった。
負けん気や努力だけではどうにもならない。
妬むことを許さぬほどに、彼の実力は末恐ろしいものがあった。
「…変わった…」
藤村を目で追いながら、紅はそう呟いた。
飛葉と桜上水のあの一戦とは違う。
彼のプレーには切れが増していて、それでいてコントロールは失われていない。
どれほどの練習を積めば、この短期間でこれほどの成長を遂げられるのか。
ぞくり、と背筋が逆立った。
風祭とはまた違った感覚だ。
「紅?」
どうしたの、と玲が紅の顔を覗き込んでそう問いかけた。
紅は、それに対して首を横に振る。
「ごめんなさい。何でも…」
自分がプレイヤーではないからだろうか。
紅は、藤村のプレーに素直に惹きつけられた。
彼が同じチームだったならば、どんなに心強いだろう、と思う。
けれど…この試合、彼は倒すべき敵チームにいる。
ここまで頑張ってきたのだ。
何としても、勝ってほしいと思う。
祈るような気持ちをこめ、ぎゅっと手を握りしめた。
試合が進んでいく。
もはや、両チームの選手の頭の中には勝つこと以外はない。
右へ左へと動くボールと、選手たち。
応援している側も、まるで自分がフィールドに立っているかのような緊張感と高揚感を共有していた。
人一倍動いていた風祭の表情に疲労の色が濃くなってきている。
何か想いを乗せた水野からの鋭いパスに応じようと、必死に身体を動かしているのだから無理はない。
一度下げるべきなのでは、と思いつつ玲を見るが、彼女は紅の視線に気付いて首を横に振った。
下げるつもりはない、と言う意思の表れに、紅は心配そうな眼差しを向ける。
監督が否、と言う以上、マネージャーでしかない彼女には、どうする事も出来ない。
静かに唇を結び、試合へと視線を戻した。
後半も、刻一刻と時間が削られている。
最後かもしれないパスが、ギリギリで追いついた風祭のトスによって真上へと打ち上げられてしまった。
そこからの世界は、静かに、けれど激しく流れた。
シュートコースを塞いだ藤村の読みとは違い、風祭は振り向かずにオーバーヘッドでボールを蹴りこむ。
ライン間際で跳ねたボールがゴールネットを揺らした。
東京都選抜側が得点に沸きあがる。
そんな中、紅はボールの行方から、落ちた二人へと視線を動かした。
もつれるようにして地面に落ちた彼らの身体に異変がないか。
無意識の行動だったが、それは決して間違いではなかった。
「風祭…?」
自分の声が聞こえるのと同時に、紅は荷物を持ってフィールド内に駆け出していた。
身体を起した藤村の一瞬の苦い表情も気になるけれど、倒れたままの彼の方が心配だ。
紅が走り出すよりも少しだけ早く、松下が走り出していたらしい。
前を進む彼の背を追うようにして二人の元へと急ぐ。
そのまま二人の元へと走る紅を見て、得点に沸いたメンバーも状況を把握する。
誰もが、そこへと集まってきた。
「…頭を打ったのかな」
仲間の呼びかけにも、意識が戻らない。
場所を譲ってもらった紅は、冷やしたタオルを風祭の頭に添えた。
藤村を巻き込んだお蔭で、頭から落ちたわけではないようだ。
けれど、打っていることに変わりはない。
そこまで考えたところで、紅は続きの処置を松下に任せ、藤村を見た。
「膝…痛む?」
「…お見通しやな。捻ったみたいやわ」
「テーピングもあるから、やってもらった方がいいよ。膝の怪我はしつこいから」
バッグの中から太目のテープを取り出し、彼の手に乗せる。
それと紅を交互に見る藤村。
そんな彼の肩に、ポン、と大きな手が乗った。
「紅の言う通りだ。大人しく手当てを受けろよ、シゲ」
「暁斗さん」
振り向いた先に居た暁斗はそう言って、彼を追い越して風祭の傍らへと膝を着く。
隣に居る松下を見た。
「どう思う?」
「意識が戻らないことには…」
松下がそう答えたところで、風祭の表情が変わる。
覚醒が近いのだろう、と場所を譲れば、メンバーが彼をぐるりと取り囲んだ。
目を覚ました風祭は頭を打った後遺症も垣間見せず、自分の得点に笑顔を浮かべた。
そんな彼らを見ながら、松下と暁斗が神妙な表情を見せる。
「不思議な感覚だな」
「…あぁ。だが…好ましいものじゃない」
まるで、あの時のようだと思う。
暁斗は自身の過去に起こった出来事を思い浮かべ、短く息を吐き出した。
眩暈や吐き気を問われても、彼は大丈夫だと笑う。
選手たちがポジションに戻りだし、選手ではない暁斗や紅たちは外へと歩き出す。
荷物を抱えてそそくさと外に歩く紅に対し、暁斗と松下の足取りは重い。
言葉に出来ない不安が、彼らの足に絡み付いて離れなかった。
「兄さん?」
足の遅い兄を不審に思ったのか、前を歩いていた紅が振り向いて首を傾げる。
彼女を安心させるように、暁斗は何でもない、と首を振った。
しかし、次の瞬間―――振り向いていた彼女の視線が自分の後ろを見つめ、その表情が凍りつく。
「風祭!!」
そう叫んだのは、誰の声だったか。
振り向いた暁斗の視界に、青々としたフィールドの上に倒れる彼の姿が入り込んだ。