夢追いのガーネット
Episode 51
危なげなく勝利を飾った関西選抜は、まるで決勝で勝利したかのような盛り上がりを見せる。
一つのことにも全力投球しているような、そんな彼らのテンションに紅は苦笑を浮かべた。
これと言って、弱点を見つけることは出来なかった。
一応各選手の癖は掴んだけれど、それが果たしてどこまで役に立つだろうか。
「よぉ、姫さん」
見にきてくれておおきに。
そんな声が聞こえ、紅はノートから顔をあげた。
お疲れ、と労いの言葉を述べれば、藤村が僅かに口角を持ち上げる。
「何や、得られるもんはありましたか、都選抜マネージャーさん?」
「ええ、まぁそれなりに。
誰かさんがあえて他の選手のプレーを見せるために、アシストに徹してくれていたようだから」
それなりの嫌味をこめてそう告げるが、彼は全く気にした様子もなく笑う。
「さよか。せやったら良かったわ」
「…変ったわね、藤村」
「…せやなぁ…。努力、なんちゅー言葉からは一番遠いと思ってたけどな…。人間、やれば出来るもんやわ」
そう言って、どこか他人事のように話す彼。
彼自身も、今までの浮雲のような自分から変化したのと理解している。
藤村の表情は、今までとは違って、憑き物が落ちたかのようにさっぱりしている。
枷がなくなった人間は、自由だ。
「強敵現る、と言った感じね」
紅は小さく呟いた。
「次は決勝やな」
「ええ。九州と、東京都…勝った方が、進む」
ノートを腕に抱え、紅は藤村を見た。
一応はこう言いながらも、紅自身は彼らが負けるとは思っていない。
だから、急いで試合に戻ろうとは思わない。
どうやら、藤村もそうらしい。
「あなたを変えたのは、風祭?」
二人で東京都選抜と九州選抜の試合が展開されるフィールドに向かって歩き出しながら、紅がそう問いかけた。
藤村はそれに対して何も答えず、ただ口角を持ち上げる。
それが、答えだった。
「彼、とても伸びているの。藤村も頑張っていると思うし、完成度で言えばあなたの方が上。だけど―――」
何でかな、と紅は小さく笑みを浮かべる。
「彼らなら…あなた達、関西選抜にだって…勝てる気がする」
確信など、ない。
関西全域から選手が集まっている関西選抜に対し、東京都内からの都選抜。
選ばれた地区の広さで見るならば、前者の方が有利に見える。
しかし…紅はそう思っていない。
「…負けへんで?」
「もちろん」
互いに、自分のチームを信じているからこそ、不安は抱かない。
「しかし…これで自分らのチームが負けとったら笑いもんやな」
「はは!本当ね」
「何や、否定せんの?」
意外そうに紅を覗き込んでくる藤村。
紅は軽く肩をすくめ、口を開いた。
「負けないとは思ってるけど…サッカーって、その時の運もある程度は影響するから」
例えば…と言ったところで、ザァッと強い風が吹く。
紅の帽子がふわりと浮き、慌ててそれを手で押さえ込んだ。
「例えば、こう言う風向き…とか」
蹴りだした勢いが付くとは言え、ボールは風に流されやすい。
特に、こんな風に時折強く吹く風は厄介だ。
味方につけられればいいけれど、向かい風になってしまった場合は、飛距離にも大きく影響する。
「でも、これは追い風になるわね」
風向きと、フィールドの向きを考えた結果だ。
すでに見え始めた広いサッカーフィールド。
得点板の数字はまだ読めないけれど、状況はかなり白熱している。
終了のホイッスルまでは、あと1分ほどだろうか。
九州選抜のシュートが、ゴールポストに強く打ち付けられた。
それを拾った東京都選抜が一気にカウンターを仕掛ける。
ボールが前線へと繋がれていく様は、自然と興奮を煽っていく。
まるで祈るようにノートを強く抱きしめる紅。
風祭は、自分よりも遥かにガタイの良い九州選抜とのボールの競り合いに負けた。
体勢を崩された彼は、それでも諦めていない。
彼は、即座に身体を起こして競り合いに勝ったことにより安堵した九州選抜の選手の足元からボールを抜き取る。
打ち込まれたシュートは、ゴールキーパーの真正面だった。
受け止められるはずだったボールは、強い追い風によりふわりと浮いた。
ゴールの後ろから試合の様子を見守った紅たちの方へと、ボールが飛んでくる。
ボールがゴールネットを揺らした。
「…勝った…」
運がよかったとしか言えない。
しかし、風を味方につけたその強運を褒め称えるべきなのだろう。
「姫さんの予想通りやな。決勝戦は俺らと東京都選抜や」
「私だけじゃないでしょ」
彼の目は、都選抜が勝ち上がってくることを信じて疑っていなかった。
一度彼に視線を向けてから、紅は小さな坂を滑り降りていく。
「姫さん」
そう呼ばれて、紅は彼を見上げた。
「カザ達によろしゅう伝えといて」
「…自分で言いなよ」
紅の答えに、彼はそう答えられることがわかっていたように笑みを浮かべる。
そして、彼もまたこちらに背を向けた。
フィールドの外を移動し、玲の元へと歩く紅。
「戻ったのね」
「はい。帰ってきました。これ、一応渡しておきますけれど…」
大して参考になりません。
きっぱりとそう告げる彼女に、玲は苦笑交じりに頷き、ノートを受け取る。
紅がそう言うのは珍しい。
けれど、それが次の相手、関西選抜なのだろう。
「…お昼休みに会議をしましょうか。紅も参加する?」
「是非。玲姉さんの作戦を聞きたいから」
紅の返事に柔らかく微笑むと、玲は選手に試合の労いの言葉と、昼食の時間を言い渡す。
最後に集合時間を確認し、各自解散となった。
昼食を挟み、スタジアムを移動し―――決勝戦が始まる。