夢追いのガーネット
Episode 50
東北選抜を打ち破ったという事実は、東京都選抜のメンバーの自信へと繋がった。
昨日よりも、今日。
今日よりも明日。
そんな風に、確実に歩みを進める自分たちを自覚し、より高い理想を抱く。
ガタイの良い九州選抜を前に、彼らは今一度作戦を確認する。
試合が始まってしまえば、紅にも余裕ができた。
ハーフタイムのドリンクを用意し終えた彼女は、玲に声をかけてからその場を離れることにする。
約束を果たすべく、関西選抜の試合のフィールドへと歩いた。
「あ、東京都選抜のマネージャーさんや」
独特のイントネーション。
しかし、その声は男物ではない。
振り向いたそこには、タオルの籠を抱えたボーイッシュな女の子が立っていた。
見覚えがあるのは、説明会の時にマネージャーとして参列していたからだろう。
「えっと…関西選抜の」
「せや!マネやで。井上っちゅーねん。よろしゅう」
「都選抜の雪耶です。よろしく」
そう言って、お互いに自己紹介を終えたところで、紅は疑問を口に出す。
「井上さんって、関西選抜に親戚―――」
「ちゃう!あんな阿呆とは無関係や!」
最後まで言い終わらないうちに、彼女は全力でそれを否定した。
苗字が同じだから、親戚関係の子をマネージャーとして呼んだのかと思ったのだ。
どうやら以前もそれを聞かれたことがあるらしい。
力の限り否定する彼女を見ていると、誤解とは言え話題に出てくるもう一人の「井上」が哀れに思えてしまった。
心を落ち着かせた彼女は、ふと周囲に視線をやってからひっそりと顔を寄せてきた。
「そう言う雪耶ちゃんは、暁斗さんと親戚?」
「うん。私の兄さん」
事もなくそう答えると、彼女の目がキラキラと輝く。
女子生徒のそれに、「あ、まずいかも」と思った時には、時すでに遅し。
ガシッと両手を包み込まれ、至近距離からその眼差しを向けられてしまった。
タオルの籠はどうした、と思って一瞬視線を彷徨わせれば、それはいつの間にか地面に置かれていたようだ。
「紹介して!」
「え…や…多分、そう言うことをすると怒られると思う、よ…?」
事前説明で、事細かな注意事項を渡されている。
紹介などしようものなら、妹とて容赦なく怒られ……ないかもしれないが、注意程度は受けるだろう。
「あー…確かになぁ。そう言うところも大人の男って感じでええわぁ」
「あの…兄さん、恋人がいるんだけど………聞こえてないね」
聞いていないのか、聞こえていないのかはわからないけれど、彼女は自分の世界に片足を突っ込んでいる。
どうしようかな、と思っていたところで、地面に置いた籠がふわりと浮いた。
もちろん、勝手に持ち上がったわけではなく、それを持ち上げた人物がいる。
籠を追うようにして顔をあげれば、見知った顔がそこにあった。
「よぉ、雪耶!こんな所で何しとんねや?」
「井上…試合中の関西選抜の補欠選手がこんなところにいて良いの?」
補欠、と言う部分が少し強調されてしまったけれど、言ってしまったものは仕方ない。
ぐさりと胸に何かが突き刺さったような大きなリアクションを取る彼に、苦笑を浮かべる。
そんな隣で呆れたような溜め息を吐いているのは、もう一人の井上だ。
「直樹…自分、また使い走りにされてんの?」
「誰の所為や思っとんねん!タオルが来んから俺が取りに来る破目になっとんやろが!」
「その命令を跳ね除けられへん自分を恨みや。うちの所為ちゃうし」
そんな風にポンポンと言葉を交わしていく二人に、紅は呆気に取られる。
流石は関西人、どちらも言葉の応酬には負けていない。
彼らが落ち着いたのはそれから1分ほど経ってからだった。
「何や、シゲが言うとった可愛い姫さんっちゅーんは、雪耶のことやったんかいな。てっきり翼の事かと思たわ」
紅から話を聞いた直樹がそう言う。
選手である翼が来るはずがないだろう、とやや呆れる紅。
「…翼に言ってやろうっと」
「あかん!言うたらあかん!自分、それは死刑宣告と一緒や!」
「…それもまた失礼よねぇ」
例の井上さんはまだ用事が残っていたらしく、直樹にタオル籠を預けてどこかへ消えた。
二人で並んで歩けば、試合中のフィールドはすぐだった。
「それにしても。何で井上さんに兄さんのことを教えなかったの?」
「何や?ちゃんと教えたで?東京都在住で、都選抜に親戚がおるちゅーて」
「そこじゃなくて。玲姉さんと恋仲だって事くらいは覚えてるでしょ?」
溜め息を吐きながらそう言う紅に、彼はきょとんとした表情を見せる。
「何でそんなん言わなあかんの?」
「何でって…あんた、あの子の目を見ててわからないの…?」
「あぁ、かなり憧れてるらしいなぁ。ま、暁斗さんは男の俺からしても男前やし、当然やろ!」
ぐっと拳を握り、嬉々とした様子でそう語る直樹。
間違いではないがずれている、と、紅は溜め息交じりに額に手をやった。
「あんた、随分鈍いわ…今に始まったことじゃないけど」
「な!雪耶!それは俺に失礼や!」
「はいはい。…付き合いきれないわ。私、試合に集中するから。じゃあね」
そう言って、それ以上文句が出る前にと早々にその場を去る。
フィールド全体が見渡せる位置を陣取ると、ハーフタイム間近の試合模様に意識を集中させた。
試合の展開が速い。
瞬きをしている間に状況が変わりそうなほどに。
相手のチームも決して弱いわけではなく、関西選抜はすでに2点のゴールを許していた。
それなのに、関西の勢いは衰えることを知らず、選手の間をボールが動く。
ふと、白と黒のそれが、金髪の選手へと渡った。
「藤村…」
呟くのと同時に、彼と目が合ったような気がした。
ニッと口角を持ち上げた彼は、味方からのボールを足元で操り、ゴールへと進んでいく。
途中、止めようとした相手のDFを撒いた時には、思わず背筋が逆立った。
―――上手い。
最早、何も言うことはない。
あの派手な身なりに飲まれぬ、派手なプレー。
しかし、決して雑な動きではなく、まるで流れを思わせるような繊細な足捌き。
桜上水と飛葉の試合の時とは、比べ物にならなかった。
そこには、天賦の際だけではなく、並々ならぬ努力があったのだろう。
どこか飄々とした雰囲気を持つ彼だが、試合中は全く別の顔を見せている。
この試合、勝つのは関西選抜だ。
東京都選抜が勝てば、決勝は彼ら関西選抜との試合になる。
「…これは…骨が折れるわね」
ここから弱点を見つけなければならないのか。
頬を流れた汗は、暑さの所為だけではなかった。