夢追いのガーネット
Episode 49
「でも、まだ中学生だし…。高校を卒業となると3年後でしょう?確約のない話は出来ないから…」
「断ったんだ?」
「断らせてもらえなかったけどね」
紅はそう言って苦笑し、先ほどの会話を思い出した。
いくら今「Yes」と言っても、3年後には状況が変わっているかもしれない。
そんな確約のない話を出来なかった。
―――時間が断る理由なら、また3年後に誘うとしよう。
それなら構わないだろう?と笑われてしまった。
実際に笑っているのかは分からないけれど、声は笑っているように聞こえたのだ。
自分の心が動いたのも事実。
そう言ってくれる以上、これ以上無碍に断る理由はなかった。
その時になって出来ないと思ったならば、もう一度誠心誠意を込めて謝り、そして断ろう。
そう決めて、紅は電話を切った。
「…あれからずっと悩んで…自分だけで決めたってわけ?」
「まぁ、そうなるわね」
「馬鹿紅」
ビシッと額を弾かれる。
悲鳴を上げるほど痛いわけではないが、地味に精神が痛む攻撃だ。
「一人で解決なんて…馬鹿だよ。せめて暁斗にくらい相談すればよかったんだ」
「…兄さんは知っていると思うわよ。兄さんがあの人と話しているのを聞いたから」
なるほど。
だから暁斗は「断片的に知っている」と答えたのだろう。
知っているのは彼から聞いた部分で、紅の意見は全く聞いていない。
状況を完全に把握するには、双方の話を聞く必要があるから。
「…3年後にはどうするの?」
「さぁ?なってみないとわからないわ。物凄く好きな事が出来てるかもしれないし、夢があるかもしれない。
…あるいは…スカウターの卵が誕生するかもしれない」
未来は一つではないのだ。
今から想像でそれを絞ってしまうのは良くない。
「…それにしても…中学生をスカウトするってどうなの?」
「私に言われても…。長くスカウターをしてるとね、一目見てわかるんだって」
こいつこそ原石、そんな直感が働くらしいよ。
似たような事を言われたのだろう。
紅は少し照れたようにそう言った。
「翼は高校を卒業したら海外に行くんでしょう?」
「…多分ね」
「その時は…どうなってるんだろうね」
まだ、二人の足跡は並んで続いていくのだろうか。
それとも、違う方向へと進むのだろうか。
未来と同じく想像することの出来ない、いずれ来る二人の姿。
「悩むのはその時にしなよ。少なくとも、暫くは離れるなんてありえないから」
迷いなくそう告げる翼。
紅は嬉しそうにはにかんだ笑みを見せ、彼の肩にもたれかかった。
「うん。暫くは…離れるなんて、想像できないね」
そうして、不足を補うように寄り添う。
明日の試合への緊張は、まったくと言っていいほどになかった。
ふと、シャワーの後飲み物を買うために廊下を歩いていた紅は、向こうから歩いてくる人影に気付く。
さらりと揺れる見事な金髪は、それだけでその人物が誰なのかを示しているようだ。
向こうも紅の存在に気付いたらしく、ニッと人当たりの良い笑みを浮かべた。
「や、姫さん。風呂上りの一杯?」
「そう。藤村も?」
「せや。風呂上りは冷えたもん飲まな、始まらんやろ」
まるで酒飲みのような言い方に、何が始まらないの、と笑う。
彼との会話は軽くて、明るくて―――言葉の応酬が楽しい。
「姫さん、俺の活躍は見てくれたか?」
「えーっと…忙しいから、あんまり見てないわ」
偽ることなく、事実を告げる。
誤魔化されるよりは随分といいけれど、はっきり告げられるのも少しだけショックだ。
軽く肩を落とした藤村に、紅は苦笑を浮かべた。
「明日の試合、見に来たってや」
「え。明日はうちも勝ち上がってるから、試合なんだけど」
思わずそう答える紅。
間髪容れずにそう答えられた藤村。
両者の間に沈黙が下りる。
「都選抜って弱いん?」
「強いよ?」
「じゃあ、結果はわかりきっとるやん。それとも、応援せんと不安?」
悪戯めいた笑みを浮かべる彼に、紅は「まさか」と声を上げる。
そこで、ハッと気付く。
乗せられたと理解するまでに、そう長い時間は必要なかった。
「決定~!」
「…やられた…」
悪戯が成功した子供のように満面の笑みを零す彼に、紅は深々と溜め息を吐いた。
軽く目を覆ってから、仕方ない、と肩を竦める。
「わかった。不可抗力とは言え、一度言ったことを撤回するのは癪だから…見に行くわ。研究ついでに」
「研究て…恐ろしわぁ。姫さんにかかったら骨格まで研究されそうやわ」
そう言って笑う彼に、そんなことは…と思う。
しかし、あながち外れでもないだろうかと思い直した。
骨格まで…とは言わないけれど、足の速さから暴いていくのだから、似たようなものかもしれない。
「出来るだけ早く終わらせてね。結果は誰かの口から聞くんじゃなくて、自分の目で見ておきたいから」
「へいへい。姫さんの言う通りに」
そう言うと、藤村が紅を自動販売機の方へと招く。
そして、チャリン、と小銭を口から入れる。
「何飲む?」
「何で?」
「約束や。人質ならぬ、物質を取っとかな、安心できんわ」
姫さん、あっちの姫さんを優先してばっかりやから。
そう言って笑う彼に、紅は苦笑を浮かべる。
そして、彼の隣から自分の好みのジュースの下にあるボタンを押した。
ピッと言う音の後、下の取り出し口に落ちてくる缶。
藤村がそれを拾い上げ、紅へと手渡した。
ありがと、と言いながら受け取る紅。
「明日の試合、頑張ってね」
そう言って、自分の分を持ち上げた彼に歩み寄り、コン、とそれを当てる。
それから、紅は缶を開けて一口飲むと、手を振ってその場を去った。