夢追いのガーネット
Episode 46

暁斗の考え通り、トレセンは順調に進んだ。
マネージャーである紅は、合宿の時とは違ってそれに専念する事ができた。
選手である彼らもまた、彼女が自由に動けるために最高の環境でプレーする事ができていた。
非常に好調であった東京都選抜は、関東との試合で見事勝利を収める。
それは、他の選抜に大きな波紋を広げた。

「西園寺監督。言われた通りルイスコーチと一緒に東海選抜の試合を見てきました」

今しがた漸く戻った紅は、試合が終わって賑わう選手らの脇を抜けて玲の元へと駆けた。

「東海はどうだった?上手い子がいたでしょう?」

紅に向けてそう尋ねる玲。
しかし、彼女はフルフルと首を振った。
玲はその行動の意味が分からず、先を促す。

「―――…負けたの。東海が」

事前に強豪チームであると聞いていたからこそ、紅自身もそれを伝える事を躊躇った。
手に持ったままのビデオを指先で弄りつつ、玲の返答を待つ。

「…作戦を立て直しましょう。選手を集めてきて…いいえ、そっちは私がするわ。場所を確保して」
「第一会議室が空いていたから、そこを押さえて来ます」

クルリと踵を返す紅を見送り、玲は選手達を振り向いた。
先ほどの勝利の余韻に浸っている彼らには申し訳ないが、現実を伝えなければならない。
彼女は、次の東海との試合について考えている彼らを集めた。












「紅!」

受付で記帳を済ませた紅は、背中から暁斗に呼び止められた。
よ、と片手を上げて笑う暁斗。

「都選抜も頑張ってるみたいだな。次は東北なんだろ?」
「兄さん、知ってたの?」
「まぁな。全国の選抜を回ったから、勝ち残りそうな所は覚えてる」

第一会議室か?と問われ、紅は頷く。
こっちだと案内してくれる彼に並び、足を進めた。

「4強の一つだって聞いたわ」
「東海か?それを言うなら、関東もそうだぜ」
「番狂わせね」

はぁ、と溜め息を吐く彼女に、暁斗は笑う。
彼女の手から鍵を受け取り、会議室の扉を開いた。

「それでも、ちゃんと公平な視点で試合を見てたんだろ?」
「…まぁ、ね」
「十分だ」

扉を押さえてくれている暁斗にお礼を言ってから会議室の中へと踏み込む。
ぐるりと室内を一望し、ビデオデッキが置かれているそこへと足を運んだ。
暁斗は後ろ手に扉を閉めつつ、彼女の後に続く。

「で、お前は何をそんなに心配してるんだ?」

デッキの接続を確認していた紅の背中が、見て分かるほどに動きを止めた。
しかし、すぐにその動きは再開される。

「…身体能力…ってさ、そんなに凄いものなの?」

カチャ、カチャ、と順に接続を完了させていく。
あえて正面に回る事無く、暁斗は肩を竦めた。

「そりゃ、望んで得られるもんでもないからな。剣道の世界でも似たような事はあるだろ?」
「…そうだね」

カチャ…と音が止まる。
再び動きを止める彼女の背中を見つめる暁斗。

「東海選抜の人が言ってた。『個人技が身体能力に負けた』って」

生まれ持つ身体能力に努力による個人技が負けるのだとすれば。
それを認めてしまえば―――

「…そんなの認めたら、身体能力に恵まれなかった人は、どうなるのかな」

暁斗には理解できていた。
紅が何を案じているのかが。
彼女の脳内を占めるのは一人だ。
恵まれた身体ではなかった、生まれた時からの幼馴染。

「一つ。経験者からの言葉を言っておくなら…技術と身体能力は、優劣をつけるようなもんじゃないってことだ」
「兄さん?」
「身体能力が技術を上回る?それなら、その逆だってありえるさ」

そう言うと、彼はニッと口角を持ち上げた。
その不敵な笑みを彼女へと向け、彼は続ける。

「信じてみろよ。お前が評価する仲間だろ?それに…サッカーは、そんな単純なもんじゃない」

どこか楽しげな表情の暁斗に、自然と不安が押し流されていくのを感じる。
彼を見ていた紅は、一時を境にその表情を苦笑に切り替えた。

あぁ、兄さんだな。

素直にそう思った。
家族だからこそ、素直に受け入れられる言葉がある。
今の言葉は、まさにそれだった。

「あいつは上手いんだろ、紅?」

挑発するような視線と言葉。
最後の一押しまで、しっかりと付き合ってくれるらしい。

「…当然…でしょ」

大きな手が背中を押してくれた。














準備が整った頃、玲と共にメンバーが部屋に集まった。
それと入れ違うようにして出て行く暁斗。

「兄さん!」

紅は扉を抜けていった彼を追って会議室を出る。
片手を扉に残したまま、振り向いた彼に笑顔を向けた。

「ありがと」

彼はきょとんと目を瞬かせ、それから屈託なく笑う。

「俺の可愛い可愛い妹の為だからな」

そう言って歩いていく彼に、もう、と少し口を尖らせる。
けれど、その表情は嬉しそうだ。
曲がりなりにも責任者である彼は忙しい。
都選抜を主としているけれど、どうやら全国区でもそれなりの地位に居るらしかった。
だからこそ、彼は公平でなければならない。
トレセンが始まってからは、極力都選抜との関わりを避けていたわけだが…。

「俺も甘いなぁ」

東北選抜と都選抜が勝ち抜いたことを聞き、まず紅を探した。
フィールドに立つ事の出来ない彼女は、その中での選手の動向に敏感だ。
それが、翼の事であれば尚の事。
彼がその小柄な身体の所為で今まで苦労してきている事を知っているからこそ余計に。
東北選抜には、他国の血を受け継ぎ、高い身体能力を持った選手が居る。
彼を含めた東北選抜の試合を見て、紅はその影響力を感じたのだろう。

「ないもの強請りは無駄な労力。翼…潰れる前に、気づけよ」

暁斗自身の経験上、防御の要である翼が彼に影響される事は想像に容易い。
次の試合中は関西と北海道の選手のチェックをすることになっている。
都選抜の試合を見られない事を少しばかり不満に思いつつも、彼は持ち場へと歩いた。





「何の礼?」
「んー…秘密。それより…頑張ってね、翼」
「当然でしょ。身体能力なんかに負けると思ってんの?」
「思ってないよ。翼の技術は信じてる。だから…頑張って」

応援しか出来ない。
信じているから、見失わないで。
そんな思いの込められた言葉に、彼はいつものように勝気に、そして強く頷いた。

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07.12.26