夢追いのガーネット
Episode 45

「事前に連絡してありましたように、今回のトレセンにはマネージャーを3人まで許可してある。
選抜内の雑務に関しては、選抜ごとに処理するように。
手が空いたからと言って他の選抜を手伝う必要はない。あくまで、自分の選抜だけを念頭に置くように」

スラスラと詰まる事のない声が説明を続けていく。
紅は聞きなれた声が、人前に出るそれへと変わっていることに、どこか新鮮さを覚えていた。
もちろん、重要と思われる箇所にラインを引くなどの作業を忘れる事無く。

「施設に声を掛ければ、用具の補充を行う事もできる。案内板にて施設内部をある程度把握しておいてくれ」

一頻りの説明が終わったのだろうか。
ふと顔を上げた紅は、ぐるりと室内を見回す。
彼女が座っているのは一番後ろの席だ。
前に座っているメンバーは、10人以上。
暁斗の言うように、3人と言う限界人数のマネージャーが着いている選抜も少なくはないようだ。
都選抜合宿の二の舞はなさそうだ、と思いつつ、紅は手を挙げた。

「質問してもよろしいでしょうか?」
「所属と…いや、所属だけでいいか。何だ?」
「東京都選抜マネージャーです。
対抗試合は自選抜の雑務を行ないますが、全体練習の際はどうすればよろしいのですか?」
「各自の選抜の監督又はコーチの指示に従ってくれ。
場合によっては、合同練習のみ他の選抜マネージャーと協力してくれても構わない」

ただし、と彼はそこで一旦言葉を区切る。
そして、マネージャー全員を見回してから再度口を開いた。

「選手には何があっても手伝わせないように。
中にはフェミニストな野郎も居るかもしれないが…ここは、あくまでサッカー選手が自身を高める場所だ」

それを忘れるな、暁斗は声を低くしてそう言った。
そうして、彼の言葉が終わった所で、再度マネージャーの手が挙がる。

「東北選抜です。用具に関してですが―――」















解散、と言う言葉を最後に、会場内がざわめく。
各々の荷物を手に取り、マネージャーが部屋を出て行く。
紅は最後まで立ち上がろうとせず、手元のノートを見下ろした。
注意点などは全て漏れなく記入した筈だ。
トレセンの進行も、頭の中に入っている。
それらを照らし合わせながら、入り口が空くのを待った。
我先にと出て行こうとする入り口は、部屋唯一と言う事もあり混み合っている状態だ。
落ち着けば良いのになぁ、と思いつつも、他人事のように客観する。
もちろん、他人事なのだけれど。

「暁斗も今回は色々と条件をつけたみたいね」

ふと、ノートに影が差し、紅が顔を上げる。
同時に聞こえた声は玲のもので、彼女は紅を見下ろすようにして微笑んでいた。

「この間みたいな事は起こりそうになくて…安心したわ」
「…まぁ、この間のは運が悪かっただけですよ。あの子達も、普段はそれなりに動く子達だそうですから」

いい男揃いの状況に、少し悪い方向に興奮してしまっただけなのだろう。
あの後渋沢から謝罪された時に、彼がそう言っていた。
彼女らの方を庇う意図があったわけではなく、それが彼から見た普段の彼女らだったのだろう。
場所が変われば態度が変わる。
そういう人間は、どこにでも居るものだ。

「それにしても…。今回は西園寺監督の指示に従って進めばいいので、楽ですね」
「こき使うわよ?」
「望むところです」

他の監督に顎で使われる事を思えば、玲にこき使われる方が何倍もマシだ。
比べる事すら馬鹿らしいほどに。
即答する紅に、玲はクスクスと笑う。
すでに室内にマネージャーの姿はなく、入り口も漸く最後の一人を吐き出すことに成功したようだ。
心なしか開けっ広げのドアが疲れを見せているような…ありえないことだけれど…そう感じる。

「やはり、雪耶は君も連れて来たか」

玲のものではない、男物の声が聞こえた。
ノートやら筆記用具やらを仕舞っていた手を止め、紅が顔を上げる。

「榊さん。お久しぶりです」

そこに居たのは家でも何度か顔を合わせたことのある榊だった。
ペコリと頭を下げれば、彼はにこやかに頷く。

「久しぶりだな。君がマネージャーとしてついてきているなら、東京都選抜も心強いだろう」
「そんな事は…。ですが、榊さんの期待を裏切らないように頑張ります」

自信のない声ではなく、はっきりとした強い声。
大人を前に臆する事無くそう言ってのける彼女に、彼はより笑みを深めた。

「是非頑張ってくれ」

そう言い残し、彼は他の監督らに挨拶をするため、紅たちの元を離れる。
それを見送ってから、紅は立ち上がった。

「ガイダンスは全員参加になっているから、忘れないようにね」
「大丈夫。7時の開催式に続いて行なわれるんでしょ?ちゃんと頭に入ってるから」
「準備ばかりで夕食を食べるのを忘れちゃ駄目よ」
「それも大丈夫。翼が迎えに来てくれるって」

ほら、と開いた携帯を彼女に見えるように掲げてみせる。
そこには夕食前に迎えに行くと記されたメールが開かれていた。
集中すると食事を忘れる彼女の性格を熟知した翼の計らいだろう。

「それなら安心ね」
「じゃあ、また後で、姉さん」

最後の姉さん、と言う部分は声を潜めて発する。
まだ他の監督がこの場に残っている事を考慮した結果だ。
もちろん、他の監督は各々の事に忙しく、紅たちの会話に耳を傾けている者など居ないけれど。
片手で持つことの出来る少量の荷物を抱え、紅が部屋を出て行く。

「相変わらず妹が大事で仕方がないらしいわね」
「…妹が可愛いのは当然だろ」

玲は背後から近づいてきていた暁斗にそう声を掛ける。
彼の答えに、彼女は微笑んだ。

「このトレセンが、あの子にどんな影響を与えるのかしら」

どこか遠い目を見せる玲。
彼女が何を考えているのか、暁斗には分かっていた。

「さぁな。未来なんて、誰にもわからないだろ」
「…あの子はもう、決めたの?」
「………相談してきたら、話を聞いてやってくれ。恐らく…紅は、もう決めてるだろうけどな」

一時期は本当に煮詰まっているのか、部屋に篭りがちだった。
けれど最近はそんな様子もなく、無理しているわけではなく普段通りだ。
彼女なりの結論に達したのだろう、と暁斗は認識している。
雪耶君、と名を呼ばれ、暁斗は「はい」と短く答え、そちらへと向かった。
それを見送った玲は、夕食までの時間を使うべく、自身の部屋へと足を向ける。

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07.11.21