夢追いのガーネット
Episode 37

ネオンきらめく繁華街へと連れられた紅。
閑静な住宅街に自宅を構える彼女には、こんな夜の賑わいは珍しい部類に入る。
自然と、視線が道行く人やら、競うようにして目を引こうと光るネオンの掲示板へと彷徨う。
そうして寒空の下、息を白くしながら歩く事数分。

「雪耶、逸れるよ?こっち」
「あ、ごめん」

方向音痴ではないから、ホテルまで帰れないと言う事はない。
しかし、この人通りの多い中に放置されるのは嫌だ。
慌てて声の方へと視線を動かし、郭を追う。
彼女が離れてしまわない程度の速度で歩く彼に追いつくのは簡単だった。
その隣に少しばかり距離を開けて並び、今度は前方に見える範囲だけに集中する事にする。

「この辺なんだけど…あぁ、居た」
「居たって誰が――」

質問しようとして、紅は途中でそれを止める。
彼の視線の先に居た人物には、彼女も見覚えがあった。
まだ真新しい記憶の中に存在するその人は、こちらに気付くなり少しばかり驚いたように目を瞬かせる。
それから、何かを楽しんでいるような笑みに切り替えた。

『やぁ、英士。水臭いな、彼女が出来たなら教えてくれればよかったのに』
『からかうなら帰るよ、潤慶』
『冗談だって。紹介してくれないの?』

異国語による会話に、紅は口を挟む事無く郭の隣に並んでいた。
彼、潤慶の背後についている体格の良い二人の男子に見下ろされる視線を感じつつも、表情には出さない。
目つきの鋭い彼らとは打って変わって、潤慶は人の良い笑みを浮かべて彼女に向き直った。

「雪耶。都選抜のマネージャーだよ」
「初めまして。夕食で知ってると思うけど…李潤慶。ソウル選抜のMF」
「あ、雪耶紅です」

よろしくね、と手を差し出され、紅はそれを取って自身も名乗る。

『英士。この子、可愛いね。英士の彼女じゃないの?』
『だから、彼女は―――』
『ありがとう。でも、郭くんは恋人じゃないわ』

それを母国語とする人からすれば若干劣るけれど、それなりに流れの良い韓国語が彼女の唇から紡がれる。
潤慶は驚いた後に、へぇ、と感心したように声を上げた。

「いい発音だね」
「あなたには負けるわ」
「それだけ話せれば十分だよ」

お世辞もいくらか入っているとは思うが、それでも褒められて悪い気はしない。
繁華街の一角と言う場所には、いささか場違いのような和やかな雰囲気が漂おうとしていた。

「早く済ませよう。監督に見つかったら困るんだ」
「あ、そうだね。紅にも迷惑をかけるといけないし」

行き成り、名前でしかも呼び捨てと言う経験はあまりない。
紅は少しばかり目を見開き、しかし何も言わずに軽く肩を竦めた。
これは彼の性格のようだから、言うだけ無駄だろう。
郭と彼が場所を移そうと話を纏めそうになった所で、思わぬ声が一行の耳に届いた。

「つ、翼さん!」

切羽詰った声で呼ばれた名は、紅を振り向かせるには尤も効果のあるそれだ。
別人だという考えなど微塵も浮かばず、クルリと振り向く。
視界の端で郭も同様に背後を振り向いた事を捉えながら、その人物を見た。

「翼に柾輝…それに、風祭まで?」

前者二名はまだ分かるとしても、基本的に真面目な風祭までそこに居た。
この時間にこの場所に居るという事は、ホテルを抜け出しているという事だ。
監督が再三「夜間の外出は禁止」と言っていたのを、彼らは聞いていなかったのだろうか。
尤も、今まさにこの場所に居る自分に言えた事ではないが。











「英士がどんな顔でこれを買うのか想像して楽しんでたんだけど…そっか、紅が買ってくれたんだ?」
「うん。一応今を時めく女性グループを中心にしてあるんだけど…どう?」
「ありがとう!大満足だよ」

向かいに座る潤慶の満面の笑みに、紅は軽く微笑んでよかった、と答えた。
そして、先ほど注文したレモンティーを一口飲む。
そのテーブルについている全員が、何かしらの商品を注文していた。
しかし、飲み物だけなのは彼女ただ一人。
よく食べるなぁ、と思いつつも、育ち盛りと言う理由で納得した。

「こんなの、いつ買いに行ったの?」
「ん?先月末の土曜日」

言わなかった?と小首を傾げてみれば、聞いていない、という返事が即座に返って来る。
そんな素っ気無い返事に、紅はやれやれと心中で肩を竦めた。
どうやら隣に座る彼は、少しばかり不機嫌らしい。

「佐倉でも連れて行ったの?」
「悠希?違うわよ、郭と一緒だったから」
「………ふぅん、郭と、ね」
「…駄目だった?前に柾輝と出かけた時には何も言わなかったから、今回も必要ないかと思って話さなかったんだけど…」

紅がそう言えば、柾輝が「俺を巻き込むのか!?」とでも言いたげな視線を彼女に向ける。
機嫌の悪い時の彼の標的になろうものなら、翌日の体調を心配しなければならない。
主に口攻めなのだから、心配すべきは身体と言うよりも胃かもしれないが。

「柾輝と一緒になると思うの?」
「…違うの?」

紅は翼に対してではなく、その向こうに座る柾輝に問いかける。
彼は何も言わず、肩を竦めた。
この沈黙は肯定を意味すると受け取った彼女は、暫し悩む。
翼は基本的にクールで、あまりこう言うことを気にしないのだと思っていた。
だが、その認識は少しばかり違っていたらしい。
彼の中では、共に出かける相手は、その付き合いの長さにより変わるようだ。
今一理解できない部分はあるが、とにかく郭と出かけた事はあまりよくなかった、ということだけは分かる。

「ごめん。今度はちゃんと話すから」
「そうしてくれるとありがたいね。その事を聞いてれば、今日の事だってその繋がりだってわかったのに」
「…だって、翼がそんな事を気にするとは思わなかったし…」

初めてでしょう?と問われれば、翼は返答に困る。
確かに、こんな独占欲丸出しの遣り取りをした事などない。
しかし、それには理由があるのだ。
その理由は、一重に彼女が自分に疑わせたりするような行動を取らなかったから。
隠し事、と言うわけではないが、今回のように何も言わずに別の誰かと出かけたのはこれが二度目。
前回は先ほど話題の中で出たように、柾輝とだった。
あの時も事後報告になったのだが、特に何も言われなかったのを覚えている。

「男の子ってよくわからない…」

呟いた言葉は、誰にも聞かれることなく店の喧騒の中へと掻き消えた。














それから色々と話し込んだ後、選抜メンバーはそれぞれの帰路へと着く事になった。

「明日の試合で話せるといいね、紅」
「残念だけど…選手じゃないからフィールドには入れないわ」
「あぁ、それもそうか。じゃあ、今が最後かな。なんなら、メールアドレスでも―――」
「潤慶!雪耶も、こいつの冗談に付き合う必要はないよ」

少し声を鋭く彼を制すると、郭は紅を彼から引き離す。
そして、彼女に向かって真剣に語った。

「冗談じゃないのに」
「だったら尚更性質が悪いね」
「…さっきの店のやり取りといい、今と言い…君が彼女の恋人?」
「だったら何!?」

紅は郭と話している。
その間に、翼は不機嫌を露に潤慶に向き合っていた。
しかし、どう言葉を紡いでも柳に風と受け流され、苛立ちは募るばかり。

「惜しいなぁ。紅なら、もっとイイ恋人を見つけられると思うけど」
「…喧嘩売ってる?大体、馴れ馴れしく名前で呼ばないで」
「………じゃあ、東京選抜が勝ったら、変えてあげるよ」
「…上等!」
「引き分けの時は―――まぁ、いいや。じゃあね」

そう言うと、彼はさっさと翼の声を逃れて紅の方へと歩く。
そして、別れの言葉であろうそれを紡ぐと、後腐れない様子で仲間を連れて去って行った。
楽しむだけ楽しんで、さっさと帰る。
そんな印象だけを植え付けられ、翼はやり場のないそれを何とか抑え込む。

「さっさと戻るよ!」
「ちょ、引っ張らないでってば。…嫉妬って別に恥ずかしくないんだから、何も拗ねなくても…」
「拗ねてない。怒ってるの」
「…そっちの方が性質が悪いね、うん」
「大体、紅がちゃんと話さなかったのが原因だろ?」
「…って言うか、一から十まで全部知らせる必要はないって言ったのは翼だったよね…?」
「………時と場合による!」

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07.02.01