夢追いのガーネット
Episode 36

年明け前までは、紅は郭の事を「郭くん」と呼び、隣を歩いたりするほど仲は良くなかった。
それを説明するならば、時間を数日前の休日へと戻さなければならない。




登録してからと言うもの、そのアドレスの持ち主から連絡が入る事はなかった。
それが、今日になって突然、その番号からの着信。
表示された名前を見て、彼の友人が悪戯でもしているのか?と本気で考えた。

「もしもし?」
『あ、雪耶さん?』
「うん、そう。郭くん…よね」

半信半疑だったのか、お互いに確認しあう。
登録しているにも拘らずそんな事をしているのは奇妙であり、どこか当然事のようにも思えた。

『突然連絡してごめん。今…時間ある?』
「大丈夫よ」
『そう、ならよかった。さっそく本題に入るけど…近いうちに、一緒に出かけてくれない?』
「………はい?」

予想外も予想外。
まさか彼の口からそんな、お誘い染みた言葉が吐かれるとは思って居なくて、紅は間の抜けた返事を返す。
もう一度同じことを言われ、それが聞き間違い出ない事を悟った。

「別に、構わないよ。今週の土曜はどう?」
『俺の方はいつでも』
「なら、土曜ね。時間は―――」

そうして待ち合わせ場所やら時間を決めた。






その週の土曜日。
二人の出かけを後押しするかのように天気は快晴。
いつもは身を凍えさせる北風が少しばかり温かく感じるような、そんな日だった。
駅前で待ち合わせ二人のうち、先に来たのはどちらかと言えば駅に近かった紅。
私服に身を包んだ彼女は、通行の妨げにならない場所に立つと文庫本を取り出してそれに視線を落とす。
約束の時間までは、まだ15分もあった。

「雪耶さん」

10行進んだか、否かという程度のところで、紅は呼ばれた。
まさかまだ来るとは思って居なかったのか、少しばかり驚いたように顔を上げた彼女。
視界に入り込んできたのは、いつもとは違う雰囲気の郭だった。

「おはよう。待たせた?」
「おはよう。いいえ、大丈夫よ。予想以上に早いのね」

まだ時間前よ?と腕時計を見下ろして言えば、彼は軽く肩を竦めた。
いつもジャージ姿を見ている所為か、私服と言うのはどこか新鮮だ。

「約束した方が待たせるわけにはいかないでしょ」
「いい人だね、郭くんは」
「普通だと思うよ。少し早いけど、出発してもいい?」

目的があって自分を呼んだのだから、と紅は二つ返事で頷く。
歩き出す彼と、少し距離を開けてその隣を歩いた。

「買い物って、誰かのプレゼント?」
「…何でそう思うの?」

話題がなかったから、と言うわけではないが、気になっていた事を問いかける。
そうすると、逆にそう尋ねられ、紅は少し言葉を選ぶように口を閉ざした。

「普通の買い物に出かけるだけなら、私を呼ぶ必要はない。
若菜や真田の性格から考えて、二人じゃ駄目な用事って言えば、誰かのプレゼントしか思い浮かばなかったの」

違った?と首を傾げれば、少しばかり驚いたような視線と自身のそれが絡む。

「違わないよ。…そんな感じ」
「そっか。若菜だとあれやこれやって賑やかでゆっくり選べそうにないし…真田は苦手そうだもんね」

彼らの様子を思い浮かべたのか、紅はクスクスと笑った。
そんな彼女を見ながら、郭は心中で感心する。
自分の親友の事を、よく分かっているようだ。
何より、若菜の事を「煩い」ではなく「賑やか」と言ってくれたのが素直に嬉しい。
その二つは似ているようで全く違う印象を与えるから。
自分が退屈しないような話題を振りながら歩く彼女を見ながら、彼は親友との遣り取りを思い出していた。



「買い物ー?俺じゃ駄目なのかよ」
「結人が一緒だとゆっくり選べないでしょ。誰かいい人が居ればいいんだけど…」
「…!なら、雪耶!あいつに頼んでみろよ」
「雪耶…?」

誰か、こういうことに慣れていて、でも若菜ほどに賑やかではなくゆっくりと選べるような。
そんな人を探していた郭に、彼はそう提案した。
まだ数ヶ月の付き合いである郭には、紅が信用しきれていない。
選抜練習の時にサポートしてくれる彼女を嫌ってはいないが、それが好意であるかは頷きかねる所だ。
彼の印象では、まず女子である時点でマイナスから始まっていて、漸くそれがプラスまで足を踏み入れたばかり。
可もなく不可もなく、と言うのが一番正しいだろうか。

「彼女と出かけるつもりはないよ。大体、買い物に付き合ってくれなんて言って、勘違いされたら…」
「女子には煩くされたりサッカーの邪魔されたりで、いい印象がないのは分かる。
でもな、雪耶は違うぜ?ほら、いつだって一言の文句も言わずに俺らのサポートしてくれてるじゃん」
「それは…そうだけど」
「それに、あいつは椎名と付き合ってるんだし、そんな勘違いするような馬鹿じゃねぇって!なぁ、一馬!」
「え?あぁ、うん。雪耶なら…英士も、大丈夫だと思う」

突然話題を振られた事に驚くも、真田はしっかりと頷いた。
人見知りの激しい彼が、誰かに…況してや女子に高感度を持っている事自体も驚きだ。
彼がそう言うならば、本当にそうなのだろうか。
郭の中で、徐々に紅に対する見方が変わりつつあった。

「…わかったよ。一度だけね」
「おう。あいつを知るには一回でも十分だって!俺が、いや俺たちが保証する!」

そんな彼らの言葉に背中を押され、登録してから一度も使わなかったアドレスを呼び出した。
















簡単に事情を話せば、紅はすぐに郭の意図を理解した。
それならば、と行きつけのCDショップへと足を運ぶ。

「これはどう?歌もそう悪くはないと思うけど…」
「なら、それも。他に何かお薦めってある?」
「んー…あんまり詳しくはないから、好みが偏るけど…それでもよければ」

彼女の控えめな答えに、構わないと返す。
そうすると、彼女はCDショップの一角へと歩いていった。
数あるその中からいくつかを選び、郭の元へと戻ってくる。

「これなんかはお薦め。後、ビジュアルで選ぶならこれかな」

私の好みじゃないんだけどね、と悪戯に笑う彼女からそれを受け取り、ジャケットを見る。
そこに映っているのは女性アイドルで、好みで言えば自分もあまり好きではない。
けれども、日本国内ではファンも少なくはなく、彼に渡すには丁度いいだろう。

「これも買っておくよ。あと…」
「ん?」
「俺も、あんまり好みじゃないんだ。このアイドル」

そう言えばきょとんと目を瞬かせ、そしてクスクスと笑って「同じだね」と言う。
なるほど、彼女の隣では無理をしなくてもいいのか。
だから、親友達があんなにも手放しに信頼を寄せるのだろう。
今までの数ヶ月の間に、もっと話してみれば良かった、と思った。

「このくらいでいいよ。ありがとう」

まだCDを選んでくれている彼女をそう言って止め、彼は鞄から財布を取り出した。
そこで、はた、と気付く。
これを買いに行くのか?自分が?
思わず眉間に皺を寄せた所で、クイッと服の裾を引かれた。

「あの…良かったら、私が買って来るけど…」

表情を読まれたのかと思ったが、それにしては少し早すぎる対応だ。
どうやら、選んでいる時から考えていたらしい。
その申し出は実にありがたいもので、彼は籠と共に自分の財布を手渡した。

「頼むよ、ありがとう」
「うん。それはいいんだけど…人様の財布を預かるのはちょっと…」

この距離で落としてしまったり、なんて事はないと思うが、それでも抵抗はある。
そう言って財布を受け取ろうとしない彼女に、彼は笑った。

「なら、後から返すよ。とりあえず…一旦、払ってもらってもいい?」
「うん。今日は財布の中もピンチじゃないから大丈夫。じゃあ、ちょっと行って来るね」

そう言ってレジの方へと歩いていく背中を見送り、郭は携帯を取り出した。
今日出かける事は言ってある。
反応を待っているであろう親友達に向けて、メールを打ち込んだ。
すぐさま、「な、言ったとおりだろ?」と言う得意げなメールが返って来て、彼は僅かに口角を持ち上げる。
そうだね、と言う返信を送った所で、彼女が戻ってきた。
どうぞ、と買ったばかりのCDを差し出す彼女に、お礼の代わりにこの後の予定を提案してみよう。
もう少し、話をしてみたいと思った。

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07.01.18