夢追いのガーネット
Episode 31
あの風祭との勝負の後、天城はドイツに渡ることを決意する。
そうして、都選抜は一名抜け21人になった。
彼が抜けたことで色々と問題が生じてくる事も予想していたが、意外にも平穏に時は進む。
そして、世間は寒さも深まった12月を迎えた。
基本のトレーニングの後、ポジションに分かれての練習に入る。
自由なフォーメーションを考えてみろ、と言う玲からの声により、選手はまず頭を突き合わせていた。
準備さえしてしまえば練習によっては暇が出来るのがマネージャーだ。
紅は、前の練習はFWを見ていたから…と今日はDFの傍で話し合いを聞いている。
「―――だから、ここはそうじゃなくて…」
「口で説明するよりやった方が早くねぇか?」
「…それもそうだね。紅、ボール」
「はい、どうぞ」
「ついでにいつもの五助の位置について」
「雪耶が?」
私が?と本人が尋ねる前に、谷口から声が上がる。
それに続くように、他のDFメンバーから同様の視線が翼と紅を行き来した。
彼女自身は何とも答えがたく、その役目を放棄して翼に任せる。
彼はニッと口角を持ち上げた。
「心配要らないよ。うちのサッカー部を誰よりも近くで見てた奴だからね」
自信に満ちたその声は、一縷の迷いもなく澄んでいた。
その言葉の対象とされている紅は、思わず表情を緩める。
だが、それだけで終わらないのが翼と言う人間だ。
「ま、実力は微妙なところだけどね」
それを付け足されなければ、高い評価を受けた事だけを喜んでいられたのに。
そんな事を考えるが、それが彼なのだと言う切り替えの速さも、今までの経験から培われてきたものである。
さっさと始めるぞ、と言う翼の声に背中を押され、メンバーも続々と立ち上がって配置につく。
選抜チームのキャプテンは武蔵森のキャプテンを務めている渋沢だが、DF内ではやはり彼が中心的人物らしい。
飛葉メンバーが位置に着き、いつも五助が入っていた位置に紅も入る。
「とりあえず、位置。それから動きの確認な」
彼の言葉に「了解」と答えながらコクリと頷く。
それを見届けると、彼はすでに準備の整っている柾輝と六助を振り向いた。
「柾輝と六助。今回は紅のカバーよりもポジションを優先しろよ」
その指示に二人が頷く。
いくら紅が下手ではなく…寧ろ上手い部類に入るとは言え、選抜に残るようなメンバーとは比べ物にならない。
それをよく理解している彼らの間には「彼女をカバーする」と言う暗黙の了解があった。
もちろん、それが実行される機会は少ないが、ゼロではない。
誰が言い出したわけでもなく、それぞれがごく自然に行っていた事だ。
これは彼らだけでなく、カバーされている彼女自身も気付いていた。
それを気にせずに当然の事だと思えるような人間ではない。
「あのさ…私の事をカバーしていたら、楽しめないでしょう?だから…今度から別の人に頼んだ方がいいよ」
そう言ったのは、もう随分前の事だ。
メンバーが足りなかったりした時や、彼女を誘った時。
当然彼女を輪の中に加えていた自分達に対する言葉に、彼らは驚いた。
「紅は、俺達が紅をカバーしてたら楽しめないと思ってるの?今だって大人相手に快勝して、皆で喜んでるってのに?
それに、その言葉は俺達が女一人もカバーできないほど下手だって言われてるみたいで不愉快だよ。
第一、俺達から誘ってるんだから、迷惑だったり楽しくないわけないじゃん。それくらい、頭使って考えなよ」
見事な三倍返し。
その場でスラスラと紡がれる翼の言葉に、飛葉中メンバーは苦笑した。
だが、彼ら自身も翼と同じ考えなのだから、それを止める事はない。
はっきり言って、紅の気を使ったつもりの言葉は、彼らにとっては「何を馬鹿なことを」と言うものだ。
「別に、足を引っ張ったっていいんだぜ」
「そうそう!俺達がちゃーんとカバーすれば、最強なんだからな」
「それに、ウチの部員よりも十分上手いんやから安心しぃや」
「どんどん迷惑掛けろよ。いつも助けてもらってるんだ。こんな時くらい助けられてろよ」
それぞれが交代でポンポンと頭を撫でながら声を掛けていく。
どれもがあたたかくて、お礼を言いたいはずなのに込み上げてくるのは涙。
何とか流さないようにと堪えていたと言うのに、彼の言葉に最後の一歩を押されてしまう。
「代わりなんか要らない。俺達は、紅と一緒にやりたいんだよ」
嬉しくて、それ以上堪える事なんて出来そうになかった。
翼からのパスを受け、紅は一瞬足元に意識を移す。
その後、視線だけを左右に振って味方の配置を瞬時に悟った。
足元でボールをバウンドさせ、蹴り出す。
そのまま自分の足元からそれを離さないようにボールを運んだ。
翼から教えられた通りの位置から、それを寸分狂わせる事無く六助の足元へと落とす。
お手本のような綺麗なフォームに、目を取られたのはDFメンバーだけではなかった。
自分達と並ぶほどではない、それは分かる。
だが、それを差し引いたとしても十分に通用するだけの『何か』を持っている。
初めは、マネージャーがボールを蹴ってる、そんな野次馬的な意識から。
しかし、僅か数十秒のフォームは、いつしか全員の視線を集めていた。
それぞれが一時練習の手を休め、DFらの動きに集中している。
そんな様子を見ていたマルコは、同じくそれを見ている玲の元へと近づいていく。
『随分綺麗なフォームじゃないか』
『ええ。あの子には、私が全てを教えて…翼がそれを磨いたの』
『今からでも君の跡を継げるんじゃないか?』
彼の言葉に、玲はそう言われるのは予測済みだとばかりに笑みを作った。
そして、視線を彼女へと戻して答える。
『…もし、それを望むなら…私は、全力で彼女をバックアップしているわ』
私も、暁斗も。
そう言って少しばかり苦笑気味に笑えば、マルコは不思議そうに首を傾げた。
『あの子は楽しそうだが…望まないのかい?』
『楽しいからプロとして生きていきたいと思うかとは限らないでしょう?
あの子は…紅は、自分がやるよりも、やっている人を見るのが好きみたい』
玲の答えに彼はなるほど、と頷いた。
紅のマネージャーとしての動きを見ていれば、そう言われても納得できると言うものだ。
見ているのが楽しいからこそ、彼らが最大限の力を出し切れるようにサポートする。
そんな彼女の心が、その動きにありありと見て取れるからだ。
二人は、一向に練習を再開しない彼らを咎める事もなく、寧ろ同じように紅へと視線を向け続けた。
「雪耶…上手いよな」
「上手いって言うより、フォームが綺麗なんじゃない?」
「…え……?」
「…二人とも、何その顔は」
「いや…英士って雪耶の事嫌いなんだと思ってたから、そんなこと言うとは…。なぁ?」
「ああ。意外って言うか、何て言うか…」
「へー!雪耶って剣道だけじゃないんだなー」
「藤代くん、雪耶さんって剣道上手いの?」
「上手いも何も…全国大会優勝者だぜ?」
「そうなんだ。凄いや!」
「確かに、小島がフットサルに度々誘いたくなる理由はわかるな」
「―――で、わかった?」
「…おう」
「とりあえず…」
「まぁ、何とかなるだろう」
「何、その頼りない返事は。態々実演してやってんのに、何で分からないわけ?」
「まぁまぁ、翼。初めて見て、すぐに出来る方が凄いよ。私だって慣れてるから出来るだけなんだし…」
「…まったく…紅は甘いよ」
「翼が辛いので丁度いいんです。あ、監督が呼んでるから行って来るね」
「……………とりあえず、紅が戻ったらもう一回やるから…今度はあいつに見惚れてないでよね」
「「「(…ばれてるし…)」」」
「…翼もスパルタだな」
「ま、翼だしな」
この日、紅のプレーはそれぞれの心の中に、それぞれの形で残る結果となった。