夢追いのガーネット
Episode 30

夕方、夕食までの時間を潰すように、悠希から借りたCDを焼いていた紅。
パソコンから流れる音楽に耳を傾けながら、今日の授業の復習に勤しむ。
そんな学生らしい時間を過ごしていた彼女の部屋に、コンッと言う小さな音が届いた。
何をしている時であれ、それを聞き逃さないのはすでに反射的行動のようにも思える。
ゴロゴロ…とフローリングの上を彼女の椅子のキャスターが滑る。
肩からかけていたカーディガンに袖を通しながら、ベランダへと近づいた。
暗くなってきたから、と言う事で引いていたカーテンを開けば、案の定そこには背中を向けている翼が居る。
部屋に居るほかのメンバーに声を掛けていたのか、窓を開く音で振り向いた。

「忙しかった?」
「大丈夫。どうしたの?」
「紅って選抜メンバーの電話番号持ってたよね」

前に全員とアドレスを交換してある、と言ったのを覚えていたのだろう。
問いかけではない確認のような言葉に、紅は頷いた。

「全員の番号教えて」
「…一応聞くけど、何に使うつもり?」

信用していないと言う事はありえないが、人のアドレスを簡単に教えるわけにはいかない。
一応、と言う部分を強く押した所為か、翼はその考えに気付き「あぁ」と説明を始める。

「将だよ。面白い事やるみたいだから、メンバーも呼んでおこうかと思ってね」
「面白い事…?」
「天城と勝負するんだってさ。で、場所とかどうすればいいか分からないからって相談してきたの」

にっこりと笑う彼に、紅はやれやれと溜め息を吐く。
そして、部屋の中においてあった携帯を取りに戻り、再びベランダに足を運んだ。

「風祭はひっそりとするつもりだと思うけど…」
「ま、あいつならそうだろうね」
「…今回は大目に見るとして…今後、アドレスを変な事に使わないようにね」
「わかってるって。あ、紅も暇なら手伝えよ。さっきピザも頼んだし、食べてけば?」
「残念だけど、もう兄さんが用意を始めてくれてるから遠慮するわ」

デリバリーの物よりも、兄さんの手料理の方が好きだから。
そう言って笑う紅に、翼も納得したように頷いた。


紅は知らない事なのだが、暁斗は元々かなり万能型の人間だったが、唯一料理は得意ではなかった。
だが、彼女を日本に残す為には、自分が家事全般の全てをこなせる必要がある。
彼が苦手な料理を覚え始めたのは、両親の海外行きが決まってすぐの事だった。

「まったく…暁斗も大概シスコンだけど、紅だって変わらないよね」
「うん。兄さんの事大好きだよ」

彼女のために頑張っている彼に聞かせてやりたいと思う。
真っ直ぐに紡がれた言葉に、翼は口角を持ち上げた。

「翼ー。時間なくなるぜ?」
「あぁ、すぐ戻る。じゃあ、アドレス書き出してくるから…ちょっと借りるよ」
「私はそろそろ下りるから…食べ終わったら、貰うわ。着信とかには出ないでね」
「わかってる」

そう答えると、彼は彼女の携帯を揺らしながら部屋の中に戻っていった。
今になって気付いたが、ずっと彼の部屋の中に居た柾輝と六助がにやけた表情でこちらを向いているではないか。
二人の遣り取りをずっと見られていたのかと思うと、親しいとは言え恥ずかしさがこみ上げる。
その視線から逃れるようにくるりと踵を返すと、彼女はそのまま振り返りもせずに部屋を出て行った。
ただ、カーテンを閉める事だけは忘れなかったが。
















その週の土曜日。
珍しく全部活動が休みという絶好の環境に恵まれ、その日はやってきた。
木枯らし吹くグラウンドには、選抜のメンバーが集っている。
今日は練習ではないため、紅はジャージ姿ではない。
かと言って、自分の学校に私服で来るのは気が引け―――結果、制服でグラウンドに来ていた。
まぁ、そこまではよかったのだが…。

「足が寒い!」

昨日までずっと制服でスカートを着用していたのだが、休みの日と言うだけでいつもよりも寒い気がする。
スカートから覗く足は少し赤らんでいて、周囲のメンバーは思わず苦笑した。
彼らも試合中となればハーフパンツなのだが、やはりスカートとは違う。
こればかりは、男性陣には理解できない事だ。

「だから私服にしろって言ったのに…」
「だって…学校に私服で来るのって何か慣れない」
「それで寒がってりゃ世話ないよ」

まったく…と呆れたように溜め息を吐くのは、同じく飛葉中に通う翼だ。
彼からすれば、寒がるくらいならばもっと丈の長いコートを着て来いと言いたい所。
しかし、それを言えないのはやはり相手が彼女だからなのだろう。
呆れたと言う表情を前面に出しながらも、今まで保温のために来ていたジャージの上着を彼女に差し出す。
彼の真意をつかめず、紅はそれと彼とを交互に見やって首を傾げた。

「邪魔だから持ってて」
「あぁ、そう言う事か。了解です」
「腰にでも巻けば少しはマシなんじゃない?」

言い終わるが早いか、彼はくるりと踵を返し、今しがたグラウンドに到着した風祭の元へと駆け寄っていった。
彼の上着を手にそれを見送ると、紅はありがたくそれを使わせてもらう事にする。
皺にならないよう気をつけながらウエストに袖を巻けば、思いのほか吹く風を遮ってくれる事がわかる。
おぉ、と何やら小さなことに喜んでいる彼女の周りには、いつの間にかメンバーが寄ってきていた。

「椎名が優しいのなんて初めて見たぜ、俺」
「意外だー。いつもマシンガン飛ばしてくるのに」
「だよな。それのお蔭で俺のガラスのハートが粉々」
「お前のどこがガラスだよ」

各々好き勝手言っているが、どれも本気で彼を貶すようなものではない。
一つ一つに耳を傾けながらも、彼女はにこりと微笑んだ。

「自慢の彼氏ですから」

彼女の笑顔とその言葉に、一瞬沈黙が包み込む。
だが、次の瞬間には「惚気かよ~」とそれぞれが脱力したりと反応する。
そんな反応に、紅は楽しげにクスクスと笑った。
そこで、ふと思い出したように「そう言えば」と話を変える。

「皆のアドレス、断りなく翼に教えたの。ごめんね」

急な事だと思ってたから、すぐに返事をしてしまった。
そう言って手を合わせると、彼らはそんな事かと答える。

「別にいいって。アドレスくらい」
「そうそう。おかげで面白いもんが見せてもらえそうだしなー」

問題なし、と頷く彼らに、紅は今更ながら安堵する。
こんな小さな事で怒るような彼らだとは思っていないが…一応、言っておきたかったのだ。

「って言うか、あれって雪耶が教えたのか?結人から回ってきたから知らなかったよな」

ふと真田が隣の郭に問いかける。
彼も若菜から回ってきた一人のようだ。
全員に回すのが面倒だったらしく、仲間内の一人…特に社交性のある者にだけ連絡したらしい。
後は、それを伝えてくれと言うだけなのだから、一番手としては作業回数が減って楽だ。
恐らく、その間に伝言ゲームのように内容に食い違いが出てきてしまった物と思われる。













そうこうして賑わっているうちに、本日の主役である風祭と天城がゴールに向き直った。
真剣な空気が伝わってきたのか、今まで騒いでいたメンバーも次第に口を噤んでいく。
そうして、グラウンドはこのメンバーが揃っているというのに、不思議なほどに静まった。

「…特訓の成果が見れるね」

練習量だけは、毎回練習の度に聞くようにしている。
あまり度が過ぎるようであれば紅からも注意して身体を休める事を促しているくらいだ。
徐々に力をつけてきている風祭。
そんな彼の今の実力が、今回の勝負で明らかになる。
勝負はFW一人がDF三人をかわしてシュートを決めれば勝ちと言うもの。
天城に勝負を持ちかけた経緯を聞いた紅は、走り出したその背中を見つめた。

「何を伝えればいいのか分からないから、ボールに思いをこめる…か」

メールに書かれていたのは、そんな内容のことだった。
それが彼らしい、と微笑んだのはまだ数日前の事。
何を馬鹿みたいなことを、と考える人も居るかもしれないが、彼女は彼ならば出来ると思っている。
そう思わせる何かを、風祭の背中に感じていた。
彼の足に押され、白と黒のボールがグラウンドを弾みだす。

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06.11.05