夢追いのガーネット
Episode 25
8月、照りつける日差しが肌を焼く季節だ。
元々あまり日焼けしない紅は、黒くなると言うよりは赤くなって痛いだけで終わってしまう。
日焼け止めの欠かせない季節は嫌だな…と思いながら、紅は帽子の唾を下げた。
「ドリンクボトル回収するから籠の中に入れてくださいねー」
黒いポニーテールを揺らしながら、紅はその場に居る全員に届くように少しだけ声を大きくする。
現在時刻は集合時間の40分前。
集まっているメンバーは少なくはないが、決して多くもない。
まぁ、全体の約4割と言ったところか。
挨拶がてら一人ずつボトルを受け取った紅は、とりあえず今来ている全員の分があることを確認する。
「あ、雪耶じゃん。久しぶりー」
「おはよ、若菜。真田と郭くんも一緒なんだね」
一人ずつのボトルに間違えないよう苗字を走り書きした紙を輪ゴムで止める。
そんな作業を繰り返していた紅の背中に声が掛かった。
パチンと輪ゴムをボトルに嵌めつつ振り向いた彼女の視界に移ったのは三人組。
なるほど、彼らは一緒に集合してきたらしい。
「合宿振りだな!」
「若菜とは週一でメールしてるからそうは思わないけどね」
人当たりの良い笑みを浮かべるのは彼の性格ゆえだろう。
宣言通り、彼女は自分からメールや電話をしてくる事はなかった。
だが、代わりに相手からのコンタクトに対してはきちんと返事を返す。
2、3度の遣り取りでそれを悟った若菜は、週に一度程度の割合で彼女にメールをするようになったのだ。
コーチが推すだけの事はあり、サッカーに関して結構な知識を持っている紅。
彼女とのメールの遣り取りは何だかんだ言っても楽しいものだった。
「結人…そんなに連絡とってたの?」
「おう!雪耶とのメールって結構面白いんだぜ」
メールと言うのは文字での遣り取りだ。
それだけに、自分の真意が伝わらなかったり…酷い時には、全く逆の解釈をされてしまうことだってある。
紅のメールは飾り気のあるものではないが、自身の気持ちには正直だ。
それで居て、相手を傷つけたり不愉快にしたりする言葉をちゃんと分かっている。
惹かれる文章と言うよりは、どんどん次に繋げたくなるようなそれ。
気付けば日付が変わっていた、何てことも少ないけれど何度かあった。
「そうそう。雪耶」
「ん?」
「前にメールで話した本なんだけどさ…」
不意に、若菜と言葉を交わしていた紅を呼んだのは、彼らと共にやってきた一人である真田。
思い出したように話し始める彼に、彼女は「前に…」とその内容を思い出すべく記憶の引き出しを漁る。
「あぁ、あの本のことね。見つかった?」
ポンと手を叩き、首を傾げて問いかける。
話の内容がよくわからない若菜と郭の視線が彼女から、返事をすべき真田へと移る。
彼らの目など気にならないのか、真田は紅だけを見据えて首を横に振った。
「そっかー…。随分前の本だから、もう売ってないのかも」
いつ頃出回った本だったか…と思い出すように視線を彷徨わせた紅。
数秒そうしていた紅だが、不意にもう一度手を叩く。
「もう何度も読んだし…貸してあげる」
「え?や…それは悪いだろ」
「いいよ。自分の面白いと思ってるものに興味を持ってもらえるのって嬉しいし」
ね?と微笑まれてしまえば、元々押しの強い方ではない彼などいちころだ。
いつの間にか首を縦に振って、頷いてしまってからハッと我に返る。
こう言うのを後の祭というのだろう。
隣の親友二人が苦笑を浮かべているように感じるのは気の所為だと思いたい。
「何だよ、一馬も雪耶とメールしてんじゃん」
がしっと背中から首に腕を回される。
ニヤリと楽しげに口元を歪め、若菜は真田にそう言った。
こうしてからかいだした若菜は暫く止まらない。
明らかに悪乗りしている彼にもう一人の郭が人知れず溜め息を吐く。
そして、未だ離れていく事無く傍らで佇む彼女に視線を向けた。
元々マネージャーとしての仕事をこなしていた紅の元にやって来たのは自分達の方だ。
彼女から離れていくはずもない。
ふと、紅が二人から視線を外して郭の方を向く。
恐らく視線を感じたのだろう。
「…何?」
「何でもないよ」
そう言って首を振ると、未だからかう親友とからかわれている親友に向き直った。
紅は思案顔を浮かべながらも、それ以上問い詰める事はない。
郭が彼女を見つめていたのは、少しばかり興味が湧いたからだ。
人付き合いの良い若菜だけならまだしも、それが苦手な真田まで合宿以降に連絡を取ったと言う。
彼を動かしたのは彼女の人柄なのだろう。
だから、興味があった。
「…その辺にしておかないと…後10分で練習始まるよ」
クスクスと笑っていた紅がそう声を上げれば、思い出したように止まる二人。
彼らは彼女を見た後顔を見合わせた。
たった一声で二人を落ち着けてしまった彼女に、郭はより一層興味を煽られる。
興味は必ずしもいい意味ではないかもしれないけれど。
「真田。さっき話していた本だけど…次の選抜練習でいい?」
「あぁ、何なら俺が借りに行くけど?お礼に何か奢るし…」
「急ぎじゃないなら、次の練習の時にしてくれた方がありがたいかな。出掛けるのは…ちょっとね」
苦笑いに近いそれを浮かべながら彼女はそういった。
最後の部分で視線が一瞬だけ彼から外れる。
それには三人とも気付いたようだが、彼らは何も言わない。
丁度その時、集まっていたメンバーらに集合の声が掛かる。
「本なら次の練習の時でいいから」
そう言うと、紅が頷くのを見届けて先に歩き出した郭と若菜を追う真田。
彼らは他のメンバーに近寄りながら、先程紅が視線を向けた方へと意識した。
「………なぁなぁ、何か椎名に睨まれてねぇ?」
気のせいか?と問いかける真田と、それを否定するように首を振る二人。
彼女が先程視線を向けた先に居たのは飛葉中の三人。
その内の二人は苦笑、一人はこちらを射抜きそう…と言うほどではないにしても睨んでいる。
「あれだろ、雪耶と仲良く話してたから」
そう、何でもない事のように答えたのは若菜だった。
頭の後ろで腕を組み、悪戯に笑う。
「雪耶って椎名と付き合ってるって噂だったし」
「マジで?」
「おう。因みに本人にも確認済み」
「それ、噂じゃないよ」
冷静な返事を返すのはもちろん郭だ。
真田はと言えば、若菜の発言に「だからか」と納得した様子で頷いている。
先程紅が出掛ける事に対していい返事を返さなかった事を思い出しているのだろう。
「こんな所に彼女連れてくるなんてね」
呆れた様子で郭が溜め息混じりに呟く。
その声は二人にも届いていて、彼らは顔を見合わせた。
「別にいいんじゃねぇの?雪耶なら邪魔はしないだろうし」
「そこらのミーハーな女とは違うしな」
「…どうだかね。猫被ってるだけかもしれないでしょ」
肩を竦めて二人の言葉を受け入れず、彼は歩く。
どうにも、まだ信用できないらしい彼に若菜と真田は今一度顔を見合わせ、苦笑した。
彼らしいと言えば、実に彼らしい。
出会って間もない女子に好印象を抱けと言う方が無理だろう。
「英士、気が向いたら雪耶にメールしてみろよ」
「…結人?」
「世界が変わるかもしんねぇぜ!」
何を言っているんだとでも言いたげな視線を向けてくる彼に、ぐっと親指を立てる。
そして、そのままメンバーの元へと駆けていった。
残された二人はそれ以上何を話すでもなく彼の後を追う。
東京都選抜、第一日目の練習が始まろうとしていた。