夢追いのガーネット
Episode 24

和やかに飛葉中メンバーと談笑していた紅の携帯がピリピリと音を奏でる。
玲からの連絡はわかり易いように電子音にしていた事を思い出し、すぐに通話ボタンを押す。

「はい」
『あぁ、紅?彼らだけど、暁斗の案が採用されそうなの。例の資料をプリントしておいてくれる?』
「そうなんですか?良かった。了解です」

紅が嬉しそうにそう答えると、まだミーティングが続いているらしい玲は通話を切る。
パコンと携帯を閉じ、紅は立ち上がった。

「どこに行くの?」
「玲さんからの頼まれ事。マネージャーとしての最後の仕事…かな」

ジュースを飲みつつテレビを眺めていた翼が首だけを振り向かせる。
彼の問いかけに紅は笑顔で答えて、足取り軽く自室へと戻っていった。












午後3時。
合宿参加者全員が一室に集う中、玲が姿を見せる。
賑わっていた室内がしんと静まり、彼女の声が室内に響く。

「これからメンバーを発表します」

紅は部屋の一番後ろの壁に、暁斗と共に立っていた。
玲の声が次々にメンバーを読み上げていく中、彼が視線を彼女に向けたまま口を開く。

「これからがスタートだ。合格した奴にとっても、不合格だった奴にとっても」
「…うん」
「逃げるか進むか…ここから先は本人次第だな」

優しい声に、紅の表情が和らいだ。
以上20名、と締めくくった玲が、最後に告げる。

「ケガ人が出た時の補欠として、2人追加になりました」

読み上げられた名前は、小岩と風祭。
発表が終わると玲は尾花沢に場を譲る。
尾花沢の言葉の後、合宿は終了を宣言し、解散となった。






玲の声により合格者だけがその場に残る。
他の参加者が消え、22名とスタッフのみとなる室内。
彼らを見回した後、紅へと視線を向ける。

「雪耶、前に」
「はい」

急に名前を呼ばれた紅は、内心首を傾げながらも壁から離れて前へと歩いていく。
玲の傍まで寄れば、彼女は隣に立つよう促した。

「今回マネージメントを担当してくれた雪耶には、今後の選抜チームでもマネージャーを継続してもらいます。
今回の合宿で彼女の仕事ぶりはよく判ってくれていると思うから…反対は無いわね?」

玲の言葉に対し、頷く事はあっても反対の声が上がる事はなかった。
彼女に優しく背を押され、紅は一歩前に出る。
「部活とは勝手が違いますから不便もあるかもしれませんけど…宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げた彼女に向けられたのは、歓迎の声だった。


GK、渋沢・小堤。
MF、水野・伊賀・上原・桜庭・杉原・間宮・若菜・郭。
DF、椎名・内藤・谷口・木田・黒川・畑。
FW、真田・藤代・天城・鳴海。
そして、補欠として風祭・小岩。

以上、22名が東京都選抜の合格者である。
















「あー…何だか忙しい三日間だった」

ボスンとベッドに寝転がって呟く。
クーラーを効かせなければやっていられないような暑さに、パタパタと団扇を動かす。
沈みつつある夕日が窓から差し込み、室内を赤く染めた。

「選抜に都大会かぁ…これから忙しくなるね…」

行儀悪くも足先で鞄を引き寄せ、その中から少し使い込んだ様子のノートを取り出した。
ペラペラと捲っていって『東山村中』と書かれたページでその指を止める。
自身の見慣れた字を追って、左から右へと内容を拾い上げていく。
徐々に集中し始めた彼女は周囲の全てを遮断した。

「紅ー。飯出来たぞー」
「あ、はーい!」

紅が作業を始めておよそ1時間。
ベッドの上には二冊のノートと4色ボールペンが放り出されている。
先程までの作業の後を残した状態で、紅はクーラーを切って階下へと降りて行った。

「大分集中してたみたいだな。何してたんだ?」

2回呼んだんだぞ?と暁斗は笑う。
そんな彼に、紅がごめんと肩を竦めた。

「1回戦の相手の情報を絞ってた」
「あぁ、そういや都大会が始まるんだったな。1回戦の相手は?」
「東山村中学。見た所フラットスリーが存分に活かせるし、大丈夫だよ」

言葉を交わしながらも向かい合って食事を進める。
くるくるとパスタをフォークに巻き付けながら紅が楽しげに話す事に暁斗が相槌を打つ。
両親の姿は無いものの、そこには家族の団欒があった。














翌日、部活に出るべく通学路を歩く紅と翼。

「何か…三日間あっという間だったね」
「あぁ。ま、選抜合宿だったんだし…当然だね」
「それにしても…これからが忙しくなるね、翼は」

よく晴れた空は、まだ時間が早いお蔭か夏の暑さだけではなく爽やかさも感じられる。
あと一時間もすれば太陽がしっかりと昇って茹だるような暑さになるだろうが…。

「何言ってんの。紅だって同じだろ、選抜マネージャーなんだし」
「あ、それもそうね」

忘れていたわけではないけれど、どうにも選手の方が忙しいように思ってしまう。
それは紅がマネージメントを苦と思っていないからと言うのもあるだろう。

「それより、足はどうなの?病院は?」
「大丈夫だけど、今日の午後の診察時間に行って来るよ。丁度、練習は午前中で終わりだし…」
「…じゃあ、今日はあんまり動かないようにしなよ。声を掛ければ誰だって動くだろうから」

部員からの信頼も厚い彼女の事だ。
一言声を掛ければ、誰もそれを聞き流したりはしないだろう。
翼との関係が明らかな今でさえ、影ながら彼女を見つめる輩は多い。
我先にと競う可能性もあるな…と、翼は声に出さないながらもそんな事を考えていた。

「じゃあ、声掛けたら手伝ってね?」

断るなどありえないと言う確信の元に紡がれるお願い。
翼は前に向けていた視線を紅へと移動させ、返事の代わりに笑ってみせる。
言葉は必要なかった。

「それにしても…三日間、キャプテンも監督も不在だったけど…練習できてると思う?」
「まぁ、能力の向上は期待できないね。低下してない事だけを祈るよ」
「やっぱりそうかなー…。一日目は兄さんが指導してくれたらしいけど…」

どうなっただろう、と紅は呟く。
隠すまでも無いことだが、暁斗自身もサッカー経験者だ。
日本代表確実とまで謳われた彼だが、結局そちらの道に進む事はなかった。
代わりに今の会社を立ち上げ、数年で大企業と肩を並べるまでに上り詰め、今会社は絶えず右上がり。
生憎彼が指導しているところを見た事は無い紅。
シスコンと言っても過言ではない彼だが、紅とて彼の事は大好きだ。
一度指導する姿も見てみたいな…と思う。






「…雪耶って性格は兄さんに似なかったんだな…」
「いや、寧ろ似てなくて嬉しいだろ…」
「顔のパーツが似てるだけに性質が悪いぜ、アレは…」

今日も忙しく動く彼女を遠目に、部員がそんなことを呟く。
合宿参加者は、彼らの言葉に首を傾げるが、誰一人として口を割ろうとはしなかった。

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06.08.24