夢追いのガーネット
Episode 23

見つめられては右を見て、覗き込まれては左を見て。

「…何で目を逸らすわけ?」

傍から見れば、非常に面白い光景がそこにあった。
どうやら、紅が諦めるよりも翼の我慢の限界の方が近そうである。












点数には結びつかないながらも、翼のプレーはその場の目を惹いた。
それに触発されたように軽やかなフットタッチでボールをコントロールした藤代。
DFに囲まれた状況でありながら、そこから得点へと結びつけた彼。

「藤代!椎名交代!」

加点を示すコールの後、尾花沢の声が飛んだ。
ここに来て、立て続けに有力選手の交代。
しかも、今の二名においては今しがた素晴らしいプレーを見せたばかりだ。
これにより、選手の中には、この試合の仕組みに気付き始める者も現れた。
気付くには至らないながらも真っ直ぐな藤代。
彼が尾花沢に抗議の声を上げると、玲は漸く今回の試合の仕組みについて語り始めた。
一抜け方式のこの試合は、合格者20人の枠を争うサバイバルゲーム。
それぞれの脳内にその事実が刻み込まれた頃、紅は二人分のドリンクボトルとタオルを抱えていた。
邪魔にならないように気を配りつつも、先程交代…つまり、合格を言い渡された二人の元へと近づく。

「お疲れ様。それから、おめでとう」

後半部分は本人のみに聞こえるように。
紅は柔らかく微笑んで、藤代にそれらを手渡す。
彼は屈託の無い笑顔を浮かべてそれを受け取った。
そして、彼女はもう1セットを見下ろす。
見覚えのありすぎるドリンクボトル。
これを手渡し、その持ち主に一声かけるのがマネージャーとしての仕事だ。
公私混同は自分らしくないと言い聞かせ、紅は彼の方へと歩き出した。

「お疲れ様」

紅は視線を一瞬だけ絡め、翼にタオルとドリンクを手渡す。
さほど長時間フィールドを駆けたわけではないが、それでも運動量としては結構なもの。
タオルを受け取って汗を拭う彼を、紅は視線を合わせないように横目で捕らえていた。

「…紅?」

不自然なまでにそらされる視線に、彼が気付かないはずもない。
ストローを唇に挟みつつ首を傾げる彼。
だが、紅は何もと首を横に振る。
そして、それ以上何も聞かれないようにと試合に集中するように視線をフィールドに向けた。










ホイッスルと共に前半戦が終了。
忙しくドリンクやタオルを配り終えた紅は、前半戦のまとめをノートに記入していく。
暁斗は必要ないと言ったのだが、紅はこの素晴らしいプレーの数々を記録として残しておきたかった。
後々役に立つかもしれないからと、最後まで食い下がる彼女に折れたのはもちろん彼。
苦笑を浮かべつつも、こうして物事に真剣になれる妹を誇っている。
綺麗に、それでも忙しく動くペン先を眺めつつ、暁斗は肩を竦めた。
そうしている間にも時間は過ぎ、ハーフタイムは終了。
次々に読み上げられる合格者に一言ずつ声を掛けていく。
合計10人の交代を宣言し、試合は後半へと移った。
後半に入ってからと言うもの、Bの動きが変わる。
立て続けに点数を獲得し、3-0を同点へと追い上げ更には3-4へと逆転する。
しかし、期待されているAもそれだけでは終わらなかった。
明らかな実力を持って6-4へとゲームを運ぶ。
終了のホイッスル間際でBの小岩の放ったボールがゴールネットを揺らした。
選手の表情には満足感が溢れていて、試合が残したものは勝敗だけではない事がわかる。

紅は最後の一文に点数を記入しようとして、そのペンを止めた。
そして、最後の行を空欄のままにノートを閉じる。
















建物内を暁斗と共に歩いていた紅。
間もなく始まるミーティングに参加する彼に付き添っていたのだ。
そんな時、向こうから角を曲がってきた人物に気付く二人。

「おー、翼。お疲れさん。んで―――………この続きはまた後にしとくか」
「お疲れ。もう会議は始まってるんじゃないの?」
「俺は途中参加」

暁斗は翼と軽く言葉を交わす中、いつもならば自分よりも先に声を掛ける紅が沈黙している事に気づく。
じっと彼を見ているにも拘らず、目が合いそうになれば逸らす。
そんな事を繰り返している彼女に内心苦笑し、その背中をトンと押した。

「わ、暁斗兄?」
「翼。会議が終わるまでこいつを預かっててくれよ。3時のミーティングに連れてきてくれればいいから」

翼の返事を聞く前に頼んだぜ、と歩き出してしまう彼。
困るのはもちろん残された方だ。
別に翼の方には何も問題は無いのだが、不本意に彼の方へと押しやられた紅は違う。
目線を合わせることも難しい状態で、彼女はすっと身を引いた。
先程から一向に絡み合わない視線に翼が気付かないはずも無く、彼の形良い眉が眉間へと寄せられる。





そして、時は冒頭へと戻る。
まず、がしっと頭を掴まれた。
逃げ場を失った視線は彷徨い、最終的に恐ろしいほどに笑みを浮かべている彼の目に固定される。

「いい加減にしないと、怒るよ」

もう怒ってるじゃん、と言う勇気な言葉は、流石に飲み込んでおいた。
身長はそれほど変わらないのに、やはりそこは男女の差だろうか。
自身の頭をすっぽりと掴んでしまう彼の手の大きさを意識する余裕があるのは何とも不思議だ。
そんな事を考えていた所為か、恐ろしいと思ったのも忘れて彼に視線を返す。
目を逸らす事を忘れている彼女に、翼は首を傾げた。

「必死で目を合わせないようにしていたかと思えば、今度はじっと見てきて……一体何?」

紅は彼の言葉にハッと我に返り、再び視線を逸らそうとした。
だが、掴まれたままの頭が動く事はない。

「…離してくれると嬉しい」
「話すなら離してあげる」

音としては同じ単語が並んでいるが、当事者である紅には正しく変換されたようだ。
暫し悩むように彼を見ていた彼女は、やがて渋々口を開いた。

「………ら」
「…聞こえないけど…」
「格好良かったからって言ったの!」

半ば叫ぶようにそう言うと、紅は彼の手の力が緩んだ隙にそこを抜け出す。
とは言っても痛いほどの力ではなかったのだから、本気で抜け出そうとすればいつでも出来たのだが。
いよいよ頬を赤く染め上げた彼女は、唇を尖らせてふいと横を向いてしまう。

「………何が?」
「いつもは嫌味なくらいに勘がいいのに何でこんな時だけわからないの!?」
「そんな事俺に言われても……って言うか、何気に失礼だよね。で、何が?」
「(本気でわかってないの!?)」

頭を抱えたい思いだ。
ただでさえ向けて格好いいと発言するのも珍しいと言うのに、そこに「誰が」を付けろと言うではないか。
頼むから持ち前の頭脳を生かして気付いてくれと思うのだが、彼女の思いも空しく翼は紅の答えを待つ。

「…………………」
「…………………」
「…………あー、もう!試合中の翼が格好良かったって言うの!会話の流れからわかるでしょう」

恥ずかしいんだから言わせないでよ!と紅は今度こそ声を張り上げた。
翼を見ていられなくなった彼女は視線を足元へと落とす。
床の模様を数えてみたりと、意味も無い行動は数秒続いた。
その間、二人に―――否、その場に音は無く、沈黙が支配している。
居た堪れなくなった紅は、仕方なく顔を上げた。

「………つ、ばさ…?」
「…………反則だろ、それ」

顔を覆うようにかざした手の隙間から見える肌の色は赤い。
珍しい光景に、紅は目を瞬かせた後言葉を失った。
両者沈黙と言う奇妙な状況を誰にも見られなかったことは、不幸中の幸いと言えるのだろうか。

「…おめでとう、翼」
「ん。ありがと」

どちらとも無く笑いあう、それが二人の自然な姿だった。

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06.08.02