夢追いのガーネット
Episode 17

自動販売機の前で飛葉中メンバーと別れ、紅は単独真田・若菜・郭の部屋を訪れた。
とは言っても、鍵を受け取るなりそのまま立ち去ったので時間はさほど要していない。
人懐こい若菜の誘いを丁重に断った紅は、再び自動販売機の前に戻ってきたわけだが―――

「何でこの短時間で居ないわけ?」

待ってると言ったのはどの口だ、と思わずには居られない。
すでにアイスの空箱はゴミ箱に捨ててあるので、居た事は間違いないのだが肝心の彼らは忽然と姿を消していた。
どうしようかと一瞬は悩む紅だが、とりあえず鍵を先に届けようと思い立つ。
そうしてその場を離れて歩く紅の耳に、賑わう声が届いてきた。
ドタドタと裸足の足音数人分と、ボールの跳ねる音。
これを聞いて彼らが何をしているのかなど、紅にわからないはずが無い。
呆れ半分、と言った様子で彼女は笑った。

「サッカー馬鹿ばっかり」

まぁ、だからこそこの選抜と言う場所まで来る事が出来たのだろうが。
呟く声を自身で聞き取りながら、音源の方へと足を向ける。










「西園寺コーチ!」

丁度良かった、と紅が嬉しそうに玲を呼んだ。
いつものように玲姉さんと呼ばなかったのは、彼女の傍らに今回の合宿参加者の姿を捉えたからだ。
尤も、玲はいつものように「紅」と彼女の声に返事を返してくれたのだが。

「どうしたの?」
「いや、シャワールームの鍵を受け取ったって言う報告をしておこうと思ったんです」

玲に駆け寄ると、紅は彼女と共に居た少年―水野に向かって軽く頭を下げる。
話を中断させてしまっただろうかと思う彼女に、玲が気にしなくてもいいと言った。
どうやら話自体はすでに終わっていたらしい。

「あ…」

不意に、紅が玲の向こうに見えている廊下に目を向ける。
ボールと戯れつつそこを走ってくる少年数名。
楽しそうにしているな、と考えた紅の視界の端に、とある人物が映りこんだ。
丁度彼女の視界左の方から階段を上ってくるその人物は――

「将!柱の間!」
「シュート!」

翼からのパスを受けた風祭が、藤代の脇をすり抜けて『柱の間』に向けてボールを放つ。
柱の間…つまり、彼らがゴールに見立てたそこにあるのは、階段だ。
ボールは綺麗に弧を描き、まるで吸い込まれるかのようにそこにぶち当たった。
階段を上機嫌で上ってきていた、尾花沢の顔面に。

「わぉ、ジャストミート」

思わず紅が呟く声に、玲と水野が小さく噴出した。
青褪める風祭と藤代、そして我先にと難を逃れる他の参加者達。
この賑わいの原因の元が前者にある事は、もはや明白であった。

「何やっとるか―――っ!!」

尾花沢の怒声が建物を振るわせる。
















朝日が瞼を刺激する頃、紅はごく自然に眠りから覚める。
思ったよりもしっかりと覚醒しているようで、起きた直後だと言うのに今日の日付を即座に答えられそうだった。

「…5時半か…」

すでに立ち上がっていた携帯の画面を覗き、紅は小さく呟いた。
そして隣のベッドを見て、まだ玲が眠っている事を確認する。
スタッフとしてはそろそろ起きなければならないだろうと、紅は強張った身体を解すように伸びをした。

「玲姉さん、そろそろ起きないと」

ベッドから足を下ろし、彼女に向けて声を発する。
軽く身じろぎした玲はゆっくりと瞼を開いた。
数回の瞬きの後、彼女は薄く微笑む。

「おはようございます、姉さん」
「おはよう、紅」

寝起き美人を見られた事は役得だ、と紅も自然と笑顔になる。
玲の寝起き期間は非常に短い。
数分後にはすっかり覚醒してしまうので、寝ぼけているのはごくごく短い時間なのだ。
その時間に居合わせられたことに密かに喜び、心中でガッツポーズ。
どんな姿でも、玲は紅にとって理想であり目標でもあった。

…紅もあと8年も経てば、立派に彼女のような美人になれるのだが…それを、本人が知る由もない。





兎にも角にも、玲が覚醒した時には紅はすでに着替えた後。
彼女が洗顔の後戻った頃には、玲も着替えを終えていた。

「私、先に食堂の方に行ってますね。準備しておく事とかあったらメールでもしてください」

玲にそう声を掛け、紅は携帯をポケットに押し込んで部屋を出て行く。
足取り軽やかに食堂へとやってきた彼女。
そこで目にしたものに思わず長い溜め息を吐き出す。

「…白紙…ね」

紅が手に持っていたのは、備品のチェック表だ。
昨日使ったサッカー用具の数を照らし合わせ、チェックを入れていくだけの簡単な作業。
特に頭を使う必要も無いのだからと例のマネージャー二人に頼んであったのだが…。
予想通りと言うか、何と言うか。

「ほんっと、いい度胸してるわ。あの子達」

自分の部活の後輩だったならば、容赦なく怒鳴りつけている所だ。
流石にこれは支障が出るから困る。
紅は暫くチェック用紙を睨みつけるようにしていたが、考えを纏めると厨房の方へと歩いていった。
おばさん達との挨拶を終えると、紅は早々に彼女らに頼みごとをする。
無論、彼女らの返事はYesだった。







ボールやビブスの数から、空気の調子など挙げだしたらキリがない。
とりあえず必要になるであろう用具のみのチェックを済ませると、漸く一息ついた。

紅が食堂のおばさんに頼んだのは、おにぎりでいいので用意してもらえないかと言うことだ。
朝食の時間に食堂に入れないと思ったからである。
彼女らは一日動くのにおにぎりだけでは駄目だと、彼女の為に朝食を早く用意してくれた。
有難くそれを頂き、ドリンクを作り終えて、昨日済んでいる筈だった備品のチェックを終わらせ、現在に至る。

徐々にメンバーが練習場に集い始めていた。
紅は一通り準備を終えていることを確認すると、スタッフの人にも仕事が無いかを尋ねる。
今の所はないよと言う返事を貰い、紅はそれならばと練習風景を眺めるべくグラウンドに足を運んだ。
そこで二人の少女の姿を捉える。
込み上げてきた言葉を飲み込むように一度深呼吸をすると、彼女はその二人の元へと歩み寄った。

「佐倉さん、尾花沢さん」
「あ、雪耶さん」
「昨日はごめんね。悠希が体調を崩しちゃって、仕事が出来なかったの」

声に反応した二人は振り向き、声の主が紅である事を知ると途端にそう言った。
その事がまず始めに出てくる辺り、気にはしているようだが。

「悪いけど。見え透いた嘘に騙されるほど馬鹿じゃないから。付いてきて」
「う、嘘じゃないわよ!」

カッと頬に朱を走らせ、佐倉が思わず声を荒らげる。
それが紅の言葉を肯定する結果になっているとは恐らく気付いていないのだろう。

「付いて来るのか、来ないのか。どっち」

怒鳴るでもない無表情での言葉に二人が声を詰まらせる。
紅の態度には淡々としているが故の怖さがあった。
くるりと踵を返して建物の方へと歩き出す彼女を、二人が渋々ながらそのあとを追う。

「あぁ、尾花沢監督。丁度良かった」

建物の玄関に来たところで、丁度グラウンドへ出ようとしていた尾花沢と出くわす。
彼は自身の姪とその友人、そして紅を交互に見やりながら口を開いた。
だが、その声が発せられる前に紅がそれに自身の声を重ねてしまう。

「この子達は仕事をしていません」
「何…?」

本当なのか、と言う視線が彼の姪へと向けられる。
親族がゆえに庇ってくれると思っているのだろうか。
彼女は縋るように口を開いた。

「雪耶さんこそ仕事してないじゃない。昨日の午後の二時間と夜、どこに居たの?」
「だそうだが?君は何をしていたんだね」

姪の言葉ならばなんでも鵜呑みにしてしまいそうな監督に、紅は深く溜め息を吐き出した。
人の前で溜め息を吐くのは失礼と思いながらも、そうせずには居られない。

「…今手にされている資料は個別技力表ですね。その資料を誰が作成したのか、監督はご存知ですか?
先程言っていた午後二時間と夜の時間の全てを費やして私が作成したものです。
その間彼女達にはマネージメントを任せてありました。結果は…言うまでもありませんけれど」

彼は紅の言葉に、自身が腕に抱えていた資料をチラリと見つめる。
先程、綺麗に纏められていて読み易い資料だ、と思ったばかりなだけに、それを出されてしまえば反論は出来ない。

「私の手が空いていない時に動いていただけないなら手伝いなど不要です。手が空いているなら私は自分で動きます」
「何で雪耶さんにそんな事言われなきゃなんないのよ!」
「そうよ!監督でも何でもないのに!」

思わずカッと声を荒らげる二人を、紅はこの時初めて睨み付けた。
有無を言わせぬ眼光を受けて彼女らはビクリと制止する。

「口を動かすだけのマネージャーは要らないって言ってるの。はっきり言われなければわからないの!?」
「な…!君、それは失礼だろう!」

自分の姪が怒鳴られる事に慣れていないのか、猫可愛がりしているのか。
紅は咎めるように声を上げた彼に、視線を動かす。

「私は三度注意しました。
仏の顔も三度までと言うくらいなのに、何故一端の人間である私がそれ以上我慢しなければならないんです?」

馬鹿も休み休みにしてください、と紅は些かきつい口調でそう言う。
言葉を詰まらせる彼に対して、畳み掛けるように言葉を重ねた。

「私がマネージャー主任をすると言うことを了承されたんですよね?ならば、ご自分の決断に責任を持ってください」
「雪耶…どうしたの?声を荒らげるなんて珍しい…」

不意に、背後から聞こえてきた声に紅が振り向く。
驚いてはいるようだが、恐らく原因はわかっているのだろう。
牽制するような眼差しを彼女らに向けた後、紅の隣に立った。

「西園寺コーチ。彼女らの面倒まで見切れません」

暗に邪魔だと言う心情を含ませ、彼女にそう言った。
それだけで心得たり、と頷く玲。

「尾花沢監督?雪耶に主任を任せても構わないと頷いたのは監督でしたわね。
マネージャーの事に関する決定事項は全てこの子が持っているはずですよ」
「あ、あぁ…それは……確かに」
「ならば、問題に口出しは無用です。判断は雪耶に委ねるとしましょう?」

有無を言わさぬ声色でそう言った玲。
尾花沢に用意された返事は肯定のそれのみ。

「…では、監督。この二人が仕事をしないわけが無いと仰るなら…監督が自身でお確かめください」

睨みつけるようなそれから一転。
紅は笑顔を浮かべてそう言った。
数秒後には、今日の紅の仕事は玲のサポートのみに決定する。
そして、彼女らは尾花沢のサポートを任される事となった。

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06.06.15