夢追いのガーネット
Episode 11

期待していたわけじゃない。
寧ろ、あぁなるようになったんだなぁと言うのが率直な感想だったりする。

「あの子達は使えそうも無い?」
「使える使えない以前に、仕事内容を聞きに来る素振りもありませんよ」

やはり紅の身を案じていたらしい玲は彼女に様子を聞きにきた。
良い返事を返せない事は残念ではあるが、事実なので仕方が無い。
テストの合間の参加者を捕まえて楽しげに会話を弾ませている二人を見て、紅は深い溜め息を落とす。
自身の黒髪を邪魔にならないよう高い位置で結い上げると、彼女は諦めた様子で玲に向き直った。

「私はどこのテストの手伝いをしますか?」
「別にどこでも構わないから、希望を聞くわ」
「なら、結果記入の一番難しいものでいいですよ。………あの子達に複雑なものは無理だと思いますから」

ちらりと横目に彼女らを捕らえ、答える。
そのつもりだったのか、玲は紅から告げられると嬉しそうに頷いた。

「話が早くて助かるわ。じゃあ、ボールコントロールの所にお願い。見本としてプレーしてもらうから」

そのつもりで居てね、と玲の一言。
強化合宿に呼ばれるような人の前で見本…と紅は眉を寄せるが、彼女は紅の肩を叩いて「大丈夫よ」と残す。

「普段通りにやれればいいの。教えてあげたでしょう?」
「…わかりました。じゃあ、先に向こうに行っています。彼女達への仕事の説明は…」
「私がしておくわ。すぐに手が要りそうだから、向こうに行って頂戴」

彼女たちの方を見た紅だが、先程と何ら変わらぬ様子の二人に重い溜め息を吐き出す。
初日からこれでは先が思いやられると言うものだ。
尤も、彼女らの相手をする方もする方だが。
いっそ「何の為にここに来ているのだ」と聞きたくなってしまう。
その言葉を胸の奥深くへと飲み込み、彼女はボールコントロールを担当するスタッフの元へと走った。











「―――口での説明はこの程度にしておいて…見本を見せましょうか。雪耶」

テスト結果の記入用紙やら何やらの確認をしていた紅は玲の言葉に「はい」と返事を返す。
そして全てが整っている事を確認すると、彼女の元に歩み寄った。

「説明は聞いていたわね?」
「もちろんです」
「なら、サークルの中に入って頂戴。君、サーバーをお願い」

すぐ傍に居たBのビブスをつけた少年に声を掛け、もう一方のサークルへと促す。
Tシャツにジャージと言う運動には適した服装ではあるが、考えるまでも無く彼女は女。
ボールコントロールの説明を聞いていた参加者の中には密かに笑う者も居た。
その中で、一際小さいという印象を受ける少年が「あ」と静かに反応する。
彼の隣に居た少年が、その声に首を傾げた。

「マネージャーのあの子がどうかしたの?風祭くん」
「あの人、女の子だけどサッカー上手いんだ」
「へぇ…そうなんだ?」
「普通の部員よりも上手いかもしれない」

そう言って嬉しそうに語る彼だが、実は未だに紅と言葉を交わせていなかったりする。
彼女も中々忙しい身であることに加えて、風祭の方も時間さえあればサッカーをしているのだから無理はない。
そうこうしている間に準備が整っていたのか、サーバーの手をボールが離れる。
自身の向かいへと弧を描いて降りてきたそれを膝頭でトンと持ち上げ、真上より少しだけ右寄りへとあげた。
落ちてくるそれを今度は足首の内側で蹴り、サーバーの元へと返す。
何の不安定さも感じさせない綺麗なフォームに、彼女の失敗を笑おうとしていた者は目を見開いた。
明らかに、付け焼刃の初心者ではない。
自分の技力に自信のある者はさておき、不安を感じている者に対してはより一層それを煽る結果だった。
当然の事ながら玲はそれを見越して彼女に見本として立たせたと推測される。
五回全部を難なくサーバーの元へと返すと、紅は何でもなかったかのようにサークルを離れて作業に戻る。
褒め称える暇すら与えない彼女に、玲は「紅らしい」と笑みを浮かべつつテストを始めるよう告げた。






「テスト終わったら私のところまでお願いします。名前と点数を記入しないと無効になりますからね」

テストが始まる前にそう言っておけば、終わった者から自然と彼女の元にやってくる。
自分が気にしている必要も無いので気分的にも随分楽だった。
点数を捏造しないようにだけ気をつけておけばいいのだ。


一番初めの人が終わるまでは暇なので、紅は他のテストを見ていく。
先程までは仕事をする気が全く無い様に見えた例の女の子達も、それぞれ別れて手伝いに励んでいた。
その顔は遠めに見ても不満げで、玲が何か言ったのだという事は想像するに容易い。

「なぁ」
「ん?結果報告?」

声を掛けられ、くるくると回していたシャーペンを止めると声の主を振り向く。
目の前に立つ彼は紅の問いかけにコクリと頷いた。

「んじゃ、名前と点数と………ビブス番号はいいや。見ればわかるし」

そこまで言って、紅は漸くまともにその人物を見た。
そして「あっ」と口を開く。

「?」
「あ、えっと…ごめん。真田くん…だよね」
「俺の事知ってんのか?」

彼、真田の言葉に紅は「それなりに」と曖昧な答えを返す。
事前調査を怠らない彼女は興味本位でユースの練習も見学に行ったのだ。

「一馬!何やってんだよ?」

テストを終わらせてきたのか、真田の元に駆け寄ってくるもう一人の少年。
彼もまた、紅には覚えのある選手だった。

「ナンパか?紹介の時にそういう対象で見るなって言ってたじゃん」
「だ、誰がナンパなんかするかよ!」

かぁっと頬を赤らめる彼に、後から来た少年は調子に乗ってからかいモードに入ってしまった。
邪魔するのもなぁ、と紅が悩んでいると、背後から更にもう一人見覚えのある少年がやってくる。
スタスタと慣れた様子で彼らの元に歩み寄り、一言二言で黙らせる辺り何とも手馴れたものだ。

「…真田くんに、若菜くん、あと…郭くんだったよね。聞くまでも無いとは思うけど、点数宜しく」

話がひと段落した所で紅は彼らに向かって声を発する。
思い出したように彼女を振り向く三人のうち二人が驚いた様子を見せた事に、紅は首を傾げた。

「雪耶さん、何で名前…」
「一応マネージャーだし、覚えていてもおかしくはないと思うよ」

それより点数…と心中で思う。
しかし、彼女の内心を知る由もない彼らは納得していない様子だった。
そんな彼らを見て、紅はふとユースの練習風景を思い出す。
フェンス越しの黄色い声援は尽きる事は無く、彼女が制限している飛葉中よりもかなり酷かった。
そのことを考えれば、初対面の女子に名前を覚えられる事に対して過敏になっていても無理は無い。

「ユースの練習を見に行って、凄くサッカーしてる姿が印象的で………兎に角、その時に覚えたの」

褒めだしたらキリがないと早々に説明を打ち切り、紅は自身の言葉を完結させる。
真正面から照れるでもなく真剣にその言葉を受け取った三人は思わず沈黙した。
一種のブランドのように見られる事が嫌で出来るだけ関わらないようにしてきたのだが…。
こうして、真剣な姿を見てくれているのならば、見られることも悪くはない。
自然とあわせた目線で、他の二人が同じ事を考えているのだと悟る。
つらつらと軽い言葉で褒めちぎられるよりも、短いけれども重みのある言葉が嬉しいと思った。

「俺、若菜結人!さっきのテストは10点だ!」
「郭英士。同じく10点」
「真田一馬だ。点数は二人と同じ」
「やっぱり全員満点か。ま、想像通りだね」

そう言って口元に笑みを浮かべながら、紅は記入用紙の名前欄からそれぞれの名前を探す。
その隣に書いてある番号がビブスと一致しているのを確認し、点数を記入した。
癖が無く読みやすい字が紙の上に書き綴られる。

「なぁなぁ!さん付けって慣れないから呼び捨てOK?」
「好きに呼んでくれていいよ。あ、もう報告してもらう事もないから次のテストに行ってね」

まるで厄介払いのような言葉ではあるが、彼らは素直にそれに従った。
すでに彼女の視界から外れたところで、少しばかり足を止めて彼女の動向を見つめる。
一人一人を真剣な眼差しで見ては、手元の紙に何かを書き込んでいく。

「…マネージャって言っても捨てたもんじゃないみたいだな」
「ああ。真面目だな。今もボールの空気調べてるし…」

若菜がにっと口角を持ち上げて笑う。
彼の言葉に続け、真田が頷きながらそう言った。
視線の先には足元に転がってきたボールを足で押さえる彼女の姿がある。
数回踏むように足を動かした彼女だが、ポンとそれを持ち上げると自身の手の中に落とした。
そして脇にあった空気入れを差し込んで中のそれを調整する。
再び何度かリフティングすると、彼女は満足げに笑ってそれを脇に置いた。
丁度新たにやってきた人の結果を記入するためにボードを手に伸ばす。

「………ほら、俺達も次行くよ」
「あ、待てよ、英士!」

よく動く彼女は見ている分には飽きないが、いつまでもこうして時間を潰すわけにも行かない。
先に歩き出す郭を追うようにして、真田と若菜も続いた。
休憩時間に彼女の手が空いているようなら、少し話をしてみよう。
若菜は密かにそう決めると、嬉々として次のテストの方へと歩き出した。

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06.05.07