夢追いのガーネット
Episode 10

確かに食堂のおばさん達が好まなさそうな子達だなというのが紅の意見。
それと同時に、自分とも反りの合わない性格なのだろうという事を悟る。
彼女らは対して悪びれた様子も無く、椅子に座るよう促されるままに紅の隣二つに座った。
二人の後に入ってきたのは、未だミーティングルームに姿を見せていなかったメンバーだ。
「時間厳守」とお咎めの声に謝罪する姿は様々。
そんな中、紅は驚きに表情を染める翼を見ていた。
隣の玲はと言うと…それは楽しげに彼の反応を見守っている。

「は…?」

小さく呟く声は、彼をBと分ける声によって掻き消された。
その事にむっと眉を寄せるも、素直に空いている席へと歩いていく。
後で説明、と紅に唇の動きで伝える事も忘れずに。








「最後になるが、サポートスタッフとしてマネージャーを頼んである」

合宿中の諸注意などを終えた尾花沢はそう切り出した。
彼の視線は合宿参加者から紅を含む三人へと視線を移した。

「西園寺コーチ、紹介を」

そう言って彼は場所を譲る。
今まで椅子に腰掛けたまま沈黙していた玲が席を立ち、先程開けられたばかりの場所へと立った。

「右からマネージャーの尾花沢悠希さんと佐倉有希さん。そしてマネージャー主任の雪耶紅さん」

紅は玲の言葉に眉を寄せる。
片方は苗字が親友と同じな上に、最近仲良くなった小島と名前が同じ。
そしてもう片方は名前が同じく親友と同じだと言う事に対してである。
嫌な偶然だ、と紅は深々と溜め息をつきたかった。
ミーティング中なので貼り付けた笑顔で何とか乗り切るが。

「一応挨拶してもらいましょうか。尾花沢さんからお願いね」
「はーい」

間延びした返事も然る事ながら、その内容に軽い頭痛を覚える紅。
誰が自分のアピールをしろと言った…と心中で呆れた声を発する。
延々と続きそうな自己アピールを途中で遮り、玲は次の彼女へと移らせる。
あまり変わらない内容のそれに、紅は名前以外を聞き流す事で対処した。

「雪耶さん」
「…はい」

漸く自分か、と紅は溜め息を隠して立ち上がる。
45人の参加者の方へと向き直り、彼女は腰を折った。

「マネージャーを務めます、雪耶です」

紅がそう言うと、参加者の一部が目の色を変える。
眼鏡は着用しているものの、レンズの向こうに見える顔立ちは整っている。
落ち着いた雰囲気を持つ彼女に、一部の参加者が浮つくのを感じて彼女は心中で溜め息を零した。

「失礼承知で言っておきます。他の方はどうか知りませんが、私はあなた方目当てに来たわけではありません。
そういう対象で見るのはやめてください、迷惑です。あくまでサポートの為に来ていますので」

淡々と語っていた彼女は最後に柔らかく微笑んだ。
そして、前の二人の締めの言葉に倣うように言葉を続ける。

「彼氏の方は現在募集していませんので悪しからず。三日間宜しくお願いしますね」

最後にもう一度頭を下げるその仕草は優雅で、それで居て酷く自然なものだった。
言葉の内容に呆気に取られている参加者を他所に、紅は自分の為に用意された席へと戻っていく。
自分の言葉に不快感を示していない参加者をちらりと見て、大体が目ぼしいと判断していた者だと気づいた。

「募集してねぇんだとさ」
「………何が言いたいわけ?」

隣の柾輝の声に翼はじろりと彼を睨みつけてそう問いかける。
彼は「別に?」と答え、次いで話し出した尾花沢の言葉に耳を傾ける振りをした。

「ホントに…曲がった事が嫌いだね。何も敵を作らなくてもいいのに…」

そう呟きながらも、翼の表情は柔らかかった。
ちなみに紅の最後の言葉は、前の二人の「彼氏募集中です!」と言う最後の締め括りを用いたものだ。
さり気無く喧嘩を売っているようなその言葉は、彼女の内心の苛立ちを表しているかのようである。
















ミーティングが終了し、ぞろぞろと団体が練習場へと移動していく。
紅も色々と準備があるので足早に廊下を進んでいた。
とは言え、団体の波に飲まれるのは嫌だったために態々遠回りしているが。
そんな彼女の耳に、自分を追ってくる足音が届いた。

「なぁなぁ!あんたって雪耶紅だろ?」

背後からポンッと肩を叩かれ、振り向けば満面の笑みでそう問いかけられた。
先程自己紹介もしたのだから、知っているだろうに…と思いつつも声を掛けてきた彼を見る。
自分より身長が高く、短い黒髪に目元の黒子が印象的な少年だった。

「そうだけど…武蔵森の藤代?」
「え?俺ってそんなに有名!?」
「んなわけあるか!始まって早々に何ナンパしてんだよ!」

藤代は背後から頭をスパンッと叩かれ、思わず紅の肩を離す。
そのまま立ち去ってしまおうかと思ったが、流石にそれは失礼だろう、と紅はその場にとどまった。

「剣道強いんだって?うちの剣道部のキャプテンが負けたって話してたからさ。どんな子か気になったんだ」
「あぁ、剣道部関連ね」
「で、さっきの挨拶!遊び気分で来てないって事が嬉しかった!だから話してみたいと思ったんだ」

そう言ってニカッと笑った藤代。
彼の笑顔と、言われた内容に紅は口元を綻ばせた。

「そう感じてくれた人が居るなら嬉しいよ。じゃあ、準備があるから…」
「あ、うん。引き止めてごめんな!また後で!」

手を振る彼に軽く自身も振り返し、紅はその場を離れた。
興奮冷めやらぬ彼の声が、先程頭を殴った先輩の怒号に掻き消されているのを背後に聞きながら。

「何か…犬みたいな人」

武蔵森試合を見たことが無かった紅は、事前調査の為に合宿前に練習風景を見学に行っていた。
その中でも彼女が割と高く評価していた人物が、彼。
活発なドリブルで敵陣を走る彼に興奮を覚えたのは、まだつい最近の事だ。
合宿中の動きにもよるが、彼は恐らく合格するだろうと紅は考えている。
武蔵森の練習風景を思い出しながら歩いていた彼女は、角を曲がってきた人物に気付くのが遅れた。

「っと。大丈夫か?」

ポスンと軽い衝撃と共に、降って来た声。
余所見をしていたのは此方だからとすぐに謝ると同時に彼女はぶつかってしまった人物を見た。
そして、お互いに顔を認識した所で「あ」と声を揃える。

「先日はお世話になりました」
「いや、こちらこそ」

行き成りお互いに頭を下げあう姿は傍から見れば中々面白い光景だっただろう。

「誰か探してるの?練習場は逆方向だけど…」
「いや、後輩がどこかへ走っていったんだ。それを探してるんだが…。藤代を見ていないか?」

前に来てくれた時に話したエースの事なんだが、と渋沢は言った。
紅は先日武蔵森を訪れた際に、偶然出会った彼に色々と教えてもらっていたのだ。
先程の挨拶はその事である。

「彼なら、さっきご機嫌に走っていったよ?方向的に練習場の方へ」
「あぁ、それなら問題ないな」

安心したよ、と彼は笑う。
どうやらあの後輩はあちらこちらで騒いでくれるので野放しにするのが少しばかり不安のようだ。
先程の三上との遣り取りを思い出した紅はクスクスと笑う。

「大事にされてるね、彼」
「はは…過保護なだけかもしれないけどな」

どちらから声を掛けるでもなく、二人は練習場へと足を運ぶ。
他愛ない会話の中、そう言えば…と渋沢が口を開く。

「さっきの挨拶だけど…。ありがとう。真剣に考えてくれている事が嬉しかったよ」
「…どういたしまして。藤代くんにも喜ばれたよ」
「あいつらしいな」

そう言って笑う彼に、紅は自身の考えは間違っていないと思えた。
批判めいた視線もあったが、こうしてちゃんとわかってくれている人も居る。
それだけで、彼らのサポートを頑張ろうと言う気持ちになれた。

「こっちこそ、ありがとう」

小さく紡いだ声は、渋沢の耳に届く事は無い。
それじゃあ、と先に駆け出した彼の背中を見ながら、天性のキャプテン気質だな…と考えていた。

「さて、と。彼らの為に頑張りますか!」

身体を伸ばし、仰いだ空は爽やかに澄んでいた。









「キャップテーン!雪耶ってやっぱりあの雪耶でしたよ!」
「“あの”雪耶?」
「そうそう!ほら、前に話してたじゃないっすか。剣道部のキャプテンに勝ったって言う女子生徒の話」
「あー…そうだったな。その女子生徒が彼女なのか?」
「はい!さっき本人に確認してきました!話してみたらすっげーいい子で…」
「放っておけよ、渋沢。雪耶に会ってご機嫌なんだ、あいつは」
「…らしいな」
「俺もあの挨拶での啖呵が気に入った」

ニヒルな笑みを浮かべる同輩と上機嫌の後輩に、渋沢は軽く苦笑を浮かべた。

どうやら自然と人を惹き付けるらしいな。

そう思いながら、練習場の端で仕事をこなしている紅に視線を向ける。

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06.05.04