夢追いのガーネット
Episode 07

試合終了のホイッスルが響く。
片方は肩を落とし、そしてもう片方は仲間と肩を抱き合って喜びを分かち合う。
互いのチームが並び、審判の声の後に頭を下げあう。
決勝戦は桜上水の勝利で幕を閉じた。





「お疲れ」

そう言って笑顔で迎えるのが自分の仕事。
代わりに泣くなんて言う芸当は出来ないから、笑顔で彼らを迎えたい。
安っぽい慰めにならないよう気をつけながら労いの言葉を重ね、紅は一人ずつタオルを手渡した。
そして、ふと足を止める。
パイプ椅子に腰を下ろし、一人仲間の輪から逃げるようにしてその場に佇む彼。
残っている腕の中のタオルを見下ろし、そして紅はきょろきょろと目当ての人物を探した。

「柾輝」
「ん?」
「これ、お願い」

そう言って彼にタオルを押し付ける。
自分で渡さないのかと言う視線を向ける彼に、紅は哀しげな笑顔を浮かべて首を振った。

「私が行くと気を使わせるから」

弱いところと言うのはあまり見せたくないものだ。
いくら相手が弱いところも含めて全てを見せて欲しいと言っても、それを許せない自分がいる。
紅は自分にもそういう部分があるからこそ、翼の心境をそう悟った。
今の彼に、自分は近づくべきではないと。

「頼んだよ?」

柾輝はそれ以上何も言わず、頷くとくるりと踵を返して翼の元へと向かう。
彼ならば翼のプライドを傷つけずに自分の頼みを全うしてくれるだろう。
そう判断して、紅は救急箱を手に持った。
















桜上水の方へ挨拶にと歩き出していた玲に便乗し、紅も彼らの元へと向かう。
監督の元へと足を向けた玲と別れ、彼女は選手の方へと進めた。
そして、目当ての金髪を前に彼女は足を止める。
無論、自分のすぐ傍らで足を止められれば誰でもその存在に気付かずにはいられない。
金髪の彼、佐藤成樹は落としていた視線を持ち上げた。

「あんさん確か…」
「飛葉中マネージャーの雪耶です。失礼かとは思いましたけれども、放っておくよりはいいかと思いまして」

そう言って紅は彼の右肩に触れる。
痛がる彼の声を無視する形で、紅は黙り込んでいた。
彼女の真剣な眼差しに佐藤も声を上げるのを止める。

「…脱臼はしてないみたいですね。傷めた程度でしょうけれど…一応テーピングさせていただけませんか?」
「別に構へんって。マネージャーさんには無関係なんやし、気にせんでええよ」

後でちゃんと病院行くし、と彼は断った。
しかし、紅は首を振ってそれを受け入れない。

「固定する事で悪化を防ぐ事にもなります。私が嫌ならチームメイトの方にしてもらってください」
「………面倒見がええっちゅーか、なんちゅーか…」
「よく言われます」
「ほな、よろしゅう頼んますわ」

そう言って佐藤は折れるなり服を脱ごうとする。
しかし、痛む肩では上手くいかず、結果紅によって止められた。

「一時的な固定ですし、服の上からしておきましょう。下手に動かすと逆効果ですから」
「おおきにな。せやけど…いつ気付いたん?」

くるくると胴や肩に太目の包帯を巻く紅に、彼は問いかける。
紅は視線を上げずにハーフタイムと短く答えた。

「あんなに離れとったのに?」
「違和感やぎこちなさって言うのは、案外離れた方が気付きやすい場合もあるんですよ」
「なるほど…」
「はい、終わりです。どうです?」

きゅっと端を結び終えると、紅は漸く彼を見て首を傾げる。
彼女の問いかけに佐藤は軽く身体を動かした。
確かに動きはかなり制限されるが、その固定は的確らしく、痛みは無い。

「おおきに。自分、凄いなぁ…。何や勉強でもしとるん?」
「…兄が『出来るに越した事は無い』というモットーを掲げた人ですから」

小さい頃から色々と教えられました、と笑いながら残った包帯をくるくると巻く。
そんな彼女の微笑を素直に綺麗だと思った佐藤。
不意に、彼は彼女の背後で何やら怪しい動きを繰り返す人物に気付いた。

「小島?何やっとん?」
「え!?あ…」

突然声を掛けられた小島は焦ったように視線を彷徨わせた。
彼が声を発した時点で、紅は彼女の方を振り向いている。
明らかに自分に何か言いたそうな彼女の様子に、紅は首を傾げた。

「えーっと…桜上水のマネージャーの…小島、さん?」
「う、うん!小島有希っ!」
「ちなみに女子部のキャプテン兼任や」

佐藤の補足に、紅はへぇと感心したような声を上げた。
そして彼女の方を振り向き、にこりと笑う。

「飛葉中の雪耶紅。生憎マネージャー一筋だけど」

よろしくね、と手を差し出し握手を求める。
小島は一瞬遅れるが、すぐに彼女の手を取った。

「所で、私に何か用事?」
「用って訳じゃないんだけど…」

そう言って彼女は視線を逸らす。
そんなに言いにくい事なのか?と思いつつも紅は急かす事無く彼女の言葉を待った。

「小島、何や恋する乙女みたいやで。そんな似合わん事しとらんとはっきり言うたらどうや?」
「煩いわね!わかってるわ!……雪耶さん!!友達になりましょう!」

先程まで躊躇っていたかと思えば、今度は随分直球だ。
後ろで大爆笑している佐藤の肩を案じつつも、紅はクスリと口元に笑みを浮かべる。

「もう友達だと思うけど…私でよければ喜んで」

向けられた笑顔は、小島の表情に輝きを広げる。
その表情に従妹の少女(小学校三年生)を思い出し、紅は思わず癖で撫でそうになる自身の手を止めた。
何だか妹みたいな子だな…と考えつつ、握手とばかりに差し出された手を握り返す。
隣の彼の呆気に取られた表情から、随分と人により性格が変わる子らしい。

「今度休みにでも一緒にサッカーしましょう!」
「あー…そうね。部活が無くて時間が空いていれば、ね」

可能性はかなり低いけれど、と彼女は心の中で付け足す。
無論、部活が無ければ時間は取れそうに思えるのだが、生憎彼女は部活が休みの週末は予定が入る事が多い。
それは―――

「デート?」

小島の問いかけに紅はYesともNoとも答えずに微笑む。
その笑みに思わず二人が見惚れたのをいい事に、彼女は救急箱の中からタグとボールペンを取り出す。
止血を始めた時間などを記入しておく為に入れてあるものだ。

「はい。これが携帯の番号とアドレス。多分間違いないと思うけど…違ってたらこっちの自宅に電話してくれればいいよ」
「ありがとう!あ、私のも…」
「いいって。そのアドレスにまた送っておいて。後で登録するから」

慌てて書くもの書くもの、と自身にパタパタと手を当てる彼女に、紅はそう言って笑った。
頷く小島の脇から紙のタグを覗き込み、佐藤が口元を持ち上げる。

「ええもんもろたなぁ、小島」
「あ、無断で人に教えるの禁止ね。特に男子」
「うん。わかった。でも何で?」

小島の問いかけに紅は立てた人差し指を唇の上に乗せて答えた。

「誰かさんが嫌がるから、ね」

友達になってからなら問題ないんだけど、と紅はそう付け足した。
つまりは、隣の佐藤に教えるなよ、と。
恐らくはそれを指して彼女は小島にそう言ったのだろう。

「手厳しい姫さんやなぁ」
「姫なんてガラじゃないよ。これでも剣道で全国制覇してるし」
「「はい?」」

二人の声が揃った事に、紅は不思議そうに首を傾げた。
彼女の容姿からすればまさか全国大会優勝者だとは誰も思わないだろう。
見た目は知的で、どちらかと言えばデスクワーク派に見える。
尤も、それは眼鏡を着用している事もある程度手伝っているだろうが。
確かに運動音痴と言う風には見えないが、よもやそれほど強いとは…。
人は見かけや性格によらないものだと言う事を身に染みて感じた二人だった。

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06.04.26