夢追いのガーネット
Episode 05

あのフットサルから数日後。
週末を迎え、決勝戦の会場となっている学校のグラウンドは賑わっていた。
すでに両学校の選手は徐々に集い始め、それに伴ってギャラリーも増えていく。
そんなグラウンドに二人乗りのバイク音が響き渡る。
駐車場に停まったそれに、見慣れていない桜上水の視線が集まった。

「はい、到着」
「ありがと、玲姉さん」

ひらりと軽い足取りで玲の背後から降り立ったのは紅だった。
被っていたフルフェイスのヘルメットを外せば、中に押し込められていた黒髪が背中へと流れる。
美女、美少女揃っての登場に視線にも熱が篭る。
そんな中、いつの間にか玲に呼ばれていた翼が彼女らの元まで走ってきていた。

「あ、おはよ。翼」
「おはよ、じゃないだろ」

そう言ってギャラリーを沸かせるような笑みと共に、彼はぐいっと紅の頬を引っ張る。
それを咎めるように声を上げるが、それは言葉にはならなかった。
彼の指が緩むなり、紅は自身の両頬を手で包む。

「あれほど玲のバイクの後ろには乗るなって言ってるだろ。何で守れないの」
「だって…遅刻しそうだったから…」
「遅れそうな時ほど危ないんだって!ったく…玲も紅を乗せるなよ!」

矛先を玲へと変えると、彼女はにっこりと微笑んで見せた。
そして、翼の背後を指差す。
彼は振り向こうとするが、それよりも早く頭上に重量を感じた。

「俺の可愛い妹をいじめんなよ、翼姫」
「うっわ…暁斗!?重いって!!」
「紅、この荷物はどうするんだ?」

翼の文句など聞いていないと言う風に、暁斗は肩から提げていた大きな荷物を指して紅に問う。
彼らの遣り取りに慣れてしまっている紅。
すぐにお礼と共に荷物を受け取ると、そのまま飛葉中メンバーが集まっているところに走っていった。

「雪耶先輩!あ、あの格好いい人は誰なんですか!?」
「あぁ、黒髪のあれ?」

荷物を置くなり自分の周りに集まる同学年やら後輩やらの女子生徒。
彼女らが言っている『格好いい人』に当たる人物は一人しか思い浮かばなかった。
紅は彼女らに微笑みつつ、口を開く。

「あれ、私の兄さん」
「お兄様!」

納得したのか、何やら感激した様子で頬を赤らめる彼女ら。
紅はその様子に苦笑を浮かべた。

「でも、あの人は駄目だよ。凄く美人の恋人が居るから」

翼もいいが、あの人も凄くいい。
そう言って賑わう彼女らに、紅の言葉が届いたかどうかは謎である。





紅に置いていかれた翼はと言うと…。
何とか暁斗から逃れ、彼を睨みつけていた。

「何で暁斗がこんな所にいるの?」
「お前、失礼な奴だなー。態々車出して荷物を運んでやった人に言うセリフかよ?」
「…それはありがとう。
で、何で紅を一緒に乗せてこないの?暁斗が来るなら玲のバイクに乗る必要なんてないじゃん」

じろりと睨みつけられ、暁斗はニッと口角を持ち上げる。
小さい頃からの翼を知っているだけに、こうして睨まれても全く恐さなど感じない。
寧ろその反応を楽しんでいる様子だった。

「私が紅に乗っていきなさい、って勧めたからよ」
「玲?」
「だって、乗せるならやっぱり可愛い子がいいじゃない。それに、気持ちいいでしょう?」

悪びれた様子も無くそう言った玲。
彼女の言わんとする事を理解した翼は頬を赤らめた後くるりと身体を反転させて仲間の元へと向かう。
そんな彼の背中を見つめ、大人二人はクスクスと笑い声を零した。

「逃げたな」
「ええ。暁斗も人が悪いわね。こうなるってわかってて紅を私の後ろに乗せるんだから」
「乗せた玲も同罪だろ?」
「翼の反応が面白いんだもの」

どっちもどっち。
そんな言葉がぴったりな二人だった。















ズンズンと無言のままに進んでくる翼。
試合前の準備をしていた紅の隣に乱暴に腰を下ろすと、彼は盛大に溜め息を吐き出す。
そんな彼を横目に見て、救急箱の中身チェックの手を止めないままに問いかける。

「どうしたの?翼…顔、赤いよ」
「…何でもない」
「また暁斗兄たちにからかわれたの?」

クスクスと笑いながら紅はそう言った。
口達者とは言え自分達よりも12も年の離れた彼に勝てるほどではなく、いつも手の上で転がされてしまう。
一つ屋根の下で共に暮らしている自分ですらそうなのだから、彼がそうなってしまうのも無理はなかった。
それだけでは翼の気持ちは治まらないだろうが…。

「はい。試合に集中!」

パンパンッと紅が手を叩き、その音に意識を引きずり戻される。
そんな彼の反応に笑い、すでに前に立っていた紅は手を差し出した。

「しっかりしてよ、キャプテン!」
「…紅に言われるようじゃ俺も終わりだね」

苦笑に似た笑みを浮かべ、彼はその手を取ってベンチから立ち上がる。
紅は翼が立ち上がったのを見届けて放した手を肩ほどに持ち上げた。
一瞬その動作を見送った翼だが、彼女の意図を悟ると彼も手を持ち上げ、そして彼女のそれに当てる。
パンッと乾いた音が響き、二人はすれ違って互いの行くべき場所へと足を向けた。

「あんた達も気合入れて頑張んなさいよ!」

一人ずつ士気を高めるように声を掛け、紅は準備もこなしていく。
事前準備を怠らない辺りは、彼女自身が運動部に所属していた証でもあった。
種類は違えど、身体を動かすに置いて必要な事、して欲しい事等はわかっている。
自身の経験や部員の様子などを含めた上での彼女の行動は、教師陣からも高い評価を得ていた。
各校へ審判からの集合が掛かる。
その頃には用意を終えていた紅も、飛葉中のベンチへと戻った。
記録用のノートと三色一体のボールペンを自身の脇に準備して試合が始まるのを待つ。
そんな彼女の耳に女子の不愉快と取れる音量の声が届いた。

「翼せんぱーい!頑張ってね!!」
「きゃー!こっち向いた!!」
「(…うわ…明らかに怒ってるし…)」

ピシッと表情を強張らせ、彼女らの方を一瞥した翼に紅は溜め息を落とす。
まだルールを知らない生徒が居るらしい。
漸く座ったところなのに…と考えつつ、紅は腰を持ち上げて制服のギャラリーの方へと歩き出した。

「応援するなら邪魔にならない声で。注意は一度だけよ」
「な…何ですか、急に」
「マネージャーさんに言われる筋合いないと思いますけど…?」

声を掛けられた二人は紅の様子にたじろぎながらも反発と取れる言葉を返してきた。
呆れを露に、ギャラリーの中を見回して目当ての人物を探す。

「あなた達、ファンクラブ?」

目当ての人物が此方に歩き出しているのを認めると紅は彼女らに問いかける。
今度は躊躇う事無く「当たり前です」と言う答えを発した。
一応先輩だろうと敬語は使っているようだ。

「ごめんなさい、雪耶さん。この子達、先週入ったばかりで試合を観るの初めてだったから…」
「別に構わないわ。一度のミスは誰にでもあることだし。でも、『注意1』ね」

駆け寄ってきた制服の女子は紅に頭を下げた。
紅は彼女と顔見知りらしく、笑顔で応答すると人差し指をピッと立てて『注意1』と宣言する。

「か、会長?何で頭を下げるんですか?」
「この人が勝手に文句言ってきただけですよ?」

責任転嫁もいいところだと溜め息を吐く紅だが、ここは口を挟むまでもないだろうと沈黙した。

「任せても大丈夫?」
「ええ。この子達への注意はちゃんとしておくわ。迷惑をかけてごめんなさい」

彼女がそう言うと紅は頷いて踵を返す。
ベンチに戻る前に、グラウンドに試合開始のホイッスルが響いた。
間に合った事に対する安堵の息を漏らしつつ、漸く戻ってきた紅はベンチの上のノートを広げる。
そして、何一つ見逃さないようにと試合に集中し始めた。

Back Menu Next
06.04.16