夢追いのガーネット
Episode 03

「試験期間中の部活動は禁止なんだけどなぁ…」
「今更そんなの気にするほど優等生じゃない癖に」
「……それ、生徒会長に言うセリフじゃないね」
「引継ぎ中なんだから『元』だろ?ほら、うだうだ言ってないでさっさと行くよ」

スタスタと歩き出す翼の背を追って、紅も足早にその隣に並ぶ。
彼女が追いつけるギリギリの速度で歩く翼。
それをわかっていて、追いつけるようにと少しだけ速度を速める紅。
揃っている事が当然と思えるほどに自然で、最早飛葉中で彼らの間に割ってはいる生徒など居ない。
遠巻きに黄色い声援を上げる事はあっても直接紅に手を出せる生徒が居ない事も然り。

「結局翼が連れて行きたいだけやと思うんやけどなぁ?」
「…ま、それこそ今更だろ」
「そうそう。翼は何だかんだ言っていつでも紅を連れ回してるよな」
「……………どうでもいいけど、それ翼に聞かれるとマシンガン食らうぜ?」

移動中の四人の会話は、今度の試合に関する話をしているらしく集中している二人の耳には届かなかった。
















部活禁止と言う事でドリンクを用意出来るはずもなく、紅は彼らがフットサルをしている間に自販機を訪れた。
彼ら+自身の分をこの場は自腹で購入し、抱えきれないだろうと持ってきていたハンドバッグに入れていく。
別に奢っても構わないのだが、翼に口うるさく言われているので明日部費から頂戴しておこう。
そんな事を考えながら歩いていた紅の視界を一人の少年が通り抜けていった。

「あの子…」

覚えのある黒髪の少年を追って足を少しだけ早くする。
どうやらその少年も誰かを追っているらしく、走り去る彼の方が速かった。
丁度彼が角を曲がってしまったので見失うかと思ったが、その心配は杞憂に終わる。

「サッカーやめるの?」

聞こえた言葉に、紅は思わず曲がろうとしていた足をくるりと反転させる。
内容が真剣なものだと言う事は、その声色から判断できた。
立ち聞きは趣味じゃない…と紅は立ち去ろうとしたが、前から歩いてくる人影にその足を止める。

「あなたは…?」

少年と少女の組み合わせで登場した彼らは、どうやら紅の追った少年の連れらしい。
同じ制服に身を包んだ男子生徒の方を一瞥して、本当に小さな声で呟く。

「…桜上水…か」
「かずえのことはいうな!」

それでなくとも小さかった紅の声は怒鳴り声に掻き消される。
その声に反応して、追ってきた彼らは紅を追い越して角を曲がっていった。
別に追う必要もないと判断した彼女も、自分の仲間の元に戻ろうと一歩踏み出す。

「ちょっと!ケンカなら他所でやってくれる?」
「…………………」

聞こえてきた声に、踵を返さざるを得なかった。
暫くは事の成り行きを聞いていた紅だが、やがて肩を竦めて身体を反転させる。
溜め息と共に紅はゆったりした足取りで、先程から曲がり損ねている角を今度こそ曲がった。
一番に気づいたのはもちろん翼で、次いで飛葉中のメンバーが紅の存在に気づく。

「遅かったやん。迷っとったんか?」
「こんな狭いスペースで迷えるほど器用じゃないよ。それより、フットサルの前に水分補給」

飛葉と桜上水、どちらも準備にかかろうと動き出したところだったらしい。
丁度良かったな、と思いながら飛葉の方に追いつき、一人ずつ買ってきたばかりの飲み物を渡す。

「ありがと。紅も入る?」
「え?何で?」
「あっちも一人女の子だから」

そう言って翼が指した方向には、先程走ってきた少女が居た。
すでにスパッツとTシャツと言うラフな格好に着替えている事から、彼女も参加する事は明らかだ。
少しだけ悩んだ後、紅は翼を見る。

「久しぶりにやりたいかも。入ってもいい?」
「OK。いつも遠慮しなくていいって言ってんだろ」

彼らの時間を少しでも多く取れるようにと、紅は普段練習に交ざったりはしない。
だが、彼女が身体を動かす事が好きだと言う事くらい全員がわかっていた。
それでも確認を取ってくる辺りが、好かれやすいのだろう。
紅以外の五人が一瞬だけ顔を見合わせる。
誰もが自分が抜ける、と言い出しそうだったその中で、一番に手をあげたのはこの男だった。

「ほな、俺が抜けるわ」
「直樹のポジション、いけるよな?」

直樹の言葉の後に翼が確認するように紅に問いかける。
運動向けの服装だった彼女は特に着替えるでもなく、彼の問いかけにくっと口角を持ち上げた。

「誰に言ってるの?」
「上等。柾輝の足引っ張るなよ」

挑発的な笑みを返すと、彼は桜上水の方へと歩く。
恐らくメンバーの一人を紅に変えたと言う事を知らせに行くのだろう。
律儀だなぁと思いつつも彼を見送り、紅は身体を解すように準備運動を始めた。
















伊達にサッカー部のマネージャーをしているわけではない。
時には彼ら一人ひとりの動きを観察して、監督と共にポジションチェックまでこなしているのだ。
実力は劣るとも、紅は直樹の代わりをしっかりとやってのけた。

「…データは取れそうか?」
「ある程度は。フットサルに慣れていない所為か実力は殆ど出せてないけど…」

間の休憩の時の柾輝の問いかけに、紅はやや下に視線を落としながら答える。
これは彼女が何かを考えている時の癖だと気づいている柾輝は、それを咎める事無く「そうか」と一言。
それ以上は何も言わず、紅が情報を整理している様子を眺めていた。

「紅、それくらいにして水分補給しとけよ」
「あ…そうだった」

翼に言われて、紅はハッとした表情を浮かべてペットボトルの蓋を開ける。
普段部員に関しては小まめに注意するのだが、自分の場合は集中するとすっかり抜け落ちてしまうらしい。

「駄目だ。ゲーム中は張り切っちゃって記憶が飛び飛び…」

そう言うと紅は溜め息と共に前髪を掻き揚げる。
汗で少し湿ったそれはすぐに額を覆った。

「井上、後半変わって。さっきのを忘れそう。いや、確実に忘れる」
「よっしゃ!メンバーチェンジやな」

よろしく、と紅が手を上げれば、それに直樹の手が打ち付けられてパンッと乾いた音を立てる。
開けたまま飲むのを忘れていたドリンクで喉を潤すと、紅はすぐに荷物の所へと歩いていった。

「ほんとに熱心だよな、雪耶は」
「…それがアイツのいい所だよ。さて…後半行くか!」

普段褒めるような発言の少ない翼からの言葉に驚く四人の脇を通り抜け、彼はピッチへと戻っていった。






「…あの子…試合の流れを変える力を持ってるんだ…」

前半よりも格段に動きの良くなった相手チームを見つつ、紅は冷静に判断する。
あの前向きさはチームを引っ張っているだろう、と彼女は思った。

「…実力的には茶髪の彼の方が格段に上だけど…要注意人物ね」

そこで、自分なりに纏めたノートに次々に書き足していた紅の手が止まる。
ふとフットサルの方に視線を向け、そして考える。

「名前…わかんないし。何て呼ばれてたっけ…。風……風……風見鶏なわけないし…」
「小島!」
「風祭!」
「…風祭、ね」

丁度良く名前を読んでくれたものだ…と思いながら紅は『風祭』とノートに記す。
彼女の手の中には、部活用のノートだけでなく選抜用に作ったノートも握られていた。

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06.04.04