夢追いのガーネット
Episode 01
程よく空調を効かせたとある喫茶店。
そう言えば親友がこの店のコーヒーは絶品だと評価していたな…と、少女は頭の中で考えていた。
窓際の一番奥に座っている彼女。
相席している者は無く、カチャ…とスプーンを弄っている様子は暇を持て余しているようにも思える。
事実、暇で暇で仕方が無い彼女はつまらなさそうに溜め息を一つ零した。
「あと一分遅かったら帰ろ」
そう呟いて腕時計の文字盤を見つめる。
すでに約束の時間を15分も過ぎているのだから、こちらに非は無い。
彼女はそう決意すると再び窓の外に視線を向ける。
顔を動かした拍子に癖の無い黒髪が肩から流れ落ちた。
道行く人は忙しそうに、時に楽しそうに笑顔を振りまきながら右から左へ、左から右へと窓の中を通っては消えてゆく。
数分だけ見ている分には飽きないだろうが、15分も続けていれば誰にでも飽きというものは訪れるだろう。
「待たせてしまってごめんなさい」
思考の世界を漂っていた彼女の意識は、不意に自身に掛けられた声によって戻ってくる。
声のした方へと顔を向ければ、見慣れた姿が目に入った。
「惜しい。あと30秒だったのになぁ…」
「何のことかしら?」
「いーえ。こっちの話ですよ、玲姉さん」
遅れた事に対して怒っているという意思表示か、彼女は少し棘のある返事を玲と呼ばれた女性へと返す。
玲は彼女の返事に苦笑を浮かべて、その向かいへと腰を下ろした。
メニューを一瞥することなく近寄ってきたウエイトレスに「彼女と同じものを」と注文する。
「ここのコーヒーは美味しいでしょう?堪能してもらえたかしら」
「15分間かけてしっかりと」
そう言って笑った彼女に、玲も同種類の笑みを浮かべる。
即応対!と推しているだけあって、注文したそれが運ばれてきたのは玲が座ってから僅か数分後の事だった。
「ねぇ、紅?私、あなたの『眼』は素晴らしいと思っているの」
「何です?藪から棒に」
彼女が褒める時には必ずと言っていいほど何かある。
今までの経験上身をもって理解している彼女、紅は思わず身構える。
そんな彼女の反応に玲はクスリと笑った。
「その眼を私のために使ってくれないかしら?」
「………確か、今度新しく出来る選抜の選出を任されてましたよね、玲さん」
玲の言葉から、紅は自身の考えられる嫌な展開の部類に入る内容を引きずり出す。
話が早くて助かるわ、とでも言いたげな玲の笑みに、紅は自分の予感は中々だと褒めてやりたくなった。
「面倒ごとはごめんです」
「あら、面倒見のいい所があなたの売りでしょう?」
「そんなもの売ってません」
「自分の長所は素直に受け入れていいのよ、紅」
何を言っても無駄だとはわかっているが、言わずには居られない。
のらりくらりと笑顔で返されてくるそれに頭をフル稼働させる彼女は、見ている分には面白い行動である。
だが、蟻一匹の攻撃は象に対しては無効果であった。
「ねぇ、紅」
「………何です?」
「一年前が懐かしいわね。サッカー部を作りたいから協力してくれってあなたが頼みに来た時には驚いたわ」
思い出すように腕を組み、彼女は余裕の笑みを浮かべる。
しかし、紅はと言うと、紡がれた内容に口元を引きつらせた。
「あなたが頑張っていたから、私も喜んで監督を引き受けたんだったわよね。
私、あなたが認めた子達がどんな子なのか楽しみで…」
「引き受けます。是非とも引き受けさせてください」
まだまだ続きそうな話を途中で遮り、紅は頭を垂れた。
その回答を聞くなり玲はコロリと表情を変えて満面の笑みを浮かべる。
「紅ならそう言ってくれると思ってたわ。流石、私の妹分ね」
「お褒め頂き光栄です…。で、結局何をさせられ………すればよろしいので?」
「選抜合宿への参加」
にっこり。
そう形容出来る彼女の笑みを見て、一体何種類の笑顔を持っているんだ…と場違いな疑問が脳裏を過ぎる。
だが、口に出そうものなら別の笑みで責められるに決まっているので大人しく口を閉ざす。
「今年は凄く期待出来そうな子が多くて…悩んでるの。だから、協力して頂戴?」
「わかりました。合宿は確か…」
「一ヶ月後よ。それまでに参加者の最終報告を提出しなければならないから、あなたの意見も欲しいわね」
「それは構いませんけど…私でいいんですか?こんな年端もいかない素人娘で」
紅の心配は尤もだろう。
予想内の質問に玲は「もちろん」と頷く。
「あなただから、協力して欲しいと頼んでいるの」
「人の将来に関わるのって結構な重圧なんだけどなぁ…」
「大丈夫よ。それがちゃんとわかっているあなたなら出来るわ。
それに最終確認はちゃんと私がするんだし………あなたはあなたの意見をくれればいいの」
「…そんなに推してもらったら断れませんよね」
了承の代わりに苦笑を浮かべる紅。
それを見るなり、早速とばかりに玲は持ってきていた鞄から封筒を取り出す。
カップやら灰皿やらを脇へと押しのけ、分厚い資料をテーブルの上に置いた。
「あ、それから」
思い出したように声を上げると、きょとんと見上げる紅に向かって彼女は再び微笑んだ。
「あなたが合宿に参加する事、あの子には内緒ね」
「………何故です?」
「あの子の反応が楽しみだから」
とりあえず、合宿開始直後にお叱りを食らう事は確定らしい。
紅はその事に深々と溜め息をつくも、反論は無駄な努力と判断して早々に諦めをつけた。
引き受けたからには自身の任は全うしようと、彼女は表情を引き締めて玲の話に耳を傾ける。
そんな彼女の心境の移り変わりに、玲は心中で笑みを零した。
「(この切り替えが出来るからこそ、この子を選びたくなってしまうのよね…)」
一つ一つに頷き、そして疑問があれば即座に口を開く。
的を外さない質問は、話し手にとって事を進めやすい以外の何物でもなかった。
「…今のところはこれくらいかしら。何か質問はある?」
「選手のデータをまとめた資料は用意していただけますか?」
「もちろん可能よ。でも、人数が多いから一応私がある程度選んでおくわ」
「いえ、合宿参加者全員の資料をお願いします。どんな砂金粒が転がっているかわかりませんしね」
一ヶ月あれば何とかなりますし、と紅は笑う。
その表情は自信に満ちていて、不安と言うものを全く抱かせないものだった。
彼女の言葉に玲はクスリと笑うと、明日までに用意すると答える。
「かなりの人数になるんですよね?明後日でも構いませんよ」
「いいえ。あなたが頑張ってくれようとしてるんだから、私もそれに応えないと」
「…じゃあ、お願いします」
自分の性格は自分でもよくわかってる。
上手いこと乗せられたなーとは思っていても、やっぱり尊敬する人のお願いは断れない。
それに、夢に向かって走っている人は格好良いから。
だから…応援したいって思うのよね。
自分にどれだけ出来るかわからないけど、私も全力で頑張ってみようと思う。
兎にも角にも、大変な三日間になりそう…かな。