文化祭  5

この間、あと2日で文化祭だなぁ…などと考えていた筈なのに、気がつけば当日になっていた。
忙しい時間は過ぎるのが早いな、そんな事を考えつつ、衣装に袖を通す。
姿勢を正し、軽く前髪を掻き揚げた暁斗は鏡の中に映る自分に苦笑して見せた。
もう間もなく、文化祭が始まる―――

「5番テーブル雪耶くんオーダーです!」
「7番、8番もです!」

休む暇もなしにオーダーが入る。
暁斗は注文を聴くと同時にまた別のテーブルへと急いだ。
流石に飲み物の行き交う教室内を走ったりはしなかったけれど。

「お待たせしました!ご注文は?」
「雪耶くん格好良い!!!」
「ありがとうございます、先輩」

にっこりと笑ってお礼を言う暁斗に、先輩方は顔を真っ赤にして注文を済ませた。
彼女らの反応には理由がある。
もちろんそれは、当初の予定通りに暁斗がウエイターの格好で教室内の注文を聞いて回っているからに他ならない。
邪魔になると言って後ろで纏めている髪は、女子生徒のお遊びによって青いリボンを巻かれている。
始めこそウエイターを嫌がった暁斗だが、始まってしまったものは仕方がないと諦めていた。
そうなってしまえば暁斗が中途半端な仕事をするはずがない。
スマイル0円、そこここで笑顔を振りまく暁斗に、教室に入る客は後を絶たない状況となった。

「暁斗!そっち終わったらコレを3番まで!」
「わーってるよ!5番さんミルクティーとオレンジジュース追加な!」

隣の空き教室も利用しての喫茶店は大繁盛。
飲み物しか出していないし、その飲み物だってペットボトルから紙コップに注いだだけのもの。
それでも、ひと時の羽休めに秀麗な笑顔がついてくるとあれば、それを目当てに来ない理由はない。

「さすがやなー、暁斗」
「シゲ!お前もサボってないで働け!稼ぎの3割はクラスで分けれるんだからな!」

諦めた暁斗のみならず、クラス全体が張り切っている理由はこれだ。
今のところその稼ぎに貢献しているのは暁斗が一番。
二番は成樹、といった所だろう。
後者にいたっては、彼自身のやる気の無さが原因と思われる―――と言うか、原因だ。

「また来てくださいね、先輩」
「じゃあーね」

一組去ればまた一組入ってくる。
廊下まで並ぶほどの繁盛ぶりに教師陣も苦笑を漏らすしかない。
今のところ大きな騒ぎにはなっていないため、注意する必要もなさそうだと引き下がっていく背中が見えた。

「成樹!俺ら何時で上がり?」
「昼からは上がりやんな、確か」
「でもさ、一気に抜けるのって明らかに売上激減だよなぁ」
「俺ら目当てのお客さん多いしな。…ま、ええんちゃう?」

自覚していながら、休憩は休憩と割り切っている二人。
元来はサボるのが当たり前の二人が、午前中をフルに使って働いているだけでも十分だろう。
休憩返上で働くつもりはないらしく、二人の考えは一致していた。

「こら、そこ!働け―――!!」
「わかってるっつーの!!んじゃ、昼まで頑張るか!」
「せやな」

空になったトレーを運び、再びジュースの乗ったトレーを持って教室まで移動。
午前中の間に何往復したかわからない。

「何か……ここまで来ると自棄だな」

そう呟くと注文を取りに向かう暁斗。
休憩まであと少し。










「んじゃ、俺ら休憩はいるからなー」

時計を見上げた暁斗がそう言えば、クラスメイトから「えぇ!?」と言う不満の声が飛ぶ。
予想していた事ではあるが、こちらも休憩くらいは休ませてもらいたい。

「………俺を過労死させる気…?」

休憩を宣言した途端に店の中に響いたのは、客として来ていた女子の不満げな声だ。
そんな彼女らに対し、暁斗は苦笑を浮かべて口を開いた。

「皆もここばっかりに入り浸りだったら勿体無いだろ?
折角の文化祭なんだから……他の所も回ってこいよ。俺は―――3時からまた入るからその時にはよろしく」

な?と小首を傾げて諭すような優しい声色でそう言えば、最早反対の声はない。
はい!と素直に頷く彼女らに、暁斗はじゃあ、と言い残して成樹と共に教室を出て行った。

「………何だかんだ言って暁斗やるよな…」
「ああ……あれはわかっててやってるから性質が悪い…」
「顔も性格もいいだけに妬めないのが悔しいぜ」
「っつーか、客が半分以上流れてって…俺ら、暇じゃね?」

残されたクラスの男子の呟きだった。









教室を出た彼らは真っ直ぐに屋上へとやってきた。
衣装が汚れる事も気にせずにコンクリートに横になる暁斗に、成樹は「男らしいわぁ」とからかう。

「あー………疲れた」
「お疲れさん」
「何で成樹は元気なんだよ…」
「暁斗ほどご指名ちゃうし?」
「…………………」

因みに二人の服装はウエイターのままだ。
着替えたかったのだが、文化委員の策略(客引き)により着替える事を禁止された。
そのお蔭で屋上までの間に幾度となく呼び止められ…結果、10分の道のりを45分かけてたどり着いたのである。

「休憩なのかよ、これ」
「店ほど忙しくないんやから…そうなんちゃう?」

階下から生徒達の賑やかな声が聞こえてくる。
屋上だけがどこか違う空間のような、そんな不思議な気持ちだった。
爽やかな風が頬を撫でていく。

「なぁ、どないしたんや?」
「何が?」
「眉間。皺よっとんで」
「うるせ」

ごろんっとコンクリートの上で寝返りを打つ暁斗
掃除するわけでもないが案外綺麗な屋上で、服が汚れる心配はなさそうだ。
成樹もその横に座る。

「…馬鹿っぽい」
「何が?」
「愛想笑い浮かべてる自分が」

ポツリと零した暁斗の声を聞き逃さず、成樹が問い返す。
即座に返って来た言葉にやや目を見開くも、彼女らしいと素直にそう思えた。

「ええやん。こんな時くらい、馬鹿っぽくなっても」
「何かなぁ…騙してるみたいで、嫌になるんだよ」
「騙しとるん違って、喜ばせてるんや。それを否定したらホストで生計立ててる人に失礼やでー」

冗談交じりに言っているように聞こえるけれど、その内容は彼女を励ますものだ。
背中を向けるように横になっていた彼女は、もう一度寝返りを打って空を仰いだ。
真っ青な空に浮かぶ雲が流れていくのを見ながら、僅かに口角を持ち上げる。

「お前が言うなら、そう言う事にしておくか」
「シゲちゃんの言う事に間違いはあらへんで~」
「自分でちゃんとか言うな」

気色悪い。
吐き捨てるような声はどこか優しさを含んでいる。
それに気付かないような浅い関係でもなく、成樹はただククッと笑い声を零した。
心根の優しい親友が復活した事を、心中で密やかに喜びながら。



話しこんでいる間に随分と時間が立っていたらしく、休憩も終わっていた。

――ピーンポーンパーンポーン――

『暁斗―――!!シゲ―――!!どこをほつき歩いてるんだ!休憩時間はとっくに終わってるぞ!!!さっさと戻れ莫迦者!
………という事で今から雪耶暁斗と佐藤成樹が戻りますので是非2Aの喫茶までどうぞ!
先着10名様、二人からの素敵なプレゼントつき!』

言い終わるが早いか、ブチッと放送が切れる。
校内放送で思い切り派手な呼び出しを食らった二人は、その内容に目を見開いたまま静止する。
それから、二人は顔を見合わせた。

「………あんな放送するか?普通」
「……さぁ」
「………てか、プレゼントって何だよ」
「……何やろなぁ」

嫌な予感がする、と二人して溜め息を零す。
しかし、このまま帰らないわけにも行かない。
仕方ないな、とほぼ同時に腰をあげ、立ち上がったところでそれぞれに伸びをする。

「またあの道を帰るのか…」
「…ファイトや、暁斗」
「…だな」

Rewrite 07.09.15