文化祭 3
「嫌だ!!!」
「この期に及んで往生際が――――」
暁斗が着替えていた部屋を覗き込んだ成樹。
その場にいたのは、予想していた彼女の姿ではなかった。
「きゃああああああああっ!!!!」
「何事だ!?」
放課後の桜上水中学校校舎を揺るがすような黄色い悲鳴。
そう、ここで重要となってくるのは、ただの悲鳴ではなく「黄色い」悲鳴だったという事だ。
放課後と言っても結構遅い時間で、すでに暁斗たちのクラス以外は日程も押していない事から帰宅してしまっている。
悲鳴が聞こえたのは職員室とは離れている為に、教師の誰かが駆けつけるということもないだろう。
家庭部員の叫び声に教室を飾っていた生徒や看板作り中の生徒達が驚きの声を上げる。
と、隣の空き教室から飛び出してきた一人の部員。
その子の周りにクラスメイトが集まった。
「何があったんだ!?」
「雪耶くんが…」
「暁斗何やあったんか!?」
暁斗の名前が出てきたことによって、成樹がいち早く反応を見せる。
家庭部員の肩を揺さぶる彼女に、周囲のクラスメイトは置いていかれたようにその成り行きを見守る事になった。
「雪耶くんが……着替え終わったの…。すごく綺麗なのっ!!!」
「……それだけかいな!」
思わずずるっと足を滑らせたくなってしまうのは、関西人の性なのだろうか。
呆れたように溜め息をつき、立ち上がると隣の教室まで歩く成樹。
因みに連絡が楽なように、作業は家庭科室の隣の空き教室で行なわれていた。
ガラッとその扉をあけると、後ろ手にそれを閉じ、鍵までかけてしまう。
先ほど教室を見た時に家庭部員が全員揃っていたから、この家庭科室は暁斗だけのはずだ。
「暁斗!もう着替え終わったんか?」
「……………………………終わった」
どよんと暗い声が返って来た。
暁斗にしては珍しいな、と思いつつ、よく保健室なんかで見られる衝立の向こうの彼女に向けて口を開く。
「ほな、出て来いや」
「嫌だ」
「あのなー……出たないんはわかるけどな」
暁斗の即答に対し、成樹が溜め息をついた。
そして、時は冒頭へと戻る。
「暁斗……か?」
「他に誰がいるんだっ!」
目の前で顔を赤くして怒っている声は間違いなく親友のもの。
だが、その姿は“暁斗”の姿ではなかった。
「暁斗……やなくて紅やん」
「うるせぇ……だから嫌だったんだっつーの……」
目の前にいるのは見紛う事なく、紅だ。
銀色の髪を綺麗に結い上げ、無理やり着せられたのはウェイトレスの服装。
黒のタイトスカートの上に白のブラウスである。
前で腕を組みつつ不機嫌を露にする紅は成樹を睨む。
「俺に穴を開けたいのか?」
「ああ、すまんな」
「………ちっ!だから嫌だったんだよ…」
「やー…やっぱ別嬪なんやなぁ、紅は」
「だーっ!!見んな!!」
「スカートになってるやん」
「無理やり着せられたんだ。当日はズボンに決まってるだろ」
「なぁ、この胸はどないなっとるん?」
成樹が紅の胸のふくらみを見て言った。
それを見て紅はにやりと口の端を上げる。
「自前」
「!?」
「………嘘に決まってんだろが。さらしの上からパッドをいれてんだよ」
「な、なんや…驚かせんなや……」
「何ならお見せしましょうかー?」
半ば…いや、8割自棄になっているらしい紅。
そんな彼女の冗談ではなくなりそうな言葉に、成樹はやれやれと溜め息を吐き出した。
「あー…くそっ。こんなの動きにくくてやってらんねぇ。当日はやっぱりズボン決定だな」
「……そうし。それがええわ。絶対にスカートでしたらあかんで」
妙に必死になって言ってくる成樹に紅は思わず首を縦に降る。
成樹が、紅の肩に手を乗せた。
「成樹…?」
いつになく真剣は眼。
紅は何故か視線を外すことができなかった。
そして――――――
「シゲ―――ッ!!いつまで独り占めしてるつもりだ!!!ここを開けろ!!」
ガンッと大きな音を立てて家庭科室のドアを殴るクラスメイト。
恐らく家庭部員の話を聞いて、我も我もと紅の姿を見に集っているのだろう。
「…悪い。俺、逃げる」
そう言って紅はスカートのまま自分の荷物と着替えを抱え、中庭に面した窓を開ける。
まさかそんな行動に出るとは思わなかった成樹は思わず呆気に取られるが、我に返ると窓の傍まで歩く。
すでにそこから飛び出していた紅は、上履きが汚れないようコンクリートの上に居た。
「こっちから歩いた裏門のとこで待っとって。俺もすぐに行くわ」
「ん。靴を履き替えたらそっちで待っとくよ。んじゃ、後はよろしく」
とん、と靴先をコンクリートにぶつけてから、紅はそのまま振り向く事無く歩いていく。
幸か不幸か、位置関係上、家庭科室の入り口からは彼女の歩いていく方向は死角になっている。
今回は好都合だな、と思いつつ、成樹は再度溜め息を吐き出した。
ドアの向こうに居るであろうクラスメイトをどうやって宥めるか…。
まったく、面倒な事を任されたものだ。
「お疲れー」
ひょこっと裏門から顔を覗かせたのは、すでに着替えを済ませて暁斗に戻っている彼女。
紅の格好も新鮮で良かったのに、とは思うけれど、ここであんな格好で待っていた日には自分も怒っただろう。
すでに暗くなり始めているのだし、あんな格好は変質者の的になるといっても過言ではない。
尤も、見た目とは裏腹にかなり手が早いが。
「ほんま、お疲れやわ。暁斗の所為でえらい目にあわされたわ」
「ご苦労」
「…態度でかいわ」
サンキュ、と片腕を上げる暁斗に、成樹はやれやれと溜め息を零す。
今逃げたとしても、結局明日にはまた着せられる事になるだろう。
暁斗自身も、それを判っているものと思われる。
だから、こうして衣装を紙袋に入れて自宅に持ち帰ろうとしているのだろう。
暁斗の性格から考えて、恐らく…明日持ってくるのは、スカート以外の一式だ。
忘れた、と言えば履かずに逃げられない事もない。
「よう似合っとったで?」
「嬉しくない」
「素直やないなぁ」
「本心を喋って素直じゃないって言われるんじゃ、割に合わねぇよなぁ…」
のんびりとした調子で暗くなりつつある夜道を歩き出した。
Rewrite 07.09.11