Soccer Life STAGE--48
「ま、信じられないのは無理ないよ。俺…いや、私は、ずっとお前達を騙していた事になるんだから」
縛ってあった髪を解く。
ふわりと風に靡く程度の長さの髪。
そんな行動すらも、女だと聞かされた後では酷く綺麗に見える。
元々容姿的には端整なつくりをしている。
故に、男だと言われてそれを疑うまでもなかったのだが。
今更女だと言われると行動一つ一つに目を奪われる者が溢れる。
頬を赤く染めたり、暁斗から顔を逸らしたり。
反応は様々だが、かなり印象づいたようだ。
「…何か、わかりきってたけどさ…こうも反応されると面白いな…」
暁斗……いや、紅が口の端をあげる。
先ほどまでならば何と格好良い微笑みだ、と思っただろう。
しかし、今では綺麗な微笑み、と言う風にしか見えない。
トレセンに集まっている選手なだけに、普段はサッカー一筋の者も少なくはない。
言い換えれば、女に免疫がない奴が多い。
そんな奴らが紅の笑みに中てられるのも可笑しいことではないだろう。
「紅。遊んだらあかんって」
「あ、ごめん」
成樹の苦笑交じりの声に、紅は表情を戻す。
少し離れた場所にいたはずの玲が、いつの間にか紅のすぐ傍まで来ていた。
「今回の試合は中止にします。こんな状態では皆出来ないでしょう?」
玲がそう言うと、紅は自分も原因の一つである事を理解して頬を掻く。
「皆、解散していいわよ。アナウンスで追って予定を知らせるわ。それまで自由行動」
他の選抜監督も自分の選抜のメンバーを呼び戻す。
後ろ髪引かれる思いで彼らは監督の元へと駆けて行った。
「…成樹、呼んでるけど?」
「あー…別にええって。ノリックから後で聞いとくわ。っちゅーてもこの監督さんと同じ話やろし」
「そっか」
どこか嬉しそうな笑みを携えて紅が答える。
紅は気づいていない。
先ほどの一瞬だけとは言え、自分が無意識に成樹の服の裾を掴んだ事に。
それに気づいていた成樹は上の様に答えたのだ。
もっとも、彼はそんな紅の行動がなくともこの場に留まっただろうけれど。
玲はそんな二人のやり取りに笑みを浮かべると、選抜メンバーを振り向いた。
「解散…って言った所であなたたちは解散しないんでしょうね」
「すみません…」
「紅の所為じゃないわよ。でも……紅には皆からの質問に答える義務があるわね」
「…わかりまし「紅!!!」」
紅の声を遮って、男の声が届く。
聞き覚えのある声に、紅は声のした方を振り向く。
そこにいたのは…。
「父さん!?帰ったんじゃなかったの!?」
「いや、途中までは帰ったんだけどな…。さっき電話があって………って、あれ?お前言葉遣い…」
肩で息をしながら雅晃が紅に近づいてくる。
「ばれるぞ?」
「…思いっきり本名で呼んだ人の言う科白じゃないね」
呆れた表情で答える紅。
雅晃は自分の失態に苦笑を浮かべた。
「悪かったな。もしかしてまずかったか?」
「いや、さっきばれたとこだから問題なし。んで?電話って何?」
「あぁ!そうだった!!例の締め切りだよ!とにかく車で話すから荷物まとめて来い!」
「え?ちょ、ちょっと!!父さん!?」
車で待ってるからなー!と走り去ってしまった自分の父親に、紅は溜め息を漏らす。
彼の突発的な行動には慣れているけれど、他のメンバーは違うよなぁ、などと思いながら髪を掻き揚げた。
「すいません…こう言うワケなんで…父さんに聞いたらまた電話なりメールなりでお知らせします」
「わかったわ。凄く急ぎのようだから…早く荷物を纏めていらっしゃい」
「ありがとうございます」
ペコッと頭を下げると、紅は建物に向かって全力で走り出した。
今更だが…紅の足の速さに驚く。
残された一同は玲の言葉を待っていた。
そんな中成樹だけが少し考える素振りを見せた後、トレセンの入り口へと走って行った。
…雅晃の待っているであろう場所へと。
「雅晃さん!」
「ん?おー成樹。どうした?」
「例の締め切り、って何の事なん?」
単刀直入に、成樹はそう切り出した。
雅晃は車のドアを開けると成樹の横へと並ぶ。
「…紅から何も聞いていないか?」
そう問われれば、成樹には頷くしかない。
本当に何も聞かされていないのだから。
「そうか…まぁ、お前にゆっくりと伝えている時間もないだろうな」
腕時計を一瞥して、雅晃がそう呟く。
ふと、何気なく助手席に視線を送った成樹だったが…そこにある物に気づいて目を見開く。
「雅晃さん…どう言う事です?」
そこに無造作に置かれていたのは、紅のパスポートと航空券。
日付は今日の最終便だった。
「時間がないと言うのはこう言う事だ。今日の最終便で紅はフランスへ渡る」
車に背中を預けたまま、雅晃はそう告げる。
成樹はなんとも言えない表情を見せていた。
「もっとも、紅がYesと言えばだけどな」
「すぐに…帰って来るんやろ?」
成樹の問いに、雅晃は首を振る。
それ以上は言えない、と続けた彼に、成樹は何故と食い下がろうとした。
「詳しい事はあいつに聞いてくれ。10分だけ、お前らのために時間を割こう」
そう言うと、雅晃は背後を指して車の中へと戻る。
雅晃の指した場所には、自分の荷物を肩から提げた紅がいた。
よほど急いだのか、息が弾んでいるのがわかる。
「成樹…お前何でこんな所に…」
「詳しい事は自分に聞けやって。10分だけもろたわ」
バッグだけ先にトランクに積み込むと、紅は頷いた。
そして、少しだけ車から離れる。
「私、フランスに渡る」
「それはさっき雅晃さんに聞いた」
「前に話しただろ?フランスの監督の話。その人からこの間連絡が届いたんだ」
紅は少し早口でそう話す。
全てを話している時間も、ゆっくりと別れを惜しむ暇もない。
許された10分と言う短い時間の中で、出来る限りの事を伝えなければならなかった。
「丁度この間監督の任を降りたんだ。それで君さえよければ私が君の専属のコーチになろうって」
「専属…って事は…」
「キチンとしたトレーニング方法とかを教えてくれるらしい。聞けば医師免許も持ってるみたいなんだ」
頭の整理で一杯の成樹を横目に、紅は続ける。
つまり―――
「この話は父さんが細かい所まで色々と聞いてくれてて…私はそれを受ける事にした。
こんな所で腐っていても仕方ないから。我武者羅にやるよりは…ちゃんとした指導の下で上を目指す」
そう言った紅の眼に、迷いはなかった。
それが分からないような浅い付き合いではない成樹は、彼女の表情に目を細める。
「どれくらいかかるん?」
「さぁ?向こうで気が済むまで。5年くらいは欲しいって言われてるんだけど…」
「紅!そろそろ時間がないぞ」
「わかった!」
車の窓を開けて雅晃が言うと、紅は返事を返して頷く。
そしてやや急いたように成樹の元へと視線を戻した。
「そう言うことだ。んじゃ、多分これで最後になると思う」
少し寂しそうに言う。
そこに浮かべられた笑みは、清々しさとは少し遠い物だった。
けれど、迷いのない眼差しがそこにあり、成樹はどこか安心したように笑う。
「ちゃんと学んで……3年。3年で帰ってくるから」
落とした視線を上げると、紅はそう微笑んだ。
その笑みに、成樹も口の端をあげる。
そして、いつものように拳を前に突き出した。
「待っとるわ。ここに帰ってくるのを。帰ったら一勝負頼んまっせ」
「…望む所!」
拳を当てると、紅は車に乗り込んだ。
走り去っていく車が見えなくなるまで、成樹はその場で紅を見送っていた。
「…って事だ」
「わかった。んじゃ、今日の便で向こうに渡るんだね。帰ったら即行で準備しないと…」
「ああ、急ぎになって悪かったな。さっき電話で聞いたから…」
「別にいいよ。やっぱり私にはこれしかないって今日の試合で思ったから」
「よかったのか?」
「…成樹の事?同じ夢があるから大丈夫。それに…約束したし」
「そうか。変わったな、お前」
「……色々ありましたから」
その日、紅は一人フランスへと渡った。
Rewrite 07.08.21